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超空間へ

筆者注 2025年の大改稿は2025年6月10日時点で、ここまでとなります。

随時改稿を進めます。

――――――――――――――――――――――――――――


 三隻の若い龍骨の民がお腹を満たしていると、重力波のシグナルを響かせながら、フネが一隻近づいてきます。


「若造たち、腹ごしらえはすんだか?

 ああ、改めて名乗っておく、私は共生宇宙軍所属の嚮導駆逐艦フユツキ中佐だ」


 軍艦の先達――スマートなシルエットを持った駆逐艦フユツキでした。

 

 中佐とも名乗った彼は大きさ200メートルほどのいささか古びた龍骨の民で、渋味を帯びた声は大変力強いものでした。


「フユツキ……中佐?」


「中佐とは軍の階級名だ。なお、君たちは正式にはまだ軍の所属ではないから、私の事は――そうだな、フユツキさんとでも、なんでも好きに呼んでくれ」


「フユツキさんね。ところで嚮導ってなんのことかしら? 初めて聞くのだけれど」


「嚮導とは、先頭に立って導くと言ったほどの意味がある。軍では長いこと駆逐戦隊の指揮官として戦っていたのだ……ま、最近は、君たちのような若いフネを星の世界に送り届ける仕事をしている」


 駆逐艦フユツキは「これから軍の訓練所まで君たちを引率することになる。よろしくな!」と言うと、デューク達に対して、放熱板の先をグッ! と握りしめて、舳先に押し付けるような仕草をしました。


「これは共生宇宙軍――いずれ君たちが入隊することになる組織の敬礼だ」


「こ、こうでしたっけ?」


「こうだったかしら?」


 デュークとナワリンがフユツキと同じような敬礼を返しています。


「ほぉ、老骨船達に習っていたか」


「はい、ネストのじいちゃん達が教えてくれました」


「ウチのおばあちゃん達ってば、みんな軍艦なのよ!」


 戦艦二隻は、老骨船たちから軍人に対しての返礼方法を教えられていたのです。


 フユツキは、デュークとナワリンの敬礼を認めて頷き、少しばかり感心する様子を見せました。


「ふむ、アームド氏族はさもありなんか。ベッツは、ゴルゴン閣下をはじめとして、軍艦がそれなりにいるだろうからな」


「ふぇ、おじいちゃんのこと知っているのですか?」


 デュークがそう尋ねるとフユツキは「知っているも何も……まぁいい」と呟き、今度はペーテルの方を眺め、眉根を上げます。


「おい、それは船の敬礼だぞ!」


「ボ、ボクは、船なんです~~」


 ペーテルは、手のひらを縦に掲げる民間方式の敬礼をしていました。


「軍艦が稀なメルチャント出身だからか……」


「そ、そうですよぉ~!」


「だが、ダメだ」


 フユツキはクレーンを伸ばして――


「お前は軍艦だ。もう逃げられんぞ!」


「痛たぁ~~!」


 と、ペーテルの指先をグっと握り込みました。


 ペーテルは強制的に軍方式の敬礼をすることになるので、「これじゃ共生宇宙軍じゃなくって、強制宇宙軍だよぉ~」と抗議しますが――


「メルチャントの老骨船からメッセージを託されている。

 ”その子、船だと言いはるんじゃが、どう見ても艦なのじゃよ。軍に入るまでに徹底的に根性を叩き直してくだされ!”

