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【~この鞘を、君に捧ぐ~】  作者: 三田辺 ジュリアン
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1話A

多分、女子なら誰もが一度は恋い焦がれる。

物語でお姫様と結ばれる、素敵な白馬の王子様。

でも、私はそんな飾りに興味はない。


『だって、本当に素敵なのは──』



ピッピッピッ、ピピピ、ピピピ、ピピピピ


 規則正しいリズムを奏でるスマホのアラームの音で、私の意識は夢から現実に引き戻された。さっき見てた夢、たぶんまたいつもの夢だ。今日から高校生になるというのに、私は幼い頃から同じような夢を、その内容を忘れそうになる度に繰り返し見ていた。これはもう、一種の病気のようなものだ。

「ゆうなー、そろそろ起きてるのぉー?」

「大丈夫だよお母さん、今起きたから」

 母の心配そうな声が部屋の外から聞こえてきた。きっと私よりも今日を楽しみにしていたのは母の方だ。既に綺麗なスーツを着終え、私が起きてくるのを今か今かと待っていたに違いない。

 ベッドから抜け出た私は、パジャマを脱ぐとサイズを確認した時以来部屋に掛けたまま放置していた新しい制服に袖を通す。直ぐに体が大きくなるだろうと、160センチに合わせて作ってもらった新しい制服は、やはりまだ少し余裕があった。それでも初めてのブレザータイプなのが妙に息苦しさを感じるけど、その内慣れるだろう。

「見た目は……うん、たぶん普通」

 鏡で自分の姿を確認してみる。着慣れない制服なのに妙に見覚えがあるのは、いつも見ている姉の姿に少し似ているからだろう。姉と同じように腰上まで伸ばした髪、顔のパーツこそソックリという訳ではないが、思い返せばあの頃実際に見た姉の姿に近い。

「そろそろ支度して朝食を食べに来ないと間に合わなくなるわよー!」

 母からの2度目の催促である。どうせリビングに行くなら、折角だから今日の持ち物も鞄に入れて一緒に持っていこう。

「えっと……、今日は入学式とオリエンテーションだけだから、筆記用具と学生証だけあれば大丈夫だよね」

 市立久木高等学校、第一学年、麻日佑那(丁寧にフリカナでアサヒユウナの記載もある)と書かれた学生証を手に取る。これから私は3年間をここで過ごすのか。などという実感はもちろんなく、それを無造作に鞄のサイドポケットに放り入れた。


 リビングに向かった私を待ち受けていた母からの激しい称賛の嵐(ゆうな、制服すっごく似合う!等)は適当に相槌を返し、朝食を済ませる。そして身支度も最低限済ませた私は、仏間に向かった。

「お姉ちゃん、私変じゃないかな。ちゃんとお姉ちゃんみたいに大人になれたかな?」

 そこにいる5つも歳が離れていた姉は、いつも笑顔で私を後押ししてくれた。今日だってほら、母と同じ感想を言わんばかりの笑顔だ。やっとと言うべきか、もうと言うべきか、私はその笑顔の姉が着る制服と同じ制服を今日から着る事になったのだ。

「大丈夫、お姉ちゃんもきっと喜んでいるわよ」

 姉に報告する私を後ろから見守っていた母がかけてくれた声は、少し震えていた。

「うん、そう……だね」

 仏壇から見送る姉に向かって「行ってきます」と呟き、私たちは家を出た。


 学校までは徒歩で数分のところにある駅まで行き、そこから電車で40分かけて学校の最寄り駅まで行くのが私のこれからの通学路である。そして、駅まで歩いている途中で私は今日提出のプリントをまとめたファイルを鞄に入れ忘れたことに気付いた。家を出た時間は入学式に余裕を持って間に合う時間だったため、取りに戻っても次の電車に乗れれば大丈夫。

「お母さん、先に駅に行ってて。忘れ物したから取りに行ってくる」

「それならお母さんも一緒に戻るわ!」

 母は一瞬表情を強張らせた。きっと何かが脳裏に浮かんだのだろう。

「大丈夫!この道は車も殆ど通らないし、家まで近いから私一人が走った方が早いから」

 そういうと、私は心配する母を背にして家に向かって駆けだした。中学生時代は陸上部の短距離走者だったこともあり、足の速さには自身がある。ほら、もうすぐ家が見えてくる。


『待って──』


 その声は、とても不思議な感覚で私の心に届いた。耳から聞こえた声ではない。思わず、私は足を止めた。声の主を探すために当たりを見回すと、民家同士の間にあるゴミ置き場の近くに浮世離れした姿があった。金色で風になびく艶やかな長髪、海の色をした瞳、透き通ってしまいそうな程の白い肌。そんな容姿の少女が、彼女には似合わないゴミ置き場の前でしゃがん見ながら私を見ていた。あまりにも不思議な光景に、私はすべきことを一瞬忘れ、その少女の元に歩み寄っていた。

「今、私を呼んだのはお嬢ちゃんなの?」

 私の問いかけに、彼女は何も答えない。ただ、そのすべてを吸い込みそうなつぶらな瞳には私の姿がはっきりと映っていた。気が付くと、彼女の手にはボロボロに錆びた長い鉄の棒が握られていた。先細りしているところからして、剣のように見えなくもない。私は何も言われてないのにも関わらず、引き寄せられるかのようにその鉄の棒を彼女の手から受け取った。

「これを……どうすれば良いの」

 そう尋ねたものの、目の前に居たはずの少女の姿は無かった。そして間もなく、私の世界は真っ暗になった。



素敵な白馬の王子様。いつも民から憧れの的。

その国の乙女たちは、皆あの方に恋い焦がれる。

そんな、平和な国があった。

でも、その平和を守っていたのは白馬の王子様じゃない。

私は知っている。

涼しげな王子様の影で、汗も涙も、血さえも流して国のために戦っていた彼を。


『だから、本当に素敵なのは──』



 また、この夢だ。私は夢から覚醒しつつある状態の中でそう思った。でも、どうして私は夢を見てるんだろう。なんで寝てるんだろう。入学式に行かないといけないのに……。

(ねぇ)

 良いや、今はなんだか寝ていたい。なんか暖かいし、時折吹く優しい風も甘く香る若草の匂いも、とても心地が良いんだもの。

(ねえってば)

 なんか、聞こえる。でももう少しだけ寝かせて。今良い所なの。

(っ!もうっ!)

 パシッっと頬に強い衝撃が伝わり、私は思わず目を覚ました。ぼんやりとする視界に映ったのは、いつも目覚めたときに目にする部屋の天井。……ではなく、高く上る太陽と、それを背に私の顔を覗き込む──


鈍い銀色に輝く甲冑を着た、男の子の顔だった。


~1話Bに続く~

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