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故郷の端で哀(かなしみ)を叫んだ少女

 凛然とした立ち振る舞いを見せる少女戦艦――

 その龍骨にはこんな言葉が流れていました。


「ふむ、艦は……泣き虫の巡洋艦が一隻だけぇ? 大きさは重巡洋艦というところね。私の露払いにはなるかしら」


 ナワリンは巡洋艦を眺めて、こんなことを思っていたのです。


「戦艦はいないわねぇ。艦が少ないタイミングがあると聞いたけれど、まぁいいわ」


 彼女は蒼き巡洋艦を切れ長の眼で、チロリと眺めます。

 その視線に気づいた巡洋艦は、慌てて眼を逸らしました。


「なんで眼をそらすのよ?」


「ひぃぃ、なんでもないよぉ~~」


「あらら、怖がらせたかしら」


 シルエットは随分と――結構綺麗で強そうなカタチをしているけど、龍骨(気)が弱いのねと、ナワリンは思いました。


「私はナワリン、アームドフラウの戦艦よ。あなたは?」


「ボ、ボクはメルチャントの……ぺ、ペーテルだよ~~」


 そう答えた巡洋艦の声色はいささか甲高く、ふわふわとした感じがしました。

 自分の名前もしっかりと言えない上に、間延びした語尾には芯の強さが見えないのです。


「あんたホントに軍艦なの? 見たところ300メートル級というところね」


「えっと、ボクは――――」


 と、ペーテルが答える前にナワリンは「私は600メートル級なのよ。あんたの二倍ね!」と、艦首をそらしました。


「ボ、ボクの2倍かぁ。凄いね~~!」


 フネの価値は大きさで決まらないのですが、気の弱そうなペーテルは気圧されて追従してしまいます。


 だからナワリンは、龍骨の中で「ク……クフフ、やはりおばあ様たちが言っていたように、戦艦は軍艦の中でも別格なのね」などと自分の大きさに酔ったようなセリフを吐きました。


(オーホッホッホ、私はマジェスティック級2番艦、大きくて当然よぉ! 大きいことは良い事よぉぉぉ!)


 龍骨の中では、そんな、残念すぎる大笑いも巻き起こっています。

 産まれた時から80メートルを超えるカラダを持つ幼生体で、彼女を育てた老女達がそのように教えていたので仕方がありませんが。


(私が一番なの、クフフフフフ)


 外からみると、とても悠然として落ち着いた感じがしますけれど、

 中身は――――ちょっと微妙な娘なのです。


 それを見やった大人たちはこんな会話をしています。


「中身がちと残念な娘だな……自分のカラダに酔っている。アームドの婆さんども……育て方を間違えたな? まあいい、教育のし甲斐があるというものだ」


「そういうものなのか?」


「ああ、そうだ……さて、あと一隻、ベッツのフネがこないんだが?」


「あそこのフネが産まれたのは久しぶりだから、準備に手間取っているのやもしれん……だが、たしかに遅いな」


 先達らは目を見合わせて、体内時計を確かめました。

 すでに予定時刻を1時間ほども過ぎています。


 舳先を並べる若いフネたちもじれったくなってきました。


「まだはじまらないの?」


「一隻到着していないんだってさ」


「まだっすか――! 早く飛びたいんすけど――!」


 ザワザワし始めた彼らを見た先達らが「もう切り上げるか?」「いや、もう少しだけ待とう」「しかしなぁ」「ではあと15分だけ」などと、講習会の開始を検討し始めた時です。


 ヴォン!


 今向かってます! まって、待って!

 という、焦った感じの重力波の汽笛が、随分と遠くから聞こえてきました。


「おや、随分と距離があるのに、よく届く大きな重力波(声)だな」


「推進剤を盛大に吹かして、物凄い逆噴射をしている……

 だが、速度がなかなか落ちないぞ」


 白い軍艦は大出力でプラズマを吹かして最終制動をかけていますが、中々スピードが落ちません。


 |ヴォォォォォォォォォォォン《カラダが重いよぉ》!


「速度を殺しきれんのか?」


「危ないなぁ……」


 |ヴォオオオオオオオオオオオオオオオン《ど~い~て~く~だ~さ~い~》!


 それは、間違えようのない、退避勧告でした。


「――退避、退避、退避! 皆少し下がれ!」


 艦の方の先達が指示を出すと、若いフネ達は一斉に距離を取り始めます。


「光学識別―—ああん? なんだ白いフネだぞ」


 優れた光学識別能力を持つ船の先達が「ありゃ幼生体なのか?」と、龍骨をひねりました。


「それはない。幼生体では星系外縁部に到達するだけのパワーはないからな。時々いるのだ、珍しい色の軍艦がな。あれがベッツの少年だろう」


 艦の先達の目にもそのフネの姿がはっきりと映り始めます。

 白い装甲を持ったフネが間近に迫り――


 |ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン《どぉぉぉぉぉいぃぃいぃっぃてぇぇぇぇぇぇっ》!


