第九話 小さな春(前編)
俺は優芽にずっと引け目を感じてきた。どうしてあの時なにもしなかったのか、どうしてあの時優芽を見捨てようとしたのか。あれは忘れもしない小等部2年の春だった。
~2092年 SS層 NPOC小等部~
小等部の裏庭には池がある。生き物を観察したり、理科の実験で使うことが主な目的だが毎日昼休みになると多くの生徒はこの池のほとりで遊んでいた。
「貴君見てみて、カエルだよ」
優芽は満面の笑みでカエルを乗せた手を差し出してきた。
「ゆっ、優芽やめろよ。俺、カエルは嫌いなんだ」
どうして優芽はこんなものに触れられるのだろうか。こいつは本当に人間か?
「えー、どうしてー。こんなにかわいいのに」
カエルをスリスリ頬に当てながら優芽が言った。見ているだけで気持ち悪い。早くカエルから離れたい俺は、
「優芽、俺は木の陰で本を読んでるからな。何かあれば言えよ」
そう言い残し池のほとりを離れた。それから10分ほど経った頃だっただろうか。
「バッシャーン」池のほうから大きな水しぶきの音が聞こえた。嫌な予感がした俺は本を投げ捨て池まで走った。池まで行くとそこには溺れている優芽がいた。
「たsえてたっくn…」
優芽は俺に必死で助けを求めてきた。俺はすぐに助けようと池に入ろうとした。だがその日は運が悪かった。その日は1か月に一回水門が開き水を入れ替える日だったのだ。優芽は水道管の方へと流されている。そして流れに逆らうこともできずあっという間に流されていった。俺はただその光景を見ることしかできなかった。
~同時刻 SS層 地下水道管~
この学園の水道管は無駄に幅があって両端に歩道もある。俺たちは冬休みにこの水道管の入り口を発見して遊び場にしていた。
「孝也、ジュース持ってきたか。俺忘れちまったよ」
「あるぜ、ほらよ」
俺が投げたペットボトルは空中できれいに一回転して博人の方へと渡った。
「ナイスパス」
俺たちは高等部2年だ。昔から悪ばっかりやってきたから先公どものあたりが強い。今までは満足に集まって遊ぶこともできなかったが、偶然見つけたこの水道管は誰も来ないから心置きなく遊べる。まさに俺たちの楽園だ。
ジャッバン、ジャッバン。遠くから勢いよく水が流れてくる音が聞こえる。
「ちっ、そういえば今日は小等部の泥沼の水抜きの日じゃねぇか」
池の水はそこそこの量があるのでたまに道が水浸しになることがある。そうなってしまえば遊ぶどうこうの話ではない。
「よし今日はお開きだ」
そう言って片づけをしていると水のかさが一気に増した。流れはそんなに早くないがこれでは俺でも足が届くかどうか分からない。
「おい!女の子が流されてるぞ、溺れてるみたいだ」
仲間の一人が大声で叫んだ。何事かと思い水路を見てみると女のガキが流されてきた。確かに溺れてるみたいだ。
「おい、まずいんじゃないか。このままじゃ溺死する」
博人のこの言葉を聞いた俺は無意識のうちに飛び込んでいた。足はギリギリ底につかない。流れているガキがそこまで迫っていた。俺は手を伸ばしガキを捕まえることができた。すると歩道から紐のついたペットボトルが投げ込まれた。
「孝也これにつかまれ」
俺はペットボトルに掴まることができ少し安心できた。
「孝也、女の子貸せ」
仲間が上からガキを引っ張り上げてくれた。俺も続いて歩道に上がった。
「おいガキは大丈夫か」
「あぁ、気を失っているみたいだが生きてるぞ。にして孝也カッコよかったな」
「うるせぇ」
俺はガキを助けられたことに安堵した。だけど褒められるのは久しぶりだから背中がむず痒い。でも一つ不思議なことがある。
「こいつどこから流れてきたんだ」
~NPOC 小等部職員室~
「先生、先生、たすけて」
俺はノックもせずに職員室に駆け込んだ。
「なんですか山本君。職員室に入るときはノックして『失礼します』でしょう」
「それどころじゃないんだ、優芽が、西郷が流されちゃったんだ」
「流されたって何にですか」
「池に落っこちちゃって、水門が開いて、水道管に流されちゃったんだ」
「待って、山本君それは本当なの?」
さっきまで怒っていた先生の表情が変わった。困惑と恐怖が入り混じっているような表情だ。
「ほんとだよ!でも俺、俺、何もできなかった…」
俺はここまで言うと泣き出してしまった。悔しかった、何もできなかったことが。許せなかった、優芽を見殺しにしてしまった自分が。
「大丈夫。泣かなくていいわよ。よく先生のところまで知らせに来てくれましたね。ここからは先生たちが西郷さんを助けますから、山本君は落ち着くまであそこのソファーにいなさい。いいですね?」
今まで聞いたことがないくらい優しい先生の声だった。俺は黙って頷いた。
第十話に続く




