少年戦艦行進曲(マーチ)
ここから第二章となります。
テストベッツのネスト上空に大小様々なフネ達が遊弋しています。
工作艦、特務艦、巡航客船、駆逐艦、商船、油槽船、給食艦、救難船、伝令艦、哨戒船、軽巡洋艦、病院船、高速輸送艦――
老骨船たちが、舳先を揃えて綺麗な円周を描いていました。
その中心で、とても大きな白い艦がカラダに括り付けられた装備を点検しています。
少年期を迎えたデュークが旅立ちの準備を進めていたのです。
「お弁当箱は持ったかしら? 水筒忘れてない?」
給食艦タターリアが「持ち物揃ってる?」と、心配そうな声で尋ねました。
「大丈夫、ちゃんと持ってるよ!」
デュークは、長距離航行用の飲み物である複合推進剤がたくさん詰まったプロペラントタンク(水筒)や、タターリアが丹精込めた料理が収まるコンテナ(お弁当箱)を確かめ、「指さし確認よし、だよ!」と答えました。
「進路はわかっているでしょうな?」
「うん! まずは星系外縁部の集結ポイントに行くんだよね」
ベッカリアが「寄り道は駄目ですぞ」と言ってきたので、デュークは「大丈夫だよ、真っすぐ飛ぶから」と答えました。
「デュ、デュークゥ……こ、航行中の注意は……確認した……か……」
高速輸送艦アーレイが嗚咽を漏らしながら問いかけています。
彼は初めて子どもを送り出すので、大変感傷的になっていたのです。
「フネの掟だよね。右舷にフネが見えたらこっちが舵を切らないといけないし、順番を守って無駄な動きはしちゃいけない――何度も確かめたよ!」
「えぐっ…………フネに出会ったら挨拶、するんだ……ぞ……」
「大丈夫、分かってるって! フネの挨拶だよね!」
デュークはクレーンの指先を折って航海中のルールを一つ一つ確認してから、「汽笛の調子もいいし、マストに掲げる旗も持ったし、敬礼のやり方も覚えたから」と胸を張ります。
「そうか、ならばもう言うことは無い、な……くくく……」
アーレイはおいおいと泣き崩れました。
「おい、デュークよ、コイツを持ってゆけい!」
特務艦オライオが懐から、白く塗装された金属板に金色の碇が描かれた物を取り出します。
「餞別のおかわりじゃ――こいつは錨絵馬といってな、昔ある女のフネから貰ったもんじゃが、お前にくれてやるわい。こいつを持っておると敵の弾が逸れてゆくという、軍艦にとっては有り難いものなんじゃ」
絵馬には、航中安全、縮退臨界、龍骨伸長、乱数回避、常在戦場、見敵必殺、恋愛成就などといった軍艦にとって有り難みがある言葉が、小さな文字でたくさん書かれていました。
「わぁ、すごい、ご利益がありそうだね!」
「しっかり……務めてくるのじゃぞ!」
オライオは、絵馬を嬉しげに押し頂いたデュークの背中を、バンバン! と叩きました。
「縮退炉の調子は――良さそうだな。推進器官はどうだ?」
「うん、定格出力維持してるよ! それに、もう暴走することはないと思うよ」
工作船ゴルゴンが、デュークのカラダから漏れ出る重力波を確認しながら、「若いからな、多少のことなら大丈夫だろう。だが、無理や無茶はするよ」と言いました。
「分かってる。僕はカラダが大きいし縮退炉が12個もあるから、安全運転を心がけないとね」
「ふむ、お前よりも大きなフネは早々おらんだろうから、相手の方から避けてくれるとは思うが――まぁ、お前の言う通り安全運転に越したことは無いな」
ゴルゴンはデュークを見つめながら「よしよし良い子だ」と微笑みました。
「おにーちゃん!」
宇宙に出始めた幼生体のメーネもデュークの旅立ちに立ち会っています
「また、会えるかなぁ……? 星の世界ってすごく広いんでしょ?」
「飛び続けていれば、きっとまた出会えるよ」
デュークは妹の舳先を軽く撫でながらそう告げました。
フネの進路は無数にありました。でも、前に進み続ければ、航路はいずれ何処かで交差するのです。
デュークは莞爾と笑って「必ずね」と笑いました。
「皆への挨拶は終わったか……そろそろ時間だが」
「えっと一通り……でも、ドクじいちゃんがいないよね」
「ああ、着底の間で寝ているからな」
死期を悟った医療船は星に還る準備をしていました。
そして彼は「夢は一隻で見る主義でな。邪魔せんでくれ」と言って他のフネを避けています。
デュークが声を掛けても「ここはお前が来る所ではないぞ」と連れない言葉を吐いただけでした。
「あそこに居るってことは…………もう出会えないんだね」
着底の間で老骨船が横たわる、その意味について――
デュークは、ぼんやりとではありますが理解し始めていました。
彼が龍骨星系を離れた頃には、ドクが星に還っていることも。
「さて、それはどうかな……
龍骨の民が星に還れば、それは先祖の一隻となり、また蘇ることもある――」
「それって、龍骨伝承(言い伝え)ってやつ?
