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折れる龍骨、産まれる龍骨(前)

「ぶぅぅぅ~~ん!」


 デュークは今日も元気に重力スラスタを吹かしています。


「すっごく深い~~!」


 今日の探検はネストのかなり下の層――ネストの最下層にまで達していました。


 ネストの底と言えば幼生体が産まれる誕生の扉があるところですが、産まれた時の事は覚えていない彼は「ここはどこぉ~~?」などと不思議がっています。


「これ、なに? 模様?」


 彼は大きなハッチの上にある看板を発見しましたが、実のところそれは共生知生体連合で用いられる共通宇宙語でした。


 ~終焉の間~

 

 それは誕生の間と対を成す場所。

 デュークにはまだ文字が読めないので、それはただの模様にしか見えません。

 

 ともかく、ハッチやトンネルがあると本能的に潜りたくなってしまうのが龍骨の民の特性なものですから、デュークは舳先を向けてハッチに向けるのです。


 デュークの識別符号を感知したハッチがゆっくりと開いてゆくのです。


「あ、おじいちゃんがいる……」


 ハッチの中にヒョイと頭を入れて先を眺めると、マザーの地表のようなところで、随分と古びた老骨船が一隻横たわっていました。


 デュークはそのフネに向けて重力波を用いて――ヴォォォォォォォォォン(なにしているの)? と、尋ねました。


 すると――


 ゴォーン、ゴォーン、ゴォーン、ゴォーン、ゴォーン……


 眠りについていた老骨船が目を覚まし、重力波で我停船中、というほどの言葉を返してきました。


「入っていいの?」


「入っても何も面白いことはないのだが……まぁ、かまわん」


「わーい!」


 初めて見る老骨船に近づき「僕はデュークだよ」と自己紹介をすると、老船は「私はオイゲンだ」と答えました。


「なんだかアーレイお爺ちゃんみたいなフネ……」


 デュークがオイゲンに近づくと、なにやら武骨な印象を受ける重厚な肌を持つフネであることが分かります。


「でも、ちょっと違うね」


「アーレイと同じ私は軍艦だが、奴とは艦種が違うのだ。私は重巡洋艦、現役時代は宇宙を駆け巡ったフネだったのだ」


 アーレイは高速輸送艦――場合によっては強襲揚陸艦とも呼ばれるフネでした。

 だが、オイゲンはそれ以上に武骨な印象を与える艦です。

 装甲板に刻まれた重々しい古傷が、その風格をさらに際立たせていました。


「ふむ……お前は、最近産まれた幼生体だな。なにをしに来た……ああ、ネストの探検だな。すると、お話をしてあげねばならんな」


「うん、お話をして!」


 デュークは、初めて出会ったオイゲンが何かを教えてくれると思って、目を輝かせました。


「そうだな……なにがいいかな……」


 くたびれた軍艦であるオイゲンも老骨船の一隻であり、子どもに物を教えるということが大好きなのは他のフネと代わりません。


「デュークは“命”という言葉を知っているかな?」


「ええと、いのち――」


「まずは龍骨の中のコードを確かめてみなさい」


 オイゲンは龍骨の中にあるコードを検索するよう言われたデュークはウンウン……と、舳先をねじり始めます。


 龍骨には産まれた時からたくさんの情報が詰まっているのですが、取り出すには少しばかり集中が必要なのです。


「ふぇぇ、良くわからない意味がたくさんでてくるよぉ……」


 命という言葉にはたくさんの意味が含まれていました。

 これを正しく理解するには大人でも結構難しいこと――

 デュークが眼を回すほどでした。


「感じたことを言ってみなさい」


「えっと……」


 龍骨というものはファジーなアナログ式量子コンピュータのようなもので、曖昧模糊なコードを継ぎ合わせ、連想したりすることができます。


 そしてデュークは――


「“大切なもの”?」


 と答えました。


「そうだ。そして、デュークも持っているものだ」


「僕も持ってる……」


 オイゲンの言葉を聞いたデュークの龍骨がウニャムニャと動き、新しい疑問を浮かばせます。


「あのね、命って、どこにあるのかな?」


「ふむ、いい質問だ」


 質問を引き出す教師は良い教師。

 オイゲンは大変いい教師のようです。


「縮退炉(心臓)かもしらんし、船体カラダ全体にあるというヤツもいる。だが私はやはり龍骨あたまにあると思う。逆説的だが、命というものは折れた龍骨にはないものだからね」


「ええっ、龍骨って……折れるの!?」


 生きている宇宙船の龍骨はフネのカラダを支える強靭なもので、並大抵のことで折れるようなことはない――そう教わっていたデュークは、龍骨が折れるなんて信じられませんでした。


「うむ、龍骨は折れるものなのだ……」


 オイゲンは明言しながら、自分の艦体をポンポンと叩いて、こう続けます。


「龍骨はいずれは折れ、命が失われるものなのだ……ふむ、つまらんことを教えてしまったか?」


「ううん、頭をいっぱい使うのは好き」


「そうか、デュークは賢いな」


 オイゲンは幼生体の船首を撫で撫でしました。

 

 デュークはそれからしばらくオイゲンとの会話を楽しみ、夕ご飯の時間が近づいたことを知らせるシグナルを検知します。


「あ、ご飯だ。おじいちゃん、お話ありがと、またくるね」


「ああ……」


 デュークがクレーンを振るってバイバイすると、老いた巡洋艦は、くたびれた腕をもたげて「また……な」とだけ言いました。


 そして幼生体はスルスルと部屋を出て行ったのを確かめた彼は、静かに目を閉じ、また微睡まどろみに戻ります――


 ◇


 夢というものはとても曖昧あいまいで、思い出すことが難しいものです。

 しかも、それは切れ切れの物語であり一貫性というものはありません。


 でも、オイゲンがこのところ見ている一連の夢は、かなり鮮やかで、その上連続性をもった過去の記憶でした。


「これは先の大戦おおいくさの時分だな……場所は龍骨星系の外縁部……」


 彼のカラダは宇宙あま駆ける力強き巡洋艦――現役バリバリ、40代半ばのころの油の乗った時分に戻っています。


「静かだ……」


 星系の外縁部としては恒星の光も薄らぐ静寂の空間であり、彗星たちが時たま顔を見せるほかは100年が過ぎても変化がないような場所でした。


 思索を生きがいとする長命種であれば、時間を失うような静けさを愛すのかもしれませんが――


「だがタキオンの匂いが強い……これから騒がしくなる……な」


 オイゲンは星系の外から無数の宇宙船が飛んでくるのを感じています。

 匂いは、超光速航法の一つであるスターライン航法がもたらすものでした。


「来るな……」


 来たのはタキオンを放つ“艦”――

 駆逐艦、巡洋艦、戦艦、航空母艦、各種の支援艦たちが長大な光の帯を伸ばして進んでくるのが分かりました。


「副官、予想降着時刻は?」


 オイゲンは艦橋の中の彼の幕僚に尋ねます。


「はい、あと10時間ほどかと」


「数はどうなっている?」


「万のオーダーを超えているのは確実です」


「そうか……念のための確認だが、やつらの目的地は?」


「それは、間違いなく首都星系でしょうな。龍骨星系から延びる超空間航路を使えば、1週間も経たずに直撃できるのですから」


「ふむ、総司令部が死守命令を出すのも当然だな」


 この時、彼は共生宇宙軍第五艦隊12番分艦隊の旗艦であり、その司令官でした。

その彼と部下たちに、司令部は絶対防衛命令を下しています。


 実のところ、連合は相当な危機に陥っていたのです――


 何らかの手段を講じて共生知性体連合の防備が手薄な方面から侵攻した敵。

 悪いことに連合は複数の敵対勢力から同時多発的な侵攻を受けていたのです。


 総司令部は、第五艦隊――内海艦隊や、連合加盟種族の持つ星系防衛軍などあらゆる戦力をかき集めていました。


 そして龍骨星系での足止め――

 遅滞戦闘により時間を稼ぐという決定を行っています。


「時間を稼ぎ、他戦線から抽出した戦力で、打撃部隊を編成し、決戦を挑むという戦略――これは間違いのない戦略です」


「司令部の判断は、いつも正しいな。だが、皆にはすまないと思っている」


「あなたの場合、故郷の防衛戦になるからすまないと? ははは、共生宇宙軍の軍人にとっては、どこの星系も故郷みたいなものです」


「模範的な回答だな、副官」


「ええ、模範的な軍人なのですから、当然です。まぁ、やれるだけあがきましょう……そうですな、生きている宇宙船の言葉を借りれば、ここが龍骨の折りどころ(正念場)ってところですかな?」


「ああ、だが、骨折り損にはならん」


 敵を食い止めていれば、どうにかなるのです。


「それにしても手ひどい戦力差だ……な」


「我々は1000隻ちょっとですからねぇ」


 敵艦隊は1万隻を優に超える戦力を持っているのに、オイゲンの手持ちの戦力はその10パーセント程度。


「しかも、龍骨星系の予備役に入ったばかりの老骨艦を徴収して、これだものな……ま、それはいい。それより民間人の疎開はどうなっている?」


「住民は貴方と同じ生きている宇宙船ですからね。脱出そのものは確実でしょう」


 老骨船と言っても多少の航宙能力が残っているのです。

 彼らは、幼生体を抱えて星系から疎開するよう計画されていたのです。


「で、マザーはどうしますか? 法的には星系群星の扱いにはなっていますが?」


「マザーは…………放置で構わんだろう」


「はぁ、アレは司令官の母上でもあるのでは?」


「この事態になっても、敵が来ている! と電波を飛ばしても、何も言ってこんのだ。さすがに幼生体を生み出すようなことはしなくなったようだが」


「ははぁ、自己防衛モードに入ったということですか」


「知らんよ。ウチのおっかさんは、とにかく、なにも教えてくれんのだ」


 マザーのことは、その子どもたちにも本当によく分からないのです。

 副官の推測にオイゲンはとぼやくほかありません。


「そろそろ始めるか」


「では、計画通りに」


 この時「計画通りに」と言った副官ですが、予想された計画に、オイゲンらの生死は考慮に入っていませんでした。


 共生宇宙軍の軍人は、連合とその市民を護るためであれば、全滅を覚悟してでも戦うものと教育され、また、その覚悟を誇りにしていたのです。

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