 ……とのことだ」


「ええっ、酷い~~~~!」


 ペーテルはさらに抗議の声を上げるのですが、フユツキは鋭い視覚素子でペーテルをジロリと睨んで「黙れ、若造!」と一喝しました。


「軍艦のなんたるかを、これから龍骨の髄までビシバシ叩き込んでやる。

 鍛え直してやる――泣き言は、ゆ、る、さ、ん!」


 彼がピシャリと言い放つと、ペーテルは「ひぃん~!」と、甲高い泣き声を上げるのです。


「こ、怖いフネだなぁ……」


「ベテランには、逆らわないほうが良いのよねぇ」


 横から眺めていた二隻の戦艦は、このフネには逆らってはいけないと思いました。


「さて、君たちには色々と教えることがあるが――

 まずは、超空間航路への入り方を教えることにしよう」


「わぁ! 是非、教えてくださいフユツキさん!」


「超光速航行の一つね! そういうことはどんどん教えて、フユツキ先生!」


 フユツキが超空間に入る方法を教えてくれるというので、デュークとナワリンは期待に龍骨を震わせて教えを乞いました。


「あ、それはボクも知りたいよぉ。フユツキのおっちゃん、教えて教えて~~!」


 泣き声を上げていたペーテルも艦首を上げました。


「おっちゃん……」


「好きに呼べと言ってたじゃん~!」


「むむ……まあ、いいだろう」


 フユツキが頷きました。


「では、これを見てくれ」 


 気を取り直した彼は、デューク達の副脳にとあるデータ――星系外縁部の見取り図のような物を流し込みます。


「超空間に入るには、入り口となる空間の(ほつ)れを探し、超光速器官でそれをこじ開けて入る必要がある」


 彼が言うには、ほつれは主に星系外縁部に存在し、龍骨星系には5つほどの入り口が確認されているということです。


「重力子レーダーと量子レーダーを使って、辺りを探ってみるのだ」


 フユツキが辺りを探索するように命じたので、デューク達はカラダに備わる特殊なレーダーを用いて、空間を走査しました。


「ええと……あ、なんだか、あの辺の空間が変な感じだ」


「それに嗅いだことのない、うっすらとした香りを感じるわ」


「空間曲率が歪んでる~?」


「空間のほつれから、超空間にあるエーテル成分が漏れ出ているのだ。では、舳先をそこに向けて、龍骨に色を浮かべるのだ。なんでもかまわん。普通は自分の肌の色を使うがな」


 フユツキは龍骨の中に色を浮かべろと言いました。


「僕は白だね」


「私は赤っ! 宇宙に咲く華の色なのよ!」


「装甲はちょっとヤだけど、ボク、青はすきぃ〜〜!」


 デューク達は、それぞれ自分のカラダの色を龍骨に思い浮かべます。


「よろしい、その色を龍骨(心)に持ったまま、素数を数えよ!」


 素数とは、数字の1と自分自身でしか割り切れない数のことであり、デュークらは龍骨内のコードと副脳にある数値からそれを引き出します。


「素数……えっと、1、2、3、5、7――」


 デュークが声を発するたびに、龍骨の表面が脈打つように光りはじめます。


「11、13、17……なんだか、カラダの内側がポカポカしてきたわ?」


 ナワリンの艦体に赤い光が薄く走りました。


「19、23、29――あ、色が濃くなってきたよぉ~~!」


 ペーテルの装甲が微かに震え、青い閃きがひとつ尾を引くように流れます。


「31、37、41、43……」


 ドゥンッ……


 龍骨の中心で、何かが動いたような感覚がデューク達の副脳を駆け抜けました。


「47、53、59、61――」


 縮退炉が、深い眠りから目覚めるように音を立て始めます。


「67、71、73、79……」


 周囲の空間がわずかに歪み、空間の端が揺らぎ、超空間の入り口がぼんやりと――


「……83! りゅ、龍骨に振動が…………」


「しゅ、縮退炉が唸りをあげているわぁ!」


「あ、足が熱いよぉ~~」


 龍骨がガタガタと鳴り始め、縮退炉が全力運動を始め、超光速推進器官に続々とエネルギーが注入されているのです。


「うわっ!? 空間が開いてゆく――――」


「か、カラダが伸びるわ――――!」


「吸い込まれてるよぉ~~!」


 目の前の空間のほつれがブワリと大きく開き、自分の艦体が引き延ばされるような感覚が現れ、空間のほつれに向けて吸い込まれる様な感触が浮かびました。


「よし今だ、突っ込め!」


 フユツキが号令を掛けると、ナワリンの肌が赤色を増して真紅の炎華と燃え上がり、ペーテルの装甲に蒼い恒星の如き光が煌めき、大きなデュークのカラダは天を駆ける白き羽ばたきとなりました。


 ドンッ! 


 と、僅かな震動がすると――


「あっ、ここは――――?」


「かっ、カラダが揺れるわっ!」


「抵抗があるよぉ、ここは真空じゃないよぉ~~!」


 いつもとは違う空間が現れました。


 辺りには気体のようで、かつ液体のような、不思議な粒子が充満しており、カラダを揺さぶって、艦体に纏わりつくのです。


「ようこそ、超空間へ! 

 今、君たちは、超空間粒子エーテルが織りなす”海”に浮かんでいるのだ!」


 エーテルとは、光が波動として伝搬するために必要な物質であるとされている架空の粒子――


 それは科学的には存在せず、当然通常空間には存在しないものですが、ここ超空間では厳然と存在しているようです。


「カラダが浮かんでるけど、すごい、揺れる……」


「か、カラダが回転しそうだわっ!?」


「バランスを取るのが難しいよぉ~~!」


「重力スラスタで、うまいことカラダのバランスを確保せよ」


 フユツキの声は実に落ち着いたもので、揺ら揺らとした空間の中で、カラダの位置をピタリと決めていました。


「えっと、こうかな……少しずつ揺れが収まってきたぞ」


「む……難しいわ……」


「目、目が回るぅ!? すっごく気持ちが悪いよ~~!」


 デューク達は重力スラスタを用いて姿勢制御を行い、揺れ動くエーテルの中で微調整を続けます。

 ペーテルは、バランスを維持できずに、グルグルとカラダを回し―― 

 

