11 一組
午後の授業は座学の試験から始まった。
魔法の基礎についてで、一組ならば既に知っているであろうものだという。
ミナも孤児院で既に学んでいたものばかりだったので特に問題なく解く事が出来た。
「この結果を元に、足りない部分は個々に教えていく。このクラスの座学で教えるのはより高度な知識と応用、それに魔物についての知識だ」
試験を終えるとライプニッツ先生は言った。
「夏前に一度実戦を行う予定だが、この中で魔物討伐の経験がない者は?」
見渡したが手を上げた者はいなかった。
「では四属性のパーティを組んでの討伐経験がない者は」
アルフォンス以外の全員が手を上げた。
「そうか、では二組に分けてパーティを組み、協力方法について中心に教えていく。個々の能力が高くても協調性がないと魔物の群れには勝てないからな。チームワークが重要なんだ」
先生は言葉を区切ると、もう一度生徒達を見渡した。
「いいか、魔物討伐は失敗が死に繋がる。とにかく知識と技術を身体に覚え込ませる事が大事だ。失敗するなら学生の内にしておけよ」
「あの、ミナさん」
授業が終わり、ミナが帰り支度をしていると一人の男子が声をかけてきた。
「…はい」
「僕、ミナさんと同じ水属性の、アードルフ・ヴァールブルクです」
まだ幼さの残る小柄なアードルフはそう言うと唐突にミナの手を握りしめた。
「午前の授業の攻撃、すごかったです!僕まだミナさんみたいな高度な技は出来ないんですけど、頑張るんで是非ミナさんにも教えて頂きたいです!」
「…え…私ですか…」
「はい是非!」
アードルフは目を輝かせてミナの手を握りしめた。
「あ、何抜け駆けしてんだよ!」
「ミナさん、俺土属性のローベルト・フェルザー。一緒のパーティになったら嬉しいな!」
(…何これ、モテ期?!)
突然わらわらと集まってきた男子達にミナは顔を引きつらせた。
孤児院で子供達に囲まれることはよくあるけれど、同じ歳の、しかも貴族の男子達に囲まれる経験はない。
「馬鹿かお前ら。平民の女に媚び売って」
戸惑うミナの耳に、冷めた声が聞こえた。
見ると一人の男子が睨むようにこちらを見ていた。
「…エドモント様。そんな言い方はないんじゃないかしら」
フランツィスカの言葉に、エドモントと呼ばれた男子はふん、と鼻を鳴らした。
(エドモントって…小説に出ていた子だ)
ミナは思い出した。
エドモントは魔術団長のアーベントロート侯爵の息子で、兄エーミールはゲームの攻略対象だった。
魔術団が生まれたのは魔女マリーの処刑後だが、元々魔術局という魔術師をまとめる組織で、エドモントの父はその局長を務めていた。
その魔術局長の息子でありながら魔女に魅了されてしまったエーミールは侯爵家の後継の資格を失い、今は魔術団で魔物討伐や研究にあたっている。
代わりに嫡子となったエドモントは、家を背負うプレッシャーから皮肉屋な性格となってしまう。
魔術師としての能力は高く、小説では同じような立場のアルフォンスのライバル的立場だった。
「ミナ、彼の言う事は気にしなくていいからね」
「大丈夫です」
ミナはフランツィスカの言葉に笑顔で即答した。
「魔物の前では身分も性別も関係ありませんから」
「———くくっ」
離れた所から笑い声が聞こえた。
「…すごいねミナは」
先刻から一連の出来事を眺めていたアルフォンスが椅子から立ち上がるとミナの前へと立った。
「よく分かっている」
「シスターの言葉です」
「君に魔法を教えてくれた?」
「はい。魔物にとって人間の違いはただ己より強いか弱いかだけだと」
貴族の多い学園に入ればミナの身分について何か言われる事もあるだろう。
その時にはこう言い返しておけばいいと、シスターに教えられていたのだ。
「だそうだよ、エドモント」
そう言うとアルフォンスはエドモントを見た。
「私も同意するね。魔術師にとって大事なのは身分よりも力だ。違うか?」
「———俺は魔物じゃない」
ガタン、と乱暴に音を立てて立ち上がると、エドモントは教室を出て行った。
「…どうも彼は幼稚な所があるね」
アルフォンスはため息をついた。
「魔力も技術も十分なのだが」
「いくら強くてもあれでは困るわ。先生も協調性が大事だと言っていたのに」
口を尖らせてそう言うとフランツィスカはミナを見た。
「いいミナ、エドモント様に何か言われたりされたりしたらすぐに言うのよ」
「…はい、ありがとうございます」
ミナは笑顔でお礼を言った。




