15 ヒロイン
見ると中庭の片隅で、一人の生徒が複数の女生徒に囲まれているようだった。
合間から覗くのは薄紅色の頭だ。
(ヒロイン…?)
「わ、私…そんなつもりじゃ…」
いつぞや一人でぶつぶつと文句を言いながら歩いていたのとは別人のような、か細いローゼリアの声が聞こえた。
「まあ白々しい」
「本当に厚かましいですわ」
「何をしている」
アルフォンスが声を掛けると、ローゼリアを囲んでいた三人の女生徒が一斉に振り返った。
「…殿下…!」
突然現れた王子の姿に、女生徒達は慌ててスカートの裾をつまむと頭を下げた。
「学園内でそういう事はいらない。それで何をしているんだ」
「…この人がヒルデガルト様の婚約者に色目を使っているのですわ」
女生徒の一人がローゼリアを指差した。
「私達はそれを諌めておりましたの」
「色目だなんて…そんな…」
涙目になったローゼリアがふるふると頭を震わせた。
「私はただ授業で分からない所があったから聞いただけで…」
「まあ、テオバルト様の手を握りしめていたくせに」
「上目遣いで相手を見て…」
「テオバルト様だけではありませんわ、他にも二組の…」
(…うわあ)
ローゼリアが三組の男子に色目を使っているらしいという事は、エマとハンナから少し聞かされてはいた。
ただしローゼリアが相手にするのは貴族の、特に爵位や地位が高い家の子息ばかりで平民のエマ達には関係なかったから詳しくは知らないようだったが。
目の前の、貴族令嬢達の話によると四名ほどの男子と特に親しくしているようだった。
(ヒロインなのに…何やってるの)
ドン引きしているミナの隣で、アルフォンスがため息をついた。
「———君達の言いたい事は分かった。だが、このような場所で囲んで責めるのはどうかと思うが?」
「ですが…!」
「不満があるならその婚約者も交えて話し合うべきだろう、男側にも隙があるようだからな」
もう一度ため息をつくとアルフォンスはローゼリアを見た。
「それから君も。必要以上に異性に触れる行為は止めた方がいい。不貞を疑われるからな」
「…私はそのようなつもりは…!」
「つもりがなくとも、誤解を与えるような行動は慎むべきだろう。淑女教育で習わなかったのか」
「そんな事…誰も教えてくれなかったです…」
上目遣いでアルフォンスを見つめながらローゼリアは答えた。
(ああこれか…)
「…ああ、これか」
これが女生徒達のいう色目かとミナが理解した隣でアルフォンスがぼそりと呟いた。
「では講師を雇うなりして学ぶんだな、この学園では教えてはくれないから」
「えっ…」
「行くぞミナ」
「は、はい。失礼いたします」
ミナは女生徒とローゼリアに向かって頭を下げると、身を翻したアルフォンスの後を追った。
「まったく。ここは魔法を学ぶ場所なのに色恋沙汰で揉めるとは」
「…でも、婚約者の方が他の女性と親しくしていたら怒りたくなるものではないでしょうか」
不機嫌そうなアルフォンスにミナはそう応えた。
アルフォンスは人一倍魔術の事に熱心だから不快に感じるだろうが。
十代の女の子なんて、恋愛が最大の関心事といってもいいのだ。
まして彼女達は三組…しかも貴族令嬢、卒業しても魔術師になるか分からないのだ。
「———ミナも怒るのか」
「え?」
ミナは首を傾げた。
「…そうですね…好きな人が他の女子と仲良くしていたら、嫌な気持ちになるかもしれません」
「ミナは好きな相手がいるのか」
「いいえ…特には」
孤児院では日々生きていくのに精一杯だったのでそんな余裕はなかった。
(そういえば…私が家を出なければ、殿下と婚約していたのだろうか)
ふとミナは思い出した。
「殿下は…婚約者はいらっしゃらないのですか」
「ああ。兄より先に作るわけにはいかないからな」
「そうですか…」
そういえば小説でのヴィルヘルミーナとの婚約は、周囲からむりやり決められたものだと言っていた。
「いなくて良かった。あのような面倒ごとに巻き込まれるのはごめんだからな」
(小説で…思い切り巻き込んでいた気がする)
ごめんなさい、ミナは心の中でそっと謝った。




