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船と艦(後)

 そして――


 巡洋艦がデューク達の脇を掠めた、その時。

 

「むん――!」「よいしょ!」


 クレーンを伸ばした二隻の戦艦がグワッ! と、巡洋艦を捉えました。


 幸いなことに、相対速度はそれほどでもありません。

 本能的な慣性制御の機能も瞬発的に働き、ドカッ! とプラズマ推進を使えば――


「うわぁ~! 助かったよぉ~~!」


 巡洋艦は無事確保されました。


「……って、なんであんた、こんなところで暴走したのよ?」


「ええと~~、ひどいんだよぉ~! 勝手に副脳にアクセスされたんだ~!」


 巡洋艦は、泣きそうな声でそう訴えました。


「そりゃ、あんたが悪いわよ、軍艦なんだから……」


「それはちがうよぉ~! ボクは軍艦じゃないよぉ~~!」


「あんた、おバカ? 武装と装甲板付きのフネが船舶って、どんな理屈よ?」


「ううう、それでもボクは“船”なんだい~~!」


 立派な蒼銀の装甲板や、巧妙に配置された砲塔を持つ巡洋艦は、なおも自分のことを船だと言い張るのです。


「ははは、面白いフネだね」


 デュークは、船舶になりたいフネもいるんだなと思いました。


「あ、僕はデューク。こっちはナワリン。君は、どこのネストから来たの?」


「えっと、ボクはペーテル。メルチャントのフネだよぉ~」


「メルチャント……たしか、“船”ばかりの氏族だったね?」


「そう! だからボクも船舶になると思ってたのに、巡洋艦だなんてヒドすぎるよぉ~~!」


 ペーテルは、放熱板を視覚素子に当てて、さめざめと泣き始めました。


「あんたねぇ……軍艦が泣くもんじゃないのっ!」


「だって~!」


「ちょっと、待ってよ、ナワリン」


「なによ、あんた、こいつの肩を持つの? あんただって軍艦――」


 そこでデュークは大きな放熱板をグイッと上げて、ナワリンを制止しながら、こんなことを言うのです。


「考えてよ、もし君がさ、船――例えば商船になってたら、どう思う?」


「は? 私が船? そんなのありえないわ」


「ありえないよね?」


「そうよ……ありえな……何よ、もう……」


 デュークがジィ……と大きな視覚素子で見つめてきます。

 ナワリンは押し黙って、プイッと顔を背けるしかありませんでした。


「それでね……ペーテル」


 デュークは優しい声で語りかけました。


「君みたいなフネ――軍艦になりたくないフネもいるんだね!」


「わ、分かってくれて嬉しいよぉ~!」


 ペーテルは目を潤ませたまま、少し落ち着いた様子を見せました。


「でもさ、あっちを見てみて――」


 デュークは放熱板を掲げて、遥か前方を指しました。


「あっちって……星がたくさん見えるよぉ……」


「うん。僕らは、これからあそこに向かうんだ

 あれを掴み取れって……僕の龍骨が、そう叫んでる」


 大きな視覚素子が、ペーテルの目を覗き込みます。


「君だって――同じだろ?」


「……えっと」


 星が、静かに瞬いていました。

 その光が、フネたちの瞳にゆっくりと映り込みます。


 カラダができあがったフネは、自然とわかるのです。

 自分が、あの星々へ向かって飛び立つための存在だと――。


「僕らはフネなんだ、艦でも船でも良いじゃないか!

 同じフネとして、一緒に星の世界へ行こうよ」


 デュークの溢れんばかりの笑み――

 その笑みには、すべてを受け入れるような、深い優しさが宿っていたのです。


「で、でも、軍艦のことなんて全然知らないし……

 軍って、怖くて危ないって聞いたもん~!」


「大丈夫、軍のことはナワリンが詳しいし――

 危なくなったら、僕の影に隠れてていいさ」


「え……」


「この図体だからね。大抵のことは、どうにかなると思うよ」


 そして、デュークは言いました。


「だから、僕についてきてよ!」


 その言葉には、龍骨の奥からにじみ出るような、不思議な響きが乗っていました。


 ワレニツヅケ


 それは、機関の振動を超えた、魂の波動――

 龍骨の深奥から滲み出す、古の呼び声でした。

 

「う……」


その言葉に――ペーテルの龍骨が、ふるりと震えました。


「……うん、ついてく」


 蒼き巡洋艦は、それだけを言って、押し黙りました。


「……それって、フネの殺し文句じゃない……」


 様子をじっと見つめていたナワリンが、ポツリと漏らしました。


「え……? どうかした?」


「ふんっ、なんでもないわっ!」


 放熱板をフリフリさせて誤魔化したナワリンは、無理やり話を切り替えるように、こう告げます。


「それにしてもお腹が減ったわね――」


「あ、そうだね。まだ、先導役のフネが来ないから、それまでお弁当にしよう」


 デューク達はこれまで経験したことも無い道のりを歩んできましたから、お腹がグゥと鳴る頃合いでした。


「ごは~ん!」


 ペーテルは、それまでのことをすっかり忘れたように、嬉しげな声を上げました。

 そして格納庫から、小惑星の岩塊を取り出して、モグモグと齧り始めます。


「モグモグモグ……おいしい~~!」


 生きている宇宙船にとって、まるで生のリンゴをかじるような感覚なのです。


「お弁当……はコンテナに入ってたな」


 デュークはカラダに括り付けていたコンテナを漁り、合成樹脂のコードで巻き固めた20メートルほどの鋼材を取り出し、ヒョイとつまみ上げて、端の方から大きな口に放り込みました。


「ポリポリ……この鋼材、良く漬かってるぞ!」


 鋼材には水素が浸透し、微細なクラックがサクサク感を演出しています。


「ただの岩石と鋼材? あんたら、貧しいものを喰ってるわねぇ」


「えっ……そ、そうかな? 僕は、けっこう好きなんだけどな……」


「ひ、ひどいよぉ~! ボク、これが一番好きなんだからね~っ!」


「はん、私のお弁当はそんなものとは違う、特別なものなのよ!」


 ナワリンが「これを見なさい!」と言いました。


「ええと、石英と長石の固まり……惑星上から掘り出した岩盤かな?」


 ナワリンが持っていたのは、どうやら複雑な組成の岩石のようでした。


「これは花崗岩ってものよ、しかも、ただの花崗岩じゃないのよ!」


 彼女は手にした岩石を、高々と掲げます。


「この中には、ゴールドの粒が入ってるの!」


 花崗岩の隙間には、ごく微細な粒状の自然金が析出し、キラキラ輝くのがハッキリと見えました。


「自然の金が、トン当たり100グラムも含有しているのよ!

 だから、と~~~~っても甘いのよ!」


 龍骨の民にとって、自然の金は特別な味わいを持っています。

 それは、まるでチョコレートのような甘さ。

 とくに地殻から切り出した“生の金”は、澄んだ風味を持つ最高級の御馳走です。


「うわぁ……僕、採算が合わなくなった鉱脈の残りかすしか食べたことないよ。

 電子機器のリサイクル金なんて、味気ないし……」


「ねぇナワリン、ほんのちょっとでいいから、齧らせてぇ~~!」


「はぁ!? なんであんたにあげなきゃいけないのよ!」


「これと交換じゃダメ~?」


 ペーテルが、小惑星の岩塊をそっと差し出します。


「……ただの岩くれと交換しろですって!? 寝言は寝て言いなさい!」


 ナワリンは放熱板をピクピクさせて、ぷいっと顔を背けました。


「じゃあ、僕の鋼材をあげるよ。だから、ペーテルにも少し分けてあげて」


 デュークが艦体から鋼材を一本引き抜いて掲げました。


「なに言ってるの? それ、ただの鉄でしょ。金とは価値が違うわよ!」


「ううん、これは“水素浸透鋼材”だよ!

