第六十二話 夢
~2053年 春~
妻が亡くなってから、私は考え続けた。どうすれば、子供たちが楽しく勉強できる環境を提供できるのだろうか。
いじめというものは人の心理だ。
物理の法則や公式なんてものは通用しない。
私は物理学者であって、心理学者ではない。人の気持ちの専門家ではなかったのだった。
~2063年 春~
妻が亡くなり早十年が経ったこの年、この先何年も続く、連合国と革命国の冷戦状態が始まった。
私は思った。もしかすると、この先子供たちは安全に学生生活をいそしむことができなくなってしまうのではないか。
私は彼女の最後の言葉を思い出した。
「すべての子供達が安全で、未来に希望を持てるような学校を作ってください。これが私の最後の願い、そして遺言です」
子供たちが安心して、未来に希望を持てるような学校…。
彼女の言葉を心に刻み、私はある計画を思いついた。
後に国立太平洋学園と呼ばれることとなる私の構想した学園は、すぐに政府の目に留まり、国家プロジェクトとして進められることとなった。
後に分かったことだが、国、特に防衛省が本島にあった軍兵器開発基地を革命軍の脅威から守るための隠れ蓑を探していた矢先、私の計画の話が飛び込んできたため飛びついたのだそうだ。
私はうまく利用されてしまった形だが、私も国をうまく利用した。
当然大規模のプロジェクトだ、私一人の財力ではどうにもできない。国が協力してくれたおかげで事がさくさくと進んだ。
~2067年 夏~
いよいよ私の構想が現実となろうとしていた。
学園の工事が着工されたのだった。
海上1層、海中3層、地下4層の学園の工事は、私の考案した新たな工事様式により、着々と進んでいった。
私はこの学園を子供たちが安心して学べるものとするため、国と交渉し、私の考案した技術を取り入れてもらう事にした。
そのいくつかを紹介したいと思う。
まずはNPOCサーバーシステム。
教育、交通、軍事などすべてのシステムを一括に担うサーバーシステムであった。
海上に浮かぶ故、それ単体で国の様々な省庁や公益事業者が行ってきたことを担う必要があったため、このサーバーシステムを考案した。
そして当時の私の研究であった、非装着型のAR技術。後にSARと呼ばれる技術だ。
当時のAR技術はメガネのような機器を媒体とすることで、現実世界と仮想世界をリンクすることが可能であった。
しかし私の開発したSARは非装着型、つまり機器の媒介なしにAR技術を使用することが可能となったのだ。
これを用いれば、たとえ革命国から軍事的攻撃を受けたとしても、現実のNPOCに攻撃を受け、損傷を負ったという仮想のNPOCをリンクさせることが可能となり、敵を欺くことができるようになったのだ。
このSARはノーベル賞を狙えるほどの研究と成果だった。
きっと発表していれば私は世界を大きく変えたに違いない。
でも私はそうしなかった、だって発表したところで今の世界情勢だ。すぐに軍事利用されるに決まっている。
私はそんなことのためにSARを開発したのではなかった。
私は亡き妻との約束を果たすためにこの技術を開発したのだ。
それが故、私がUG4にこのSARを設置したのを知っているのは一部の上層部の人間のみだった。
最初は案の上防衛省が食いついてきたが、それを総理がなだめてくれ、私の技術は平和的利用されることができたのであった。
~2070年 春~
「新入生入場」
この年、妻の願いであり、いつしか私の夢となっていた国立太平洋学園が開校した。
本島から厳しい入試を勝ち抜いてきた第一期生1万人の希望に満ち溢れた初々しい顔を私は忘れることができない。
「統括学園長、式辞。本校統括学園長の西郷純一がご挨拶申し上げます」
私はこの構想と物理分野での実績を買われ、国立太平洋学園の統括学園長として就任した。
「式辞
海の波が心を穏やかにし、春の日差しが眩いほど照り付ける、この良き日に第一期生としてこの学園に入学された新入生の諸君。入学おめでとう」
私の心の中には、妻との思い出がよみがえってきた。高校時代、大学時代、私が告白した雪の日、その時の彼女の顔。結婚式のきれいな彼女。母となった彼女。最後の彼女…。
色々な妻の顔や思い出が私の心をいっぱいにした。
愛美、見ていてくれてるかい?
君との約束を少しだけど果たしたよ。すべての子供たちに安全な学習環境を用意することは…、ごめんよ、出来なかった。
でも見てくれ、ここにいる子供たちを。希望に満ち溢れている彼らを。
君の願いはいつからか私の夢となっていたんだ。
もしかしたら君は、怒っているかもね。遅いって…。
ごめんよ、でも許してほしいな。
「これからの君たちの学園生活が希望にあふれるものとなるように、祈っている」
―――――
「そんなことが…」
「あぁ、結局父は5年後に亡くなってしまったんだけどね。最後は本当に満足げな顔だったよ」
俺は改めて目の前の巨大な機械に目をやった。
俺は優芽のおじいさんに会ったことはない。でも、おじいさんの想いは時を超えて確かに俺の胸の中に刻まれた、そんな気がした。




