14 ヒロイン
授業は順調に進んでいった。
パーティでの訓練も始まった。
エドモントは最初はミナに突っかかっていたが、ミナがエドモントより上回る実力でねじ伏せるとすぐにそれもなくなった。
最初はアルフォンスとミナの能力が特に高くて他の三人がそれに何とかついていっていく状態だったのだが、放課後も自主練を欠かさず着実に腕を上げてきたエドモントと、個々の魔力量はそう高くはないが双子ならではのコンビネーションを生かした技を磨いてきたバルドゥルとエルンスト。
訓練を重ねる毎に五人の差も縮まってきた。
「このパーティは二年生や魔術団の方でも話題になっているぞ」
ライプニッツ先生が笑顔でそう言ったのは、もうすぐ行われる実戦の確認をしている時だった。
「アルフォンス殿下と魔術団長の息子エドモントは元から注目されていたが、他の三人も凄いらしいと」
「三人というか、ミナさんですよね」
「僕達は他の皆さんのおかげで力を引き上げてもらっているようなものですし」
「なに、それもお前達の努力あってのものだ」
双子の言葉に苦笑しながらそう答えると、先生はミナを見た。
「まあ、確かにミナは入学した時から話題だな、平民には思えないほど魔力が高い子がいると」
「…そうなんですか」
先生の言葉にミナは内心ぎくりとした。
侯爵家の血を引くのだから魔力が高いのはおかしくはないのだろうが…黒髪の「平民ミナ」の魔力が高いのは、やはり目立つのか。
「それでだ。今度の実習に魔術団から視察が来ることになった」
先生の言葉に一同は顔を見合わせた。
「そこでの結果次第では、二年で行う魔術団への訓練参加もあるそうだ。殿下は既に参加しているようだが、一年次での参加は異例だからな、頑張れよ」
「魔術団からは誰が来るんですか」
エドモントが尋ねた。
「さあ、そこまでは聞いていないが。誰が来てもお前らの力を出せるようにするんだぞ」
「ミナ」
放課後、図書館へ向かっていると声を掛けられミナは振り返った。
「殿下」
「ミナも図書館か」
「はい…今日の授業で分からない所があったので先生に質問したら、それは自分で調べて考えた方がいいと言われましたので」
「そうか。ミナは勉強熱心だな」
ミナの隣へ来ると、アルフォンスは並んで歩き出した。
「…座学はまだまだついていくので精一杯なんです」
アルフォンスの言葉に、ミナは首を振って答えた。
ろくに貴族教育を受けられず、孤児院で教わっただけのミナは基本的な事は分かるのだが、それ以上の事となるとまだまだ未知の事が多かった。
「そうなのか。十分理解できていると思っていたが」
そう言って、アルフォンスはミナに笑顔を向けた。
「だがそうやってミナが頑張っているおかげでクラスにもいい影響が出ているな」
「…そうですか?」
「ああ、特にエドモントには」
「エドモント様?」
「———彼の兄が、私の兄同様魔女に魅了されていたのは知っているか」
「…はい…」
「エドモントは昔は素直な性格だったのだが、あの事件で色々あって今みたいな性格になってしまったんだ。だが最近はすっかり真面目になって熱心にやっているだろう」
「…それが私と関係が?」
「自分より魔力も技術もある女子がそれに驕る事なく誰よりも熱心に学んでいるんだ、影響されるだろう。———それに」
くくっとアルフォンスは喉を鳴らした。
「君がエドモントと対戦した時、徹底的に叩きのめしただろう。あの時の彼の顔…あれで目が覚めたんだろうな」
「…あれは…」
その時の事を思い出してミナは顔を赤らめた。
パーティを組んで最初の頃、メンバーの実力を知るため対戦する事になった。
アルフォンスとは既に対戦経験があったため、ミナはエドモントと対戦する事になった。
「人の腕にケチつけるんだからお前は自信があるんだろうな」
そう言ったエドモントへ———ミナは容赦なく攻撃を重ねたのだ。
反撃の余地を与えず、エドモントが怪我をすればすかさず回復魔法を掛けて…最後は見かねた先生に止められたのだ。
それ以降、エドモントがミナへ突っかかる事はなくなった。
「孤児院でよくやっていたんですけれど…我儘だったり乱暴な子には、まずこちらの方が力が上だと分からせるんです」
立場も年齢もバラバラな子供達に集団生活を送らせるには、誰が一番偉いのか———家長は誰なのか認識させる必要がある。
そのため、問題行動をする子には躾としてまずシスターが一対一で向き合い、こちらの強さを示すのだ。
暴力は振るわないけれど、日々の家事で力の差を見せつけたり、時には子供達の前で魔物を倒した事もある。
そういうやり方がいいのか、ミナには分からないけれど…少なくともミナがいた孤児院は、荒れる事なく平和に過ごすことができた。
「なるほど。君も大変な場所にいたんだね」
笑いながらそう言って———アルフォンスはふと顔を曇らせた。
「すまない」
「え?」
「君のご両親は疫病で死んだのだろう。五年前の魔女事件のせいで」
「……殿下に謝って頂く必要はありません」
ミナは首を振った。
「だが私も王家の人間として責任はある」
「それでもあの事件の事は殿下のせいではありません。それに殿下は今頑張っておられますよね、責務ならばそれで十分です」
アルフォンスが兄達の不祥事に、自分の事のように責任を感じているという事はフランツィスカから聞かされていたし、小説でもそうだった。
確かに王族として責任感を抱く事は大切だ。
けれどあの事件が起きた時、アルフォンスはまだ十一歳だったのだ。
「…ありがとう、ミナ」
アルフォンスは頬を緩めてそう言った。
「殿下は図書館へ何をしに?」
「ああ、先日頼んだ本が届いたと連絡があってな」
「…本を頼めるんですか?」
「他の生徒達にも有益だと認められればな」
「そうだったんですね…」
「いい加減になさい!」
突然響いた声に、ミナとアルフォンスは思わず顔を見合わせた。