物語性を持つ存在
共生知生体連合首都星系、第四惑星クレメンティアを周回する衛星カステルは、地盤と言う地盤が、地下の地下までの全てが都市化されたところです。
そして中枢のコアの最深部、一般人は当たり前ですが、執政府の要人といえどもみだりに近づくことを許されぬ、奥の院にて――
「あとからあとから問題が出てくるのぉ」
メリノーシニア主席執政官が「めぇぇぇ……」とため息を漏らしました。
広大な共生知生体連合を執政する主席たる彼の責務は、大変なもの。
かなりの老齢に達した割にはエネルギッシュさがなくならない――どころか老いてますます――と評される彼ですが、現在時刻は深夜10時。
ヒツジ種たる彼は一日に三時間ほども眠れば回復するという特性を持っています。でも、早朝からバリバリ業務をこなしているものですから、疲労を隠せないのです。
「まだ、案件が一つ残っております。バウゥ……」
主席執政官補佐たる次席執政官バウワウ――メリノーの忠犬やら牧羊犬などと評される彼が、眠そうな鳴き声を上げました。
イヌから進化した種族である彼はの睡眠サイクルは進化と共に完全な昼行性になっており、目をこする・細めるなどという仕草はそのまま眠気を示しています。
「うむ、すまんなぁ……バウワウよこんな遅くまで付き合わせて」
「いえ、御見苦しいところを……ふむ、しかし眠い……」
そう言ったバウワウは、懐から小さな包みを取り出し、
スッと鼻づらから吸い込みめ――
「キュゥン……」
ものスッゴイ微妙な顔をしてから、目に涙を浮かべ――
「バウバウ……やはり、眠気覚ましにはこれですな!」
クゥッと鼻づらをあげると、物凄くシャンとしたものになっていました。
「スパイス、か」
「ええ、バハーネロです」
「むぅ、惑星ソレーヌムの天然もの、か。……禁制品だな」
「くくく、執政官権限で取り寄せた極上品です。主席執政官もおひとついかが?」
そう言ったバウワウは、懐からまた包みを取り出しました。
「……キメすぎると毒だぞ、次席執政官」
「なにをおっしゃいます、毒も薬も似たようなものです」
「使いよう……か」
「はい、そのとおりです――解釈合法というものです」
バウワウは次席執政官にして法務担当執政官——
連合の法律の裏も表も全て把握しており、規則の解釈や運用について右に出る者がいない存在でした。
「ほ、ほどほどにな……」
その彼が、そう言うのであれば主席執政官と言えども強くは言えないのです。
「はい、存じております。しかしこれは効く、クフゥン」
「……まったく、君のご先祖が見たら……何というやら。君、鼻、痛くならんのか」
バウワウの鼻づらはスパイスなるもの影響により、ボヤッと紅いものになっていました。
さて……傍から見ていると、執政府ではヤバイ薬が相当に蔓延しているようにも感じるのですが――
「私どもは、進化の途中で耐性を得ましたからね」
「嗅覚を犠牲にして、か?」
「しかし政治の風向きを嗅ぎ分けるのには十分です。
とまれ、眠気覚ましには――」
そう言ったバウワウは鼻づらを赤くさせたスパイスを掲げて、こう言いました。
「やはり、カプサイシン(唐辛子由来成分)が一番です」
「……私はお茶が良いがな」
「取りすぎには、注意してくださいな」
単に、バウワウは単に刺激物を使って眠気覚まししていただだったのです。
共生知生体連合では副作用のほとんどない睡眠調整剤なるもの存在しているのですが、執政官は様々な安全上の理由からそれらの服用を制限されているから、この手の物が手放せません。
「よろしい、最後の案件に取り掛かろう、なんだったかな?」
「執政官候補の現状観察とその確認です。
次回の執政官会議の前のプレビューですな」
「ああ、そうだったな。だが、あまり変化はないであろう?」
こないだ、ジュニアが一つ階段を上がったばかりだ」
「ええ、ここ最近では、御子息——
ジュニア殿が財務官に進まれたのが大きな変化でした」
この時、主席執政官の息子であるメリノー・ジュニアは、辺境での按察官を経て次の位階へと進み、あとは執政官の席が空くのを待つばかりとなっていました。
「今回のレポートは、そこまでの大きな変化はありません」
「ならば、特に気にするほどのこともあるまいに」
「いえ、大きな変化の兆しがあります。実のところこれは、御子息のレポートとも符合する内容です」
「ほぉ……?」
そこでメリノーはクイッっとまなじりを上げ、興味深そうな表情を浮かべました。
「辺境星域における海賊勢力の討伐と事体収拾——だったかな?」
「正しくは辺境星域恒星間勢力バクーとの“戦役”報告書ですが……その付帯文書において、御子息がいくつかの考察をされております。そしてこの考察と、共生宇宙軍総司令部、および中央士官学校からいくつかのレポートが上がっているのです」
「軍か……スノーウインドの管轄だな」
「はい、その軍から、このような内容が――」
そこでバウワウはサッと書類を取り出し、メリノーの前に置きました。
「なになに……ふむ……」
主席執政官は、数分程を掛けて書類を眺め――
「なるほど」
と、言ってから紙の端をトントンと叩きました。
すると書類はハラリと解けて、空間に沈むように消えてゆくのです。
「やはりというべきか、スノーウインドの見立てのとおりというか……」
「はい、あの“三隻”は、異質なる何かを持っている見た方がよいでしょう」
「宇宙の法則を超えた、真の物語性を持つ存在、か」
「ご推察の通りかと」
そして二人は、
天を仰ぐように宙に目を走らせ――
「「主人公は、一隻、ではなかった、と?」」
などという言葉を漏らしたのです。




