補修
「……ふわわ………眠い……のじゃ……」
キョウカ姫様が机に突っ伏し、スヤスヤとした寝息を立てはじめました。
「にゃぁ~~~~~~!」
ニャルが元気いっぱい部屋の中を駆け回っています。
「ゴロォォォォォォォオッ!」
ゴローロ軍曹――もとい士官候補生が通常の三倍ほどのゲロ声を上げています。
今日も士官候補生は平和な――――
「コラァァァァァァァァァァァッ!」
わけでもなく、先輩たるデュークが大声で皆をしかりつけました。
「そこ寝るな! 大声上げて現実逃避しないっ! ネコみたいに走らないで!」
「……も、申し訳ありません、デューク二回生殿……し、しかしっ……」
「何じゃ五月蠅いのぉ、気持ちよく眠っておったのに。このタワケが」
「にゃぁ~?」
実はいま、キョウカを始めとした一回生は適当なことを言うと――
「ええい、学科試験が危ういんだっ!
補修、補修、補修が! 必要なんだ――っ!
だから、そこは違うっ! そうじゃない! 答えを見ても駄目なのか――っ⁈
うぉい、キョウカ――起きろロォォォォォッ!?
そこ、ネコのフリして逃げるなぁぁぁぁぁぁ!
このままじゃ、みんな赤点なんだぞぉぉぉぉぉ―――――――っ!?」
デュークがカリカリ怒るのです。
さて、中央士官学校においては学科と言うものはあまり重視されない傾向があるのですが、それでもやはり多少は存在し、その内容はそんじょそこらの学校と比較できるレベルではないのです。
とはいえ――
「まぁ、赤点でも卒業できるのじゃ、あまり気にしなくとも、のぉ?」
「いやいや、キョウカ姫それはどうかと思いますぞ……」
「んー、ゴローロ、そこの検算間違っておるぞよ」
「ひ、人様の課題じゃなく、自分のをおやりなさい!」
ゴローロは普段であれば要領のいい男なのですが学科というものに真剣になりすぎて落とし穴にハマり、キョウカといえば自頭は良いのにサボり癖があるのが判明しております。
「にゃぁ~(スリスリ)」
ついでながらニャルは恒星からきた異能生命体の上ネコになることに命を懸けている節があるので、課題に目をくれるような様子もありません。
こんなめんどくさい後輩を持ったデュークですが、生来の生真面目さもあって、ここ一週間ほど奮闘してきたのですが――
「だから――――!」
ストレスと気苦労と責任感と様々な物が憤懣やるかたないことになってしまい、龍骨のボルテージは怒髪有頂天まで駆け上がっていました。
そして――
ベキンッ!
と、なにかがぶっちぎれる音がしました。
「ぼ、僕はね、も、もう、もう、もう、も…………もげらあああああああああっ!」
機械仕掛けの壊れたおもちゃみたいな声を出したデュークは、ドンと机をぶっ叩きながら――
「ちっくしょうめええええええっ!
も、もう、どうなってもいいや!
こうなれば、僕にも考えがあるぞっ!」
と叫びました。
「ほぉ、なんじゃ、考えとは」
「二回生殿のお考え……ですか」
「にゃぁ~?」
色んな意味で締まらない一回生達が不思議そうにするなか、デュークは脳内に仕込まれている副脳をガチャガチャさせて、誰かと通話をはじめます。
「ドクトルッ! ドクトルッ! デュークです!
はいそうです、戦艦デュークです! 士官候補生デュークです!」
アレです! アレを貸してください!
あれったら、あれです! だから、アレっ!」
脳内通話を始めたデュークは特に声を上げる必要もないのに、大声で会話を続けます。本人は気づいていないのですが、喋っているうちに熱くなっちゃうタイプのようで、その声はドンドン大きくなっていきました。
「……随分と龍骨がオーバーヒートしておるようじゃのぉ」
「ドクトル……どこかの博士だろうか?」
「ふにゃぁ?」
などと一回生達が訝しがるのを他所に、デュークは怒声を張り続けます。
「他種族には使えないっ⁈ 大丈夫です、ドクトルならなんとかできます!
法律違反ですってっ⁈ 同意があればいいんでしょ、同意がっ!
はぁぁぁ? 脳神経系に悪影響がぁ? だったらなんで僕らに使ったんですか!」
もういいから、アレを貸してください、ここに届けてくださいッ!」
そして脳内電話をガチャ切りしたデュークは「はぁはぁはぁ」と甲板(肩)で息をつきました。常は温厚な彼ですが随分龍骨がエキサイティングしているようです
「デューク二回生殿……今のお電話はどこに……?」
「なんぞ、知己のようじゃったが、いずこのお人ぞ?」
「にゃん?」
「……」
と、聞かれたデュークですが、なぜか無言で皆をジィィィと眺めてからのこんなことを言うのです。
「世の中にはね……経験しなくてもいいことがあるんだけど、もうそんなことはどうでもいい気がしてきたんだ。今の僕の龍骨は、最適解を、最速で、最短で、最強度で実行することすることだけしか考えていないんだ。わるいけれど、恨まないでほしんだ。そう、もうこれは決定事項だし、命令だからね。大丈夫、大丈夫、そんなに悪いことでもないからね。あ、多少は法律的な解釈は必要だけど違法ってほどでも――――」
それを言ったデュークの目は爛々と輝き執政官付きの護衛リクトルヒのような赤外線をまき散らし、背中の砲塔はランダムで不規則なかつ不気味な旋回を見せ、ギリリと握りしめられた放熱翼は廃熱で真っ赤に燃え上がって勝利を掴まんばかりの勇ましさ――
そしてデュークは告げました。
「洗脳だぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!
洗脳装置で脳をウオッシュして記憶を刻み込んでやる!
マインドをコントロールして焼き込んでやる!
人格を書き換えて性格を縛ってやる!
クハハハハハハッ!」
最早、龍骨が完全にオーバーヒートし、そのうち脳のチップ化とか脳〇チュとか言い出しそうな勢いでした。
「せ、洗脳ですとっ⁈」
「ああ、学習装置のことじゃな……って、本気かえっ!?」
「にゃ……にゃぁ……?」
これにはニャルを含めた一回生も驚きを隠せません。
が、そこでキョウカが旋手一閃――
「たわけッ!」
「ウゴっ!?」
デュークの艦首を斜め90度の角度でぶっ叩きました。
するとデュークはカクンと意識を失い、突っ伏したのです。
「まったくなにを熱くなっておるのじゃ」
「おいおい、姫様、それはいくらなんでも……」
「なにをいうