レクチャー
「1キロを超える戦艦だぜ! なんてデカイんだ!」
「白くてフワッとしているけれど、凄い厚みの装甲板だぞ!」
周囲の少年少女たちの視線がデュークにくぎ付けとなっています。
「うわぁ、でっかいな~!」
お家に帰りたいと泣いていた巡洋艦ペーテルもシンプルな電波の声を放って、ただ感心するばかりでした。
しかしながら、周囲の少年少女がはしゃぐたび、少女戦艦ナワリンの矜持がゴリゴリと削れてゆきます。
「わたしが一番大きなフネだって……ネストの誰もがそう言ってたのにぃ……」
「え、えっと…………」
ナワリンの横についたデュークは、涙する少女をどうしたものかと悩みました。
思いはなんとなく理解できるのですが、声を掛けたらまた怒声を浴びせられそうな雰囲気なのです。
そんな会話を見守る大人のフネ――商船の一隻がこう言います。
「あの少女、カラダは大きいが、龍骨は駄目だな」
「1キロ超えの戦艦と比べられたら、仕方がなかろう」
大人の駆逐艦が、フッと苦笑いしました。
「しかしあのテストベッツの少年、笑えるほどデカいな。なにを食べたらあそこまで大きくなるのかね?」
「マザーの造船傾向の変化か、年々大型化が進んでいるようだ。マザーの考えていることは、わからんがな……それよりもだ」
マザーについての警句を返した駆逐艦が少しばかり目をすがめます。
「時間がない、始めるぞ」
そして次の瞬間――
ヴォン! ヴォン! ヴォン!
空間そのものが震えるような重力波の警笛を、三たび鳴り響かせました。
駆逐艦は、龍骨の民としては平均的なサイズでしたが、その声は大変力強く、確かな威厳を帯びていました。
「私はフユツキ、これより恒星間航行を行うための講習会を行う。まず、現在位置を確認しろ」
「「「はーい!」」」
若いフネたちは、とても元気に応えました。
そして、電波や航行記録を調べて現在位置を確かめると、ここが、母なる星から“60億キロ”ほどのところ――
マザー(故郷)を離れて三千里どころの騒ぎではありません。
「よく飛んできたものだと、誉めてやるべきかな?」
若いフネたちはこれまでマザーの公転軌道や近くの内惑星へ遠足したことはありますが、ここまで遠いところに来たのは初めてでした。
「だが、ここはまだ、ネストの庭のようなものだ」
「「「えええ――⁈」」」
泣き虫巡洋艦ペーテルが「おうちが遠いのに~~」などと電波をこぼしました。
商船の少年は「相当な距離を飛んできたのにな」とぼやきました。
ですが艦の先達は、それらを無視して話を続けます。
「我らが行くのは星の世界――つまりは恒星間宇宙!
星々の間は、光の速さで飛んでも数年もかかるんだ。
おい、そこの巡洋艦、光の速度で1年”飛んだら”何km進むことになる?」
「えっ! ええと9兆4600億km位かな~~?」
「正解だ」
講師役の駆逐艦の先達は「龍骨星系から一番近い恒星まで約5光年ある」と続けました。
「ここまでの距離の何倍だろうか? おい、そこ商船の坊主、答えろ」
「ええと……ここまでの距離の8000倍位かな?」
「うむ、微妙に誤差があるが、正解だ。恒星間宇宙というものは、それだけ距離があるものなのだ」
周りのフネたちは「そんなに離れているのか!」と騒ぎます。
数日かけてずいぶんと遠くまで飛んだと思っていたのですが、恒星と恒星の間には、まさに天文学的な距離が横たわっていたのでした。
「そんな長い距離は飛べないよ」
「無理無理」
――という声が聞こえる中、フユツキが口を開きます。
「そう、飛ぶことはできない。だから我らは星の世界を”跳ぶ”んだ」
彼はクルリとお尻を向けると、クレーンを伸ばして推進器官をポンと叩き、その中心にある星系内航行用のノズルとは違う器官を示しました。
「これは恒星間を跳ぶための足、すなわち超光速推進器官だ」
フユツキは「使い方を知っているフネはいるか?」と尋ねます。
少年少女達はお互いに目を見合わせました。
「あるのは知ってたけど、使い方はわからないなぁ。教えてもらってたかな?」
「ううん、教えてもらってない。”飛び方”は知ってるけど、”跳び方”は知らないよ」
少年少女らがワイワイと電波を発していると、また一つヴォン《傾注》! と重力波の注意が放たれます。
「傾注! その跳び方を、これから教えてやろうというのだ!」
駆逐艦フユツキがビシっと、レクチャーを再開しました。
「恒星間を飛ぶための方法はいくつかある。恒星間の量子的つながりを利用したスターライン航法、空間曲率を捻じ曲げてショートカットする次元跳躍などだ。だが、これらの航法は、ベストではない」
彼は、こう言い切ります。
「超空間航法――それが最適解である。
それを使うためには、超空間航路のことを知らなければならない!」
超空間とは別の空間に存在するショートカットのようなもので、それが存在する星系と、そうではない星系があるというのです。
「幸い、龍骨星系には、複数の超空間航路が確認されている。これを見よ!」
電波の声が大量のデジタル情報を発振すると、少年少女たちの頭の中に、随分と離れた点と点を繋ぐトンネルのようなイメージが浮かびました。
「これは共生知生体連合が保有する超空間航路の海図データだ」
龍骨に流れ込んで格納された航路図は、星系とそれらを結ぶ航路が描かれ、複雑に絡みあう広大なネットワークを作っているのがわかります。
「へぇ、星の世界はこうやって繋がっているんだ!」
「なんだか、随分と長い航路もあるなぁ」
航路図を確かめていた少年商船が、超空間航路のネットワークを確かめ、そのいくつかはかなりの長い距離だと気付きました。
「航路の多くは10光年程度の恒星間を繋ぐものだが、もっと長い距離の航路もある。さて、ここまでのところで質問はあるか?」
「えっと、航路には他の種族の宇宙船もいるのですか?」
貨物船型の少女が放熱板(翼)を上げて、尋ねました。
「いるぞ! 宇宙にはたくさんの異種族がいて、この航路を利用しているのだ。彼らに出会ったら、ちゃんと挨拶するのだ!」
駆逐艦は、ヴォン! と重力波の挨拶を飛ばして艦首を軽く下げて、挨拶の見本を示しました。
「でも、共生知性体連合に属さないフネもいるんでしょ~~? 海賊とかいうハグレものがいるとも聞いたよ~~!」
蒼い巡洋艦が怯えたように言いました。
背中に生えたレーザー砲塔が、なんともクタっとした感じにうなだれています。
「これから進む航路に敵対勢力はいない。共生宇宙軍の巡察艦隊だっているから、そんな危険は気にするな。他に質問は……? ん……そこのデカいの!」
デュークが手を挙げていました。
「超空間航路は誰が作ったのでしょうか?」
「良い質問だ! しかし、実のところ答えは”わからない”、だ。超古代の銀河支配種族が作った遺産だと言う話や、単なる自然現象であると言う説もある」
「……でも、何故そんなよくわかっていないものを、僕らは使えるのですか?」
「……良い質問だが、難しい。だが先に答えたい者がいるようだな」
デュークが率直な疑問に目をぱちくりさせていると――
「ばっかじゃない! マザーがそういう風に作ったからなのよ!」
ナワリンが横やりをいれました。
「私達は、マザーが恒星間を征くように作った存在なんだもの」
「ふぇ……そういうもの、なのかなぁ……?」
デュークがさらに艦首を傾げるのですが――
「いや、その少女の言う通りだ」
駆逐艦は鋭い舳先を大きく縦に振って肯定するのです。
「全てはマザーの思し召し、フネとはそうあるべき――まさに、正解だ」
「ははぁ、なるほどなぁ」
デュークは感心し、大きな笑みを浮かべてナワリンへ目を向けます。
「正解だってさ――ナワリンッ!」
「ふふん!」
彼の大きな目には率直な賛辞が溢れていました。
それを受けたナワリンは、ほんの一瞬笑みを浮かべるのです――が、
「って……気軽に名前を呼ばないでっ! なれなれしいわよッ!」
すぐさま、艦首をプイっと背けました。
「……ご、ごめんよぉ……」
それを目にした駆逐艦フユツキは「なんとも微笑ましいものだ」と思いましたが、口には出さずに、こう続けます。
「我らは、マザーに、“星の世界”を征くように創られた存在。
ならば、進まねばならん――この身をもって、遥かなる星々へ」
そう言ったフユツキは「それが、我ら、生きている宇宙船、龍骨の民なのだ」と、遠くはるかに存在している星たちを指さしました。
「星の世界……あの遥か彼方の星を目指して――」
そう呟いたデュークは、期待と希望とほんの少しの不安を龍骨に浮かべ――
星の世界にこそ、自分の未来があるのだと、確信したのです。




