吸血鬼と幼女の出会い
ーー吸血鬼。
それは人の生き血を吸う怪物の一つで、悪魔の一種とされることもある恐ろしい怪物だと言われている。
一人一人によって性格や弱点が異なるが、何より一番の違いは吸血衝動である。
全体的に見ると、吸血衝動が強い者の方が圧倒的に多い。その中でも違いはあり、例えば三ヶ月に一回は吸血しないと衰弱してしまう者、一年に一回でも大丈夫な者(滅多にいないが)、二週間に一回は吸血しなければいけない者……というような感じだ。
そして、吸血衝動が弱い者。彼らはとなると、百年単位で吸わなくても全く弱らない。
その為ほとんどが人間に紛れて、人間と似た生活を送っているようだ。
彼らが突然吸血したくなることもあるにはあるそうだが珍しいことで……もともと吸血衝動が弱い者は少ないからか、過去事例はほぼ存在しない。
ーーそして、その吸血衝動が弱い者の中でも、他の者に最強と言われ続ける不老長寿の吸血鬼が居た。
彼の力は吸血衝動が強い者に匹敵すると言われる。それどころか、吸血衝動が強い者が束になって奇襲を仕掛けても勝てるかどうか……というほどの実力の持ち主だ。
彼の名前はレン。齢五百を越える吸血鬼である。
★★★★★★★★★★
「ふっふっふ……ついにこの本を買ってきてしまった……」
ついさっき本屋から買ってきた本を袋から取り出して机に置く。この本があれば百人力だ。
そうーー『お弁当のおかずにも使えるカンタン料理50選』があればッ!!!
お弁当はこれまで冷凍食品をレンジでチンしてつめただけのものだったが、この本で素晴らしいおかずを作り、最高のお弁当を作ってみせる!!楽勝だ!!
「えーっと、何々?まずは料理道具を揃えましょう……とな?料理道具ならもうあるが……」
なんせ料理をするんだしな……と思いながら、キッチンにしまってある包丁とフライパンとまな板を取り出す。……これでいいんじゃないのか……!?
「んん?……なるほど、『おたま』というものも必要なんだな……ざると鍋……え、ふらいがえしってなんだ?…………フードプロセッサー……?新しい技か……?むむ、料理は奥が深いんだなぁ……」
この本を買ってよかった。丁寧な説明もついている。
素晴らしきかな吸血鬼。働かずともお金が稼げる方法も知っているので時間も有り余るほどにある。こんな生活がいつまでも続けばいいのに。
そんな僕の生活は、ある一人の女の子によって終わりを告げることになる。
★★★★★★★★★★
「次は……鍋か!えーと、アルミ製両手鍋と片手鍋があればいい……か。……全く分かんないんだけど……店員さんに聞こうかな……」
なんとか順調に料理道具を揃えていく。いやー、料理はまだしてないけどなんかこの料理しようとしてるーっていうのがいいな!
ほくほくと充実感に浸りながら、店員さんに鍋について聞く。心優しき店員さんは「それでしたら」とすぐ案内してくれて、しかも説明までしてくれた。なんて親切なんだ。
「ありがとうございます、ご親切に……」
「いいえ。お料理、始めるんですか?」
「あ、はい。……何故それを……?」
「そのカゴを見れば分かりますよ」
初めてのお料理ならこちらもいかがですか?と別の料理道具を勧める店員さん。……あの本にはなかったものだったけど、そんなにお役立ちなら買おうかな……。
「ーーそれでは私はこれで。頑張ってくださいね!」
……応援されてしまった。
「……優しいなぁ……」
吸血鬼仲間にはあんなに親切な人なんていない。人間には普通のことなのだろうか。だとすれば、人間とはなんて素晴らしい生き物なんだ……!
「……今日は肉を買おう」
買い物をすっかり済ませ、ふんふんふんと鼻歌を歌って店から出る。
ステーキなんていいんじゃないだろうか。おいしいし……うん、おいしいしっ!!
ふふふ……とついつい口元を緩めつつ歩いていると、突然鳩尾のあたりに何かが勢いよくぶつかった。
……いっ…………痛い……!
