龍骨星系の端で
龍骨星系の中ほどから、銀色を基調とした輝かしい肌を持つ若きフネたちが飛び出してきました。
真っ新な外殻を持った少年少女のフネ達が、縮退炉を燃やし、推進器官から推進剤を盛大に吐き出しながら、恒星間宇宙に飛び立つ為に龍骨星系外縁部を目指しているのです。
星間外縁部に向かうのは、恒星間を渡るためのジャンプを覚えるため――
若い船は跳躍の経験がないので、龍骨星系の端で行われる”星の世界への講習会”に参加するためでした。
小惑星を改造した管制ステーションの近くで、”早く集まれ”というほどのシグナルが発振されています。
若いフネ達がステーションの外周にあるホログラムのガイドが敷かれた空間に進むと、龍骨星系では数少ない現役船――フネの先達が待ち受けていました。
「到着した順に並べ、キリキリ動け、若造ども!」
「はーい」
「そこのコンテナ船の坊や、もう少し脇に寄ってくれ!」
「ほーい」
集結した少年期のフネたちは、合計30隻ほど。
彼らは先達の指示にしたがって大人しく列を作るのですが、定位置に着いたフネ達は、龍骨の民の習性である電波のおしゃべりを始めるのです。
「ウズウズするぜ! 早くジャンプしたいな!」
「うん、早く他の恒星に行きたいね!」
商船の少年たちが、初めてのジャンプについて話しています。
「星の世界ってどんなところかな~~」
「面白いことが沢山あるといいね~~」
のんびりとした口調で貨客船の女の子達が会話をしています。
「初めての跳躍、不安だなぁ」
「でも、僕たちは龍骨の民だからね……やるしかないよね!」
その他の若いフネも、同じようにして龍骨を震わせながら、お互いを励ましています。
若い船というものの多くは大体こんな感じで、緊張しながらも、星の世界への旅路を心待ちにするものなのです。
でも、少しばかり気色の違うフネもいるようです――
「ううう、行きたくないよぉ~~」
情けない呻き声を上げているのは、蒼銀の装甲を持つ巡洋艦でした。
300メートルを超えるカラダはとても硬そうなもので、剣呑な武装も備えた軍艦なのに、大変情けない声を上げていたのです。
その姿を見咎めた少年商船が声を掛けました。
「お前それでも軍艦なのか! 気合いれろよ!」
「お家に帰りたいよぉ~~」
商船の少年は、巡洋艦にクレーンを伸ばして、外殻をバシバシと叩きます。
「ふぇーん!」
少年商船は励ましたつもりなのですが、蒼き巡洋艦はさらに涙を零すのです。
軍艦にしては、いささか情けない姿にすぎました。
「こんなに立派な装甲を持ってる軍艦なのに、お前はガキだな!」
「子どものままで良いよぉ、ネストに戻りたい~!」
立派な姿をした巡洋艦は、お家に帰りたいと泣くばかりでした。
龍骨の民は生きている宇宙船であり、星を飛ぶのが運命とはいえ、まだまだお家が恋しい、星離れしたくないという甘えん坊さんもいるのです。
ま、それも個性の範疇なのかも知れません。
やり取りを見ていた先達の一隻が、昔を思い出して苦笑いを浮かべていました。
「自分が初めて星の世界に飛び立った時も、こんな感じだったかな? 震えていたかも……さすがに泣いてはいなかったがな」
そして――
また1隻、1隻とフネが集まってゆくのです。
先達らはその隻数を数えて、そろそろ講習会を始める頃合いかと思いました。
「だが、まだ2隻来ていないぞ……”船”はそろってはいるが」
「そうだな……”艦”が2隻足らない。ベッツとアームドのフネか」
先達らは各氏族が送ってきた艦船のリストを眺めながら、マザーの方角を眺めました。すると重力波の汽笛が打ち鳴らされるのが聞こえます。
ゴォォォォォォォォォン!
大音量にして、大きく震える轟音――
それは”遅参スマヌ、ワレ参着スル”というほどの挨拶でした。
そして一際大きいフネが現れます。
それは600メートルを超える巨大なフネでした。
「うわぁ、でっかいぞ! 600メートル超えのフネだ!」
「わぁ、あれは戦艦だね~~!」
「どこのネストのフネだろう? アームドフラウ(武装する乙女)氏族――
あれは軍艦の女の子だ!」
アームド・フラウ氏族は、何故か女性のフネばかりが産まれ、その多くが艦になるという特徴を持っています。
体長600メートルを超える巨体に、長砲身のレーザー砲塔を2つばかりを背中に乗せ、ツインテールのようになびかせ、軽やかな機動を見せた戦艦は、停止位置にさらりとカラダを置きました。
「すっげぇ武装だ!」
その少女戦艦は、巨大な二本の砲身のほか、多数の兵装がカラダの中に詰まっているのが見て取れます。それは正しく、武装する乙女というべきフネでした。
「大きいなぁ……」
「大きぃねぇ!」
若いフネ達は、パシ! パシ! パシ! と、光信号を焚いて、少女戦艦に挨拶を送りました。
その信号には、戦艦というフネに対しての讃辞の色が乗っていましたが――
「宜候」
――少女は、大変古式ゆかしい言葉で光信号の返礼を行うだけでした。
その音色は実に落ち着いて、しっかりとしたものです。
「へぇ、カラダが大きいとしっかりしてるんだなぁ!」
周囲からの賛辞を受けても、戦艦の少女は泰然と姿勢を崩しません。
それは大型艦に相応しい挙動でした。
龍骨の先達達もそれを眺めて、このような会話をするのです。
「艦名はナワリン。アームド・フラウの600メートル超級戦艦。マジェスティックの二番艦(妹)に当たるのだろう」
「ほぉ、それは船の私でも聞いたことがあるぞ」
「だろうな。あれは10歳をちょっと超えたばかりの若造だが、コンスル・フリートに配属されたエリートだ」
「おお、彼女はその年の離れた妹といったところだな。なんにせよ実に頼もしい戦艦だ。共生知体連合もこれで安泰だぞ。はっはっは!」
船の先達が満面の笑みを浮かべるのですが、軍艦の先達は微妙な表情を浮かべてこう言いました。
「だがね……さて、中身はどうだろうね?」
「おいおい、あんな大きなカラダを持つのだから、相当のものだろう?」
「ふむ。軍艦と言うやつはな、見た目どおりの奴もそうではない奴もいるんだ」
艦の先達は目には見えないなにかを感じ取るように、艦首を傾げたのです。
マザーを離れ、他の氏族の子ども達が現れました
そこに現れる大戦艦……それは大変残念な娘
彼女はデュークのライバルか⁈ それとも――