 ネストのおばあちゃんが、ゆっくり水素漬けにしてくれたんだ。

 サクサクしてて、ほんのり酸っぱくて……すっごく美味しいんだ!」


「さ、サクサク……!?」


 ナワリンは、ちょっとだけ目を泳がせ――


「で、でも、だめよ。やっぱり――」


 と、顔をそむけました。


「それ、スッゴイおいしそ~! ねぇ、デューク、少しちょうだいよぉ~~!」


「うん、いいよ」


 ペーテルが物欲しげに手を伸ばしてくるものですから、デュークは鋼材を引き抜いて一本渡してあげました。


「モグモグ……シャクッ……うわぁ~~~っ! なにこれっ!? ほんとにサクサクしてて、ちょっとすっぱいの! ボク、こういうの初めてぇ~~っ!」


 ペーテルが頬を押さえて歓喜するように、視覚素子をぱあっと輝かせます。

 背中に付いた砲塔がヒョコヒョコと上下に動くところを見ると、かなりお気に召したようです。


「そ、そんなに、おいしいの……?」


 ナワリンが、思わず放熱板をピクピクさせました。


「うん! なんかね、こう……おばあちゃんの手作りって感じがするの! 温かくて、しみる味だよぉ~~!」


「そ、そんなに……? ……う、うそよ、ただの鉄なのに……」


 ナワリンはプイッと顔を背けながらも、ちらちらとデュークの手元を見ています。


「これって、どうやって作るのかな~~?」


「水素が浸透した鋼材は脆くなるんだけど、さらに電磁加工することで、分子間構造が変化して、サクっとした口触りになるんだってさ」


「……」


 ナワリンが手にした花崗岩を口にもせずに、もじもじとしています。


「なに? どうしかしたの?」


「えっと、あの、その……」


 鋼材をさらにもう一本取り出してポリポリ食べながらデュークが尋ねます。

 ナワリンは何かを言い出そうとするのですが、躊躇するように押し黙りました。


「あ、もう最後の一本だ……」


 デュークは、鋼材が最後となってしまった事に気づきます。


「もうないの? とても美味しかったのに残念だよぅ」


「ん……じゃぁ、これペーテルにあげるね」


「え、いいの~?」


「とても美味しいそうに食べてくれたから、ね。作ってくれたタターリアおばあちゃんも喜んでくれるさ」


 そう言ったデュークが、最後の一本をペーテルに手渡そうとしたその時でした。

 ナワリンはデュークの手の中のものを見つめて、思い切った声で伝えるのです。


「そ、それ、私にも貰えないかしら!」

 

「うん? 別にいいけれど。あ、ペーテルが良いっていうのならね」


「駄目だよ、それはボクのだよぉ~~!」


「あんたは、これを食べなさい」


 ペーテルが抗議をしようと艦首を上げたところに、ナワリンは花崗岩の塊をバキッと割って突き出しました。


「金、食べたかったんでしょ?」


「え、いいのぉ? やったぁ~~!」


 ペーテルは、思わぬご馳走に喜び、代わりにナワリンは、デュークから鋼材を受け取って口にするのです。


「あ……なにこれ、サクサクで美味しいわ……」


「ははは、お口に合ったみたいだね」


 水素で味付けされた鋼鉄を齧ったナワリンが率直な感想を漏らしました。


「サクサク、サクサク……あらおしまい……」


 瞬く間に鋼材を食べきったナワリンは――


「ん……」


 少し考えるようにしてから、花崗岩の岩盤をさらに割って、デュークに向かって差し出しました。


「いいの?」


 デュークは、意外そうに思いながらもナワリンが差し出す花崗岩を受け取ります。


「貰っただけじゃ、借りになってしまうわ。それが嫌なだけよ」


「ふぅん。じゃぁ、いただくね……

 うわぁ! これって、甘くて美味しいなぁ――――!」


 金の混じった岩盤を口にしたデュークは、とろけるような甘さが龍骨に染み渡るのを感じました。


「とても美味しいよ!」


「当たり前じゃない、金だもの」


 そう言ったナワリンは残りの花崗岩を口に放り込み、バリバリと咀嚼しながら甘みを感じ取っていると――


「ナワリン、ありがと!」


 デュークが大きな舳先に満面の笑みを浮かべて、感謝の言葉を漏らしてきます。

 それは大変に無邪気で、率直なものでした。


 それを正面から受け止めたナワリンの龍骨がヒクっとし――


「感謝なんて別にいらないわよ!」


 彼女は艦首をプイッとそらしました。

 紅い装甲板が、さらに赤みを増していることに気付いていたのです。

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