船と艦(前)
「これから超空間航路への準備を行う。ただし、“船と艦”とでは進むべき最初の目的地が違うため、別行動となる。商船などの船はここへ残って整列! 艦の連中は、あちらの宙域へ向かえ!」
駆逐艦フユツキが、若いフネ達に艦船別に分かれるように指示を出しました。
「僕らはあっちだね。さぁ行こうよ」
「ふんっ!」
指示された方角を示して、デュークが同じ軍艦であるナワリンに声をかけるのですが、彼女は「あんたに指図されたくないわ!」とばかりにそっぽを向きました。
デュークは龍骨の中で「ツンツンしてるなぁ」と思います。
「……じゃあ、先に行くよ!」
彼はヴォン! と、重力波の汽笛を上げると航行を始めました。
到着したばかりで暖気の済んでいる推進器官がババッ! と煌めくと、巨体が速やかに加速してゆきました。
「ま、待ちなさいよ!」
デュークに無視された形の少女戦艦が、慌てて加速をかけました。
加速性能ではナワリンに分があるらしく、彼女はさらりと追い付くと、バシバシバシと追い越しの発光信号を焚きました。
デュークは「気が強いなぁ」と思いつつ、ゴォと推進機関の熱を上げました。
そのようにして艦たちが離れていくなか――
”船”達が整列を始めます。
「そうだ商船はそちらに、貨客船はもう少し先に並んで……ん?」
整列を指示していた船の先達があることに気づきました。
「おぃぃぃ、そこの巡洋艦! お前、軍艦だろ、さっさとあっちに行け!」
彼の目には蒼銀の装甲板をもったフネの姿が映っていました。
「ボクは”船”なんだもん~~!」
巡洋艦――泣き虫のペーテルが、船だと言い張ります。
「何を言っている……お前は巡洋艦じゃないか!」
「ボクは商船なんです~~!」
ペーテルは自分の事を船だと言い張るのですが――
その背中にはズドンとした――大きな連装砲塔がついています。
カラダの各所にはミサイルが詰まったVLSもたくさん付いて、紛れもない重巡洋艦なのです。
「お前なぁ……。あからさまに軍艦なヤツを、船と同じにはできんぞ」
巡洋艦は航宙と速度に優れた推力を持ち、しなやかで硬い装甲を備え、十分な火力を持っている軍艦なのです。それは、どう表現しても、船舶ではありません。
「でも、でも、ボクはメルチャント出身なんだもん!」
「ああ、お前メルチャントの出身か」
メルチャント氏族は”商船”を多く産み出す氏族として知られていました。
巡洋艦は老骨船から「お前は船になるのだ」と言われ続けていたのです。
「だからボクは船なの~~!」
「なるほど、で、繭からかえったら――」
「こんなカラダになってたんだよぉ~~!」
船の先達は、蒼銀の巡洋艦が口答えする理由を理解しました。
「メルチャントに軍艦が産まれる確率は100に一つだったか? だが我ら龍骨の民はその種別に従って生きねばならんのだ。軍艦になってしまったら仕方がないのだ」
船の先達が、そう諭すのですが――
「でも、それでもボクは船なんだもん~~!」
「ぬぐぅ……まだ言い張る、ならば――」
船の先達は目をカッと見開き、こう叫びました。
「おいそこの作業船の坊主、こいつの砲塔を切断するのを手伝ってくれ。起重機船はミサイルを格納庫ごと引っこ抜け!」
龍骨の民の生きている武装はカラダの一部ですから、そう簡単には切り離すことはできないのですが、多少の荒療治をすればそれも可能ではあります。
「えええ~~ッ⁈」
「武装解除すれば、船になれるぞ。お前、近接防御火器が充実しているじゃないか。こいつも、全部剥がしてやる! 船には要らん代物だッ!」
「や、やめて、それは嫌だよぉ~~!」
巡洋艦は砲塔をグルグルと回して拒みました。
自分のことを船だと言っても、自前のカラダをバラされるのは嫌なのでしょう。
さて、そんなところに――
駆逐艦フユツキがやってきます。
巡洋艦の姿が見えないことに気づいたのでしょう。
「巡洋艦が、何故、ここにいるのだ」
「おい、それはこっちのセリフだぞフユツキさん――」
「む……?」
「このメルチャント出身の軍艦が、自分は船だと言って聞かないんだ……武装を外すのも嫌がる始末だ」
「……そういう事か」
駆逐艦フユツキは事態を察しました。
ベテランである彼は、こういうケースを見たことがあるのでしょう。
「軍艦の受け持ちはあんただろ。早く引き取ってくれ!」
「すまん、引き取る」
そう言ったフユツキは、ペーテルに向けて特殊なコードを放ちました。
「強制認識コード発動――」
「ぎゃぎゃ、副脳に強制アクセス~~ッ?!」
龍骨は、外部からは簡単には制御できるものではありません。
でも、航法装置――副脳にはある程度の干渉が可能です。
副脳に潜り込まれたペーテルは、本能的な電子防御態勢をとるのですが――
「無駄だ、すでにリンクは確立した」
「嘘ぉ~⁈ 20枚の防壁を一発で貫通するなんてぇ~!?」
「老練を、舐めるなよ?」
駆逐艦フユツキは共生宇宙軍の超ベテランであり、電子戦の経験も相当持っていたのです。
「進路強制設定、いいか、お前の目的地はあっちだぞ。
お前のいるべき場所は、あ、そ、こ、だ!」
フユツキの言葉は電子防壁を軽々と抜いて、航路情報をサラリと書き換えました。
「さっさと行け――――!」
「カラダが勝手に~~!? きゃぁ~~~?!」
推進器官が反応し、軽快な加速が始まりました。
蒼い巡洋艦ペーテルは自分がいるべきところへ向けて、甲高い叫びを漏らしながら飛び出して行ったのです。
さて――
自分達の背後で、そんな混乱があったことも知らない戦艦達は、すでに指示された宙域に到着していました。
デュークは、並行する少女に向けて大きな笑みを浮かべながら挨拶をします。
「あらためて、僕はデューク、テストベッツの戦艦だよ!」
「ちっ……私はナワリン、アームドフラウの戦艦よ!」
ナワリンは舌打ちをしながら答えました。
挨拶をされれば挨拶をする――
それは生きている宇宙船にとっての最低限の礼儀なのです。
「同じ戦艦だね! 同じ艦種同士、よろしくね!」
「なれなれしくしないで!」
ナワリンは自分より大変大きいデュークの存在が気に入らないのです。
その上「こいつ、男の子だわ」などと、初めて見る男の子に警戒していました。
デュークはその辺りの事情をなんとなくしかわかりません。
でも、彼は気軽におしゃべりを続けます。
「あ、君の装甲板ってさ――」
彼は異種族とですら、気兼ねなくコミュニケーションが出来るように育てられたフネでしたし、龍骨の民と言うものはおしゃべりが大好きな生き物なのです。
「薄赤で、綺麗な色だね!」
「……き、綺麗って――――」
ナワリンの装甲板は、薄い赤が乗る透き通った肌でした。
それは硬質さを持ちながらも、瑞々しさを感じるものなのです。
「へぇ、君には砲塔があるんだね。
三連装砲塔に……あ、単装の高出力レーザー砲が二本もあるね!」
「じ、ジロジロ見ないでよ」
デュークはナワリンの砲塔を見つめて羨ましげに言いました。
ナワリンは、ちょっとばかり恥ずかしい気持ちになりました。
「羨ましいな。僕には、まだ、固定式のものしか無いんだ」
「ふん……あんたそんな射角の小さい砲しか持ってないのね!」
デュークはパシャリと脇腹を開けて、12連装粒子砲を開きます。
巨体に見合った化け物じみた口径を持っていましたが、射角はそれほど大きくないものでした。
「はんっ、図体がでかいだけ! フネとしては私の方が上なのよ!」
「ふえぇ……まぁ、そうなのかもね」
ナワリンが強い口調でそう言うので、デュークはとりあえずウンウンと艦首を振りながら、「よし、何とか会話が成立してるぞ」などと思ったのです。
二隻の戦艦がそんな会話をしていると――
「ん……?」
「あら……?」
彼らのレーダーに急接近する物体が映りました。
「巡洋艦がこっちにくるわ」
「助けて! って叫んでるね」
プォン――! とした警笛を鳴らしながら、蒼い装甲をもった巡洋艦が、「カラダの自由が効かないんだ~~!」と、近づいてきたのです。
「アレは、副脳をコントロールされてるわね」
「へぇ、そんなことが出来るんだ」
「あら、そんなの電子戦の基本じゃない。そんなことも教えられてないわけ?」
「ちょっとは教えられたけど、詳しいことはさっぱりだよ。じいちゃんたちは、戦の作法は宇宙に出てから覚えろって言ってたし」
「ふぅん……うちのお祖母ちゃんたちは、寝ても覚めても、戦争のことばかり教えてくれたけれどね」
デュークの産まれたテストベッツに軍艦はいましたが、ネストではあまり戦争の話は好まれていませんでした。
それに対して、アームドフラウは、龍骨(脳みそ)まで武装すると言われる、龍骨の民の中でも珍しい、脳筋バリバリの武闘派でした。
「それはまあいいとして――あれは危険だわ。副脳のコントロールに抵抗してるのよ。コマンドがかち合っちゃって、暴走しかかってるんだわ」
「ああ、そういう事か……って、結構まずくない? 超光速航行のやり方を知らずに、全力航行で恒星間に飛んで行くってことでしょ」
「そうね、推進剤なんて10日もあれば使い切っちゃうから――」
「うわぁ……漂流船ってやつか」
デュークは暴走してネイビスに助けられた時のことを思い出して、こう言います。
「ぼくも成りかけたことがあるんだ」
「へぇ……あんたもなの」
ナワリンはデュークを睨みつけるのをやめて、視線を宙に外しました。
「……私も、助けられたことがあるのよ」
面白いことに、ナワリンも似たような経験をしたことがあると言ったのです。
「あの時は、大人のフネに助けられたけど……」
「近くには、丁度いいのがいないわねぇ」
そこで二隻は、お互いの目を見合わせました。
「しかたないわねぇ……」
「うん、僕たちでやるしかないね」
お互い思うところはあるのですが、フネとして、何をするべきか、二隻の龍骨は分かっていたのです。
巡洋艦の元ネタは、ドイツ重巡リュッォウ。
大戦後ソ連に引き渡され、”ペトロ”パヴロフスクと改名されました。
なのでペーテル、女性形だとペトラでしょうか。
なお、デュークは、自然体でそういう台詞を吐いてしまう天性のフネたらしです。
はっきりいって羨ましい――!