星に戻って、またフネになる……本当のことなのかなぁ?」
「私にも分からんよ。だがお前を見ているとな……
古い昔に失われた大きな戦艦が蘇ったと思いたくなるのだ」
「大戦艦――鉄の公爵の二つ名を持っていた戦艦のことだね。そのお爺ちゃんって、そんなに僕に似ていたのかな?」
「戦艦とはいえ姿形は全く違うのだが……何故かそう思うのだ。
もしかしたら、お前の龍骨には彼の記憶が刻まれているのかもしれん」
ゴルゴンは「それを知るのはマザーのみだが、ね」と呟きます。
デュークは「何も言わない母星だものね」と龍骨の民に伝わる成句のもじりを口にしました。
そうした会話を続けていると――
「おらおら、皆並べ――――! 並ぶのじゃぁ――――!」
と、オライオが騒ぎ始めました。
「時間が押しておるぞ――! 整列、整列じゃぁ!」
すると、老骨船達は少し離れたところで、舳先を並べ始めます。
ゴルゴンも「では、しっかりやってくるんだぞ」とデュークの背中を軽くたたいて、スルスルと離れていきました。
「よっしゃ揃ったのじゃ! 号令かけてくれ、ネストの最長老!」
「よろしい、それでは――――龍骨行進曲始めっ!」
ゴルゴンが現役時代を思わせる凛とした声で号令を掛けると、老骨船達はクレーンを打ち鳴らしながら、電波の声を使って歌い始めました。
”衛るも統べるも大船の、戦場の華頼みなる、不動のその塞共生の、世界の全周を護るべし。熱きその艦同胞に、仇なす軍を撃ち放て”
それは龍骨の民に伝わる勇壮な行進曲でした。老骨船たちはしわがれた声を張り上げ、熱を込めて歌い続けます。
”航跡靡す艦、不折の龍骨が宇宙へ、星辰の狭間を跳躍して、征け征け母星の吾子達よ。燦然世界に舵を取り、共生の光輝かせ”
軍艦となった龍骨の民は、戦いのフネとなるのが宿命でした。
”宇宙往き 陽光に焼かれても、難所を望んで沈んでも、龍骨伸ばして振り向くな!”
それをポップソングにするのであれば――
https://x.com/IrondukeJp/status/1926157158439154093
https://x.com/IrondukeJp/status/1900142619428331776
と、どこかのネットワークに残されているかもしれません。
(音声ミュート無効で歌が流れます)
――老いぼれてはいるけれども、大変力強い歌声がデュークの龍骨を震わせました。
「振り向くな!」
その声の通りに、デュークは龍骨を真っ直ぐに伸ばして進み始めます。
|ヴォォォォォォォォォォォォォォォォォン《いってくるね――――――》!
故郷と老骨船に別れを告げた、デュークは新たな世界に進み始めました。
老骨船達はそれを涙ながらに送り出します。
そのようなフネの送り出し――
新しいフネの船出は、マザーのどこかで毎日のように行われている光景です。
そして物言わぬ母星は、そのことについて何も言うことはありません。
デュークも龍骨の民ですから、十分理解していました。
でも、彼はこの時――
懐かしい匂いがする優しげで暖かな声が聞こえたような気がしたのです。
「行ってらっしゃい、必ず還ってくるのよ」――と。
元ネタは軍艦行進曲、軍艦マーチ。艦が行くときにはやはり、これでしょう。