「あっ、すっ、すみませんでした!」
「あ、あぁ……全然、大丈夫だから……」
いや全然だいじょばない。寧ろピンチなくらいだ。めっちゃ痛い。
でも……こんな子供の前で醜態を晒すわけにはいかない……!!
……というか、ぺこりと謝ってからすぐ走り去ってしまったが……大丈夫なのかな……?
…………あの子、泣いてたな……。
★★★★★★★★★★
「……大丈夫か?」
「え……っ?」
気がつけば僕は、少女を追いかけて近所の公園に来ていた。
「ああいや、その……さっき、泣いてただろ?だから……どうしたのかと思って」
「…………お母さんと喧嘩しちゃったんです……」
「お母さんと?」
詳しく話を聞いてみると……原因は些細なことなのに、段々言い合いがヒートアップし、どちらも引けなくなってしまい……耐えられなくなり、少女の方が逃げるようにして家を飛び出してきたらしい。……その勢いで僕にぶつかってしまったのか。
でも……解決策が思い浮かばない。
素直に謝れば済むことなのだろうが、その「素直に」は、他人が思うよりも予想以上に難しいということを僕は知っている。
「もう……もう家には戻れないです……」
「…………ねえ」
しゃがんで彼女と目線を合わせると、はたと彼女が泣き止む。
「……ありがとう、はよく言える言葉だけど、ごめんなさいって言葉はなかなか言えないんだ。
でも……だからこそ僕は、ごめんなさいの言える子はすごいと思う」
「…………!」
はっと少女が目を瞬く。
……僕は……最期まで、あの人に謝れなかった。
その時には何も感じなかったが、後になって、どうしようもないほど後悔が、自責の念が押し寄せていたんだ。もう自分は潰れてしまうんじゃないかと何度も思うほどに。そいつは実は僕のことを恨みながら死んだんじゃないか、って。
僕には幸い助けてくれる人がいた。でも、この子もそうなるだろうとは言えない。
「ありがとう」も「ごめんなさい」も言えない子になってしまったら……。
……気付いた時には、もう手遅れだから。
「……きっと「ごめんなさい」が君を助けてくれる。でももしやっぱりまだ無理だと言うのなら、僕が力を貸そう。僕がどんな話だろうと聞こう。だから……」
小さい手を握る。やわらかくて暖かい手だ。
「……だから、一人で泣かないでよ」
彼女はそれから沢山泣いて、僕はその度によしよしと頭を撫でる。
泣いて泣いて、泣いて……そうしていると落ち着いていたようで、彼女はゆっくり話し始めた。
「…………テストの点が悪くて、見せたら叱られるかなって思って……机の引き出しに隠しておいたんです。でも引き出しから出ちゃってたみたいで、見つかって……お母さん、すごく怒らせちゃいました……」
「……お母さんはテストの点が悪くて怒ったのか?」
「は、はい、多分……?」
「そのテストを、隠したことにも怒ったんじゃないか?」
「あ……」
少女は少し空を見つめ、かと思うと急に立ち上がる。
「…………謝ってきますっ!」
「うん。いってらっしゃい」
「……っあーっ!!」
急な大声に尻餅をつきそうになるほど驚いた。な、何だ!?どうしたんだ!?
「大事なこと忘れてました!あの、お兄さん……お名前は?」
「えっ、僕?レンだけど……」
「そ、そうでしたか……えへへ、恩人さんのお名前を聞かずに行っちゃうところでしたー」
照れたように笑う少女。…………か…………
「(かわいッッ…………!!!)」
「あっ、私は陽織です!」
本当にありがとうございました!と言ってから、陽織……ひお…………ひおちゃんはぶんぶんと手を振って走って行った。……えへへ、ひおちゃん……ひおちゃんかぁ……。
また会えるといいな、ひおちゃん……。
★★★★★★★★★
「あ、レンさんご近所さんでしたかー!」
「……まさかマンションのお隣さんだったとは……」
……後日、普通に会えた。