「あわてるな! 進路は開けてあるから、落ち着くのだ!」


「場所を開けておいたからな……って……

 あ、開いてないぞ。なんでフネが残っているのだ⁈」


 若いフネ達はすでに退避しているから、その先の進路はクリアのはずでした。

 

 でも、その先には自分の殻の中でほくそ笑み続けていたナワリンがのんびりと佇んでいます。彼女の目には近づいてくる白いフネが見えていません。


「ば、馬鹿モン。退避しろと言った!」


「お前、早く動け!」


 フネの先達達が泡を食って再度の退避勧告を出すのですが――


「は? 一番大きな私が退避ですって、ありえないわ!」


 ようやく自分の龍骨から出てきたナワリンが、そのように嘯き、チロッと左舷に迫る物体を眺めた時にはすでに遅いのです。


「えっ⁈」


 ナワリンは、本能的に目を閉じ、艦外障壁を広げました。

 そして、白いフネが彼女の艦首へむけて斜めに飛び込み―—


 グワァァァァァァァン! ギャリギャリギャリ――! 

 

 舳先がぶつかりました。


 バリア同士が火花を上げて盛大に相殺する光景が展開されるのです。


「いだぁッ!?」


「うわっ!?」


 最終制動と、艦外障壁の効果により、フネ達は軽くコツンと鉢合わせするだけで済みましたが、龍骨には火花が散るような痛みが巻き起こります。


「いたたた……いきなりぶつかって来るなんて!」


「ご、ごめんね。でも、警告はしてたから」


 ナワリンは、痛みを堪えてバシャリとまぶたを上げると、彼女の視覚素子に白く艶々とした肌が写りました。


「白いフネ? 幼生体? ここは子どもが来るところじゃないわよ!」


「ボクはもう幼生体じゃないよ。ほら――」


 艦首を正対させていた白いフネがカラダの向きを変えて行きます。するとナワリンの目に少しずつそのフネの全容が見えてくるのです。


「300メートル級。ふん、平均サイズか、いや……400メートルか、まぁまぁのサイズじゃない。あら? まだ全部見えてない? ほぉ、500メートル級ね」


 白いフネはさらに体を傾け――


「え、600メートル!? ち、違う……まだ推進器官が見えない――700メートル、800メートル、900メェタァ!?」


 向きを変えるにつれて、全容がナワリンの目に飛び込み、龍骨がきしみます。


「1,100メートルッ!? 「キロ越え――――!? キィロォォォ――――っ?!」


 全てを確かめたナワリンの龍骨の単位系が一桁上のサイズになったところで、言語コードがゲシュタルト崩壊を起こし、顎がガコン! と開いて放心状態ストップ・モードに移行しました。


「あばば……」


「……大丈夫? 外殻には異常ないみたいだけど、声がおかしいよ?」


 デュークは心配そうに、放心状態のナワリンを見つめるのですが、切れ長の眼には虚ろな色しか見えませんでした。


「ねぇ、君――ナワリンって言うのか……ナワリン、大丈夫?」


「えない…………」


 識別符号から艦名を拾ったデュークが問いかけるのですが、問いかけに対して、虚ろどころか、なぁんだか、とっても調子のおかしい回答が帰ってきます。


「りえない……」


「あ、もしかして、お、怒ってるの? ごめん! ごめん! ごめんなさいっ!」


 デュークは、電磁波やら光信号やら思念波を使いながら艦首を下げてあやまりました。ナワリンは、どこか感情の載らぬ声で、意味不明な言葉を漏らし――


「ありえない……」


「ありえないって、衝突したことかな? えっと、ずっと退避勧告のシグナルは出してたんだけど……」


 実のところデュークは適切な航行手段を用いていました。長距離星系内航行における推進器官の取り扱いにて手間取って最終加速が不足し、最後は急制動を掛けていましたが、前方に対して適切な警告を行っていたのです。


 そして共生知性体連合の航宙法では、基本的に大きなフネの進路が優先されるのです。だからデュークは「間違ってないよなぁ」と呟きを漏らしました。


「それが、間違ってるのよぉ――――――――っ!」


「ふぇ…………」


 デュークよりも小さなナワリンが退くべきなのですが、彼女は「間違っている!」と罵りました。


 ナワリンは、涙目になりながら、クレーンを振り上げ、指を突きつけると、このような大絶叫を放ちます。


「私より大きいフネなんてありえない! 在りえないぃぃ――――――――っ‼

 ばかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――!」


 自分が一番大きいと思っていた少女が、自分より大きな少年を眼にして、哀しみの咆哮を上げたのです。

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