「助けてフユツキのおっちゃん~~!」


「ほら手を伸ばせ! 龍骨をシャンとさせろ!」


 クレーンを伸ばしたフユツキが手を伸ばして回転を止め、龍骨を伸ばしたペーテルはなんとかバランスを取り戻します。


「よし、こうか……重力スラスタを干渉させ続ければいいのか」


「慣れれば、逆に安定するのね!」


「ふぅ……なんとか収まった~」


 小一時間もすると三隻は超空間に多少は慣れて来ました。

 

 エーテルは重力スラスタに反応する性質を持ち、上下左右360度に存在するため、複数の方向に向けて制御すれば、相当の安定性を生むのです。


「では、今度は前に進んでみよう。私についてきなさい」


 フユツキが重力スラスタを吹かしてスルスルと進み始めました。

 エーテルの満ちる超空間では、プラズマジェットの効率が悪く、重力制御が主な航行の手段となるのです。


「な、何かが邪魔して中々進めません。これってなんですか?」


「エーテルは惑星の海のように抵抗を生む。舳先で押し切りながら進むと良い」


 超空間を満たすエーテルは液体のようなものであり、フネを進ませるには強い力が必要でした。


「この、ヒュゥ――! って、吹き付けてくるのはなにかしら?」


「それはエーテル風だ」


 ナワリンの肌を吹き付けているのはエーテルの風。気体のような性質を合わせ持つ粒子は、波動となって風のような効果を引き起こします。


「おっちゃん、ザブザブ当たってくるこれは何~~?」


「それはエーテルの波だ。気をつけろ、下手すると転覆するぞ」


 粒子であり波動でもあるエーテルが、前に進むデューク達に、様々な波となって押し寄せてきました。


「超空間では、これらの風や波を読んで進むのだ――右、大波、舳先を向けろ!」


 ドーン! 


 フユツキは波打つエーテルの大波に舳先を合わせて、それに乗り上げるように切り裂きました。さながら、帆船時代のフネのような見事な操艦です。


「へぇ、向かい波に追い波、横波かぁ」


「私たちのカラダも波を作るのね、引き波というのねぇ」


 デュークたちは惑星上の海というものを知りませんが、それに近い感覚を感じながら前に進みます。


「波にうまく乗ると~~楽チンだね~~!」


「気をつけろ!」


 上手く波を捉えたペーテルが乗りあがるようにしていました。


 そんなところに一際大きな波が押し寄せてきて――


「うひゃぁ!?」


 フユツキの注意喚起もむなしく、横腹に大波がドバァン! と、ぶつかり、ペーテルはズデンとカラダを転覆させました。


「か、カラダがまわりゅ~~⁈」


「ああもう! 早く手を出しなさい!」


 波に飲まれ、またまたクルクルと回転するペーテルに向けて、ナワリンが手を伸ばし、カラダの制動を助けます。


「た、助かったよぉ~~! ……う、うぷ?!」


「うぷっ、って……」


「ご、ごめんよぉ、我慢できそうもない~~!」


 ナワリンの近くで口元を抑えたペーテルが先に謝罪の言葉を漏らします。


 そして――


「うぷぉ~~~~!」


 それは俗に、龍骨の息吹ドラゴン・ブレスと揶揄される事がある生理的現象。 

 つまり嘔吐、龍骨の民は船酔いもする生き物でした。


 ペーテルの口から未消化のマテリアルが吹きこぼれ、ナワリンの艦首に生理的現象の結果が、バシャリと掛かります。


「だぁぁぁぁ! き、汚いわね!」


「ご、ごめんよぉ~~」


 彼女はゴシゴシと艦首をぬぐいます。

 すると、キラキラとした鉱石の残骸がパラパラとこぼれ落ちました。


「これって、私があげたお弁当の欠片……って、沈んでいくの?」


 ナワリンの艦首から落ちた鉱物片が、波間に流れ落ちて沈んでゆくのを眺めたフユツキがこう告げました。


「海の藻屑というやつだ。各自、そうならないように気を付けるのだ」


 エーテルの波風漂う超空間とは、そのようなところだったのです。

色を心に素数を数えよ――ポール・マイロン・アンソニー・ラインバーガー博士の名作が元ネタ。フユツキの元ネタは秋月型駆逐艦(脳内CV清川〇夢さん)

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