第四話 非常事態
~2100年4月9日 4:00 国立太平洋学園国際空港~
私はどこからか湧いてくる不安を感じつつ、昨日のサーバー攻撃の件を総理に報告するためプライベートジェットに搭乗した。多忙な総理であるからいただけた時間は6:15から30分間のみだった。
「統括学園長。まもなく離陸いたします。シートベルトをお締めください」
私の秘書をしてくれている近藤 秋が言った。
「わかった。君も座りたまえ」
「畏まりました」
飛行機が離陸して数分経った。朝食が運ばれてきたがどうも口にする気にはなれない。
昨日のサイバー攻撃は何だったのだろうか?確かに各層環状線やC-payはNPOCで暮らす私たちにとって使えなくなってしまっては困る。だが、どうして防衛システムやUG3のシステムに侵入しなかった?革命国側にしてみればそっちのほうが重要であろうに。
もう一つ引っかかることがある。通常外部からNPOC内にデータを送信する際は防衛省・アメリカ国防総省のサーバーを経由しないといけない。これほどまでに厳重であるのに本当に外部からのサイバー攻撃など可能なのか?何か引っかかる。
「まもなく東京羽田国際空港に着陸します」
機内アナウンスがかかって我に返った。かなりの時間が経ってしまっていたようだ。
~4月9日 6:15 首相官邸~
何度か首相官邸に来たことはあるがやはり広い。
コンコン「総理、失礼します。」
「入りたまえ」総理の児玉 武夫が言った。
「おはようございます総理。朝早くから申し訳ございません」
「まぁまぁ西郷君座りたまえ」
席を勧められ「失礼します」と言いながら私は席に着いた。近藤から資料を受け取り、
「総理とお話ししたいことは山ほどあるのですが、本日は時間が少ないのですので早速報告をさせていただきます」
「そうだな。またゴールデンウイークにでも娘さんと一緒に夕食に招待するよ」
総理には何度か優芽と一緒に食事に招待していただいている。一学園の長である私にこれほどまで良くしてくださる総理にはいつも頭が下がる思いだ。
「早速ですが昨日19:30頃NPOC内の鉄道自動運転安全装置の作動及び学園内通貨システムの不具合が発生しました」
「君がわざわざ報告に来るくらいだ。故障やシステムエラーなどではないのだな」
総理はこれから私の口から語られることの重大さを悟ったように確認してきた。
「その通りです。じつはシステム管理部がシステムエラーや送受信記録等すべて確認したところ外部からのサイバー攻撃と思われる不正アクセスのログを発見したとの報告を受けました」
「なんと…」
さすがの総理も言葉を失っている様子だ。後ろに並んでいる政府関係者もざわついている。
「だ、だが西郷君。NPOCのサーバーには防衛省と米国防総省のサーバーを経由しないとアクセスできないのだろう。外部からのサイバー攻撃など可能なのか?」
総理も私と同意見のようだ。NPOCのサーバーシステムを知っている者は誰もがそう思うだろう。
「私も飛行機の中で考えたのですが、やはり外部からの不正アクセスは不可能に近いと思われます。ただ、革命国側の通信技術の発達も目まぐるしいものであると思われます。もしかすると防衛省・米国防総省のサーバーを潜り抜けるシステムを開発している可能性も一概に否定はできません」
「そうか…。西郷君この後時間あるかね?」
「はい…。時間は大丈夫ですが」
「誰か、アメリカは今何時だね?」
「はい。4月8日の16時20分頃だと思われますが?」
「急いでクリントン大統領につないでくれ。日本国は非常事態を宣言すると言って」
「総理!本気ですか?非常事態宣言はまだ時期尚早なのでは?」
「非常事態宣言は脅し文句だよ。とにかく早くしたまえ」
事が大ごとになってきた。だがNPOCは一学園だが国家機密以上の秘密も隠されている。つまりNPOCの陥落は連合国の敗北を意味するのだ。
「総理お電話つながりました。スピーカー音声に切り替えます」
「クリントン大統領。日本国首相の児玉です」
「児玉総理、非常事態ということですがどうされたのですか」
「はい。大統領もNPOCについてはご承知の通りと思います」
「我が国がサーバーシステムを提供してるあの施設ですか」
「はい、そのNPOCについてなのですが…」
総理は私からの報告と自身の見解について大統領に報告している。
非常に張り詰めた空気でやりにくい事この上ない。トントンと肩をたたかれた。秘書の近藤だ。だが、近藤は会議中絶対に私に話しかけない。そのあたりのマナーを徹底している彼女がこの状況で私に報告しようとしていることだ。いい話ではないことは大方見当がついた。
「統括学園長。システム管理部から報告がありまして、6:30頃、サイバー攻撃によりNPOC全システムがダウンしたとのことです。よって、電力供給システムおよび防衛システムが復旧のめどが立っていません。ただしUG3は別サーバーかつ非常用電源も設置されていますので問題なく稼働中とのことです」
想像していた中で最悪の事態だ。全システムのダウン。これが意味するのはNPOCは今ノーガードであるということ。革命国の格好の標的になり得る。私は決断を迫られた。
「総理、電話中失礼します。ただいま6:36をもってNPOC統括学園長として非常事態を宣言します」
「ということは西郷君…」
総理の顔はみるみる青ざめた。きっとこの会話は電話ごしにクリントン大統領にも聞こえているだろう。
「はい、ご察しの通りです。」
そして私は電話に向かって話し始めた。
「クリントン大統領、私はNPOC統括学園長の西郷と申します。突然のこと、ご無礼であると存じ上げておりますが折り入ってお願いがございます」
「ミスター西郷。ホワイトハウスにも第一報が入ってきましたから状況は理解しています」
「大統領、NPOCは米国に軍事的支援を要請します」
「わかりました。すぐに手配しましょう」
第五話に続く