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きらい、嫌い、大嫌い

「前へ! 前へ! 声を出して進むんだ! 暗闇なんて吹きとばせ!」


 デュークは「ワレニツヅケ!」と言うだけではなく、「皆も声を出して!」と叫びました。


「ええい、こうなりゃ、やけっぱちよ! 前へ! 前へ!」


「船足全速ぅ前進~~!」


 淀んだエーテルが織りなす闇の中ではありますが、前に進むと気が晴れるのがフネの性質でした。そして仲間と一緒に声を上げれば、龍骨はそれだけ強いものになるのです。


 掛け声は次第に歌声に変わってゆきました。


「|航跡なびかす(いくさぶね)、|不折の龍骨が宇宙(おおぞら)へ!」


 デュークが、龍骨()の強さを感じる少年らしい青い声色(ボーイソプラノ)で歌います。


「星の狭間を跳躍(ジャンプ)して、征け母星の吾子達よ!」


 ナワリンが薄赤の船体を震わせ、少女らしい澄み切った高音(ソプラノ)で続けました。


燦然(さんぜん)世界に舵を取り~~共生の光(かがや)かせ~~!」


 ペーテルは間延びしたどことなく甘さのある独特の声で唱和します。


 そのようにして若き龍骨の民三隻が手を携え、声を合わせて重力スラスタを吹かすと、先の見通しが立たない航路にも慣れてくるのです。


「とはいっても、暗夜航路ってところは変わらないわぁ」


 ナワリンがふぅと排熱をしてから、ぼんやり暗いエーテルの先を見透かすようにして呟いた時でした。彼女の口元にフワリとした成分が届くのです。


「えっ、なによこれ、随分と良い匂いがするわ!」


 エーテルの中に微かな香りの成分が漂っていました。それをナワリンの口の中にしまってある嗅覚器官――分光器や高分子計などのセンサが検知したのです。


「とっても美味しそうな匂いがするぅ~~!」


「ホントだ、香ばしくて甘やかで――――」


 他の二隻も同じ様子で、船足を止めて辺りを見回しました。依然として周りは暗く、ちょっとでも離れると全く先が見えないところですが、食欲を誘う香りがどこからともなく届いてくるのです。


「――ゴクリ。こんな匂いは初めてだ」


 デュークが思わず喉を鳴らしてしまうほどの美味しそうな香味が漂っています。彼にはそれが一体何によるものかがわかりませんでしたが、匂いが龍骨に伝わると、なぜだかお腹がキュっとして、口の中に潤滑油(よだれ)があふれてくるは間違い無いのです。


「もしかしたら、私たちのご飯になるようなものが落ちてるのかしら?」


「ご、ご飯?! ご飯食べたい~~!」


 ペーテルが目を輝かせながら、クレーンをブンブンと振り回しました。若い龍骨の民という物は、ご飯と聞くと大体こんな感じになるのです。


「うーん、他に何も道標は無いことだし、匂いのする方へ行ってみようか」


 デューク達はクルリと舳先を変え、香りがする方へ進み始めます。


「クンクンクン、あっちから匂いが――あれ? 前方視界が開けてきたぞっ!?」


「あ、ホントだわ。光学系が回復してきたわ」


 彼らは、前方のエーテルが少し薄れて視界がゆるやかに回復するのに気づきます。さらに進むと、視覚素子とレーダーの感覚がもとに戻って先が見通せるまでになってきました。


「うわぁ、すごく大きな空間があるぞ!」


「エーテルの淀みの中にこんな空間があるなんて!」


 視界が急速に晴れると、エーテルの澱みの中にクリアなエリアが現れます。それは差し渡しが100キロほどもある球状の空間でした。


「電磁波の通りが良くなっているよ。凪いだ海と同じ様な環境だな」


「レーダーが機能するねぇ。あ、あそこに何か浮かんでるよぉ~~!」


 完全にレーダーが回復したペーテルは空洞の中心になにやら黒くて丸い物体が浮かんでいるに気づきました。


「ホントだわ、人工物に見えるけれど……良い香りはあすこから漂ってくるみたいね……ジュル、あら嫌だ、涎が出るわ」


「結構大きいねなぁ、100メートルくらいかな。電波や識別信号は出ていないな。だけどとにかく随分と美味しそうな香りがするなぁ。ジュル……はは、ボクまで」


 ナワリンとデュークはそれを人工的な物体と認識しましたが、それ以上の事はわかりませんでした。そして嗅覚から得た情報から、「美味しそうな物体!」と認識するのです。


「うん、いい匂いだねぇ……って、あれ? あれれ~~?」


 黒い物体を眺めていたペーテルが、艦首をひねりながら、舳先をしきりにフリフリさせはじめました。それは漏れ伝わってくる香りを振り払うかのような仕草です。


「どうしたのよ急に」


「龍骨が何かの違和感を感じてる……あれは触れてはならない――そう、触れてはいけない何かだって気がするの!」


 ペーテルは、いつものぼんやりとした言葉尻ではなく、明確な口調で「触れてはならない!」と告げるのです。


「何をいっているのよ。多分あれは、超空間に漂いこんだ人工衛星か何かよ」


 ナワリンは「大方、廃棄された人工衛星でも紛れ込んだんでしょ。ジュル……ああ、涎が止まらないわ」、食欲を掻き立てる物体だと言い張りました。


「ゴクリ――そうだよ、あれは多分ご飯になるものだよ!」


 喉を鳴らしたデュークは「近づいて確かめてみよう」と言い、食欲にかられて船足を進めようとしましたが――


「ダメッ! あれに近づいては駄目!」


 ペーテルがスルリと前に動いてデュークの進路を妨害し、激しい口調で押し留めたのです。巡洋艦の目には、実に真剣な光が浮かんでいます。


「ええ、何が駄目なんだい?」


 デュークがペーテルに尋ねると――


「きらいだ!」


「ふぇっ⁈」


 ペーテルは突然「嫌いだ!」と言うのです。デュークは何か不味いことをしたのだろうかと驚きました。


「嫌いって……あんた……」


「きらいだ!」


 ペーテルは、断固たる口調でナワリンにも”きらいだ”と伝えます。


「きらい、きらい、きらい!」


 ペーテルはそう連呼し続けながら、艦首を斜に構えて、縮退路の熱を上げるのです。そして背中の三連装レーザー砲塔がグルンと回転させ、砲口をバシャリと開きました。


「ぺ、ペーテル!」


「あんたなにやってるの――!?」


 ペーテルは3連装3基計9門の剣呑な砲身を揃えて、空洞の中心にある物体に向けています。二隻の戦艦たちは、ペーテルの識別信号が戦闘状態を示しているのに気づきました。


「あんた、ご飯相手に戦争をでもする気なの⁈」


「ちょ、ちょっと――落ち着いて――!」


 デューク達は驚きを隠せませんでしたが、ペーテルはそれにも応えず、縮退路から伸びたラインを通してエネルギーを砲塔に集めはじめました。


 そして、ペーテルは実に冷静に、こう言うのです。


二隻(ふたり)ともよく見て! あれはご飯じゃない! あれは”機雷”だよ!」


「「え?!」」


 デューク達が、黒くて丸い物体を良く眺めると――彼らの龍骨には「きらい――嫌い――機雷!」とコードが走るのです。


「き、機雷だって……」


「ヒッ――! フネを殺す爆弾っ!?」


 二隻の龍骨にはヒヤリとしたものが走りました。


「きらいは機雷、大っ嫌い! ボク達の天敵だよっ!」


 ペーテルが真顔で言う通り、機雷とはすなわちフネを殺すためだけの道具――フネの天敵なのです。

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