01 記憶
痛い。
苦しい。
息ができない。
気が遠くなっていく。
「は…ぁ…」
少女はやっとの思いで息を吐き出した。
痛い。
苦しい。
死んじゃう。
———死…?
ああ…そうか。
私は死ぬんだ。
そう思った瞬間、少女の身体から力が抜けていった。
「…お…か…さ…」
おとうさん。
口にしても…どれだけ心の中で叫んでも、彼らがここに現れる事はない。
どうして…本当に欲しいものは手に入らないのだろう。
可愛い洋服も、珍しいお菓子も…沢山の本も。
お金で手に入るものは何でもあるのに。
私を見て欲しかった。
愛して欲しかった。
ただそれだけが…欲しかった。
せめて最後だけでも…抱きしめて欲しかった。
閉じた瞳から一筋の涙が流れていく。
『あげましょう』
ふいに少女の頭の中で声が響くと———身体が軽くなった。
すうっと、痛みや苦しさが消えていく。
「え…?」
『あなたの望みを与えましょう。こことは別の世界で』
「別の…世界?」
『そう、あなたは生まれ変わるのです。人を愛し、愛されて世界を守る存在として』
「え、あ…?」
突然の出来事に混乱したまま。
少女は強い光に包まれて意識を手放した。
「嘘でしょ…」
蔦に覆われ、赤い屋根が覗く建物を見上げてミナは思わず声を上げた。
「何で…ここってあのゲームの……違う、小説の方…?」
突然頭の中に流れ込んできた記憶。
それはこの世界とは別の世界の、十六歳で死んだ少女の…
ああ、これは〝私〟だ。
ミナは刹那にそう確信した。
これは自分の前世の記憶だと。
そしてそれと共に、目の前の建物——ブルーメンタール王立魔法学園——が、ミナが前世で遊んでいた、乙女ゲームに出てきた学園だと気づいたのだ。
(だけど違う…ゲームじゃない。だってあのゲームは〝過去の事件〟だもの)
五年前に国中を震撼させ、今なお多くの被害が出ている大事件。
…つまりここは…今この世界は。
(あの小説の世界って事よね…まさか異世界転生するなんて)
突如蘇った記憶に混乱しなからも、現状を受け入れて———ミナは気づいた。
(あれ?私って…もしかして)
「悪役令嬢?」
建物を見上げたまま、ミナは呆然として呟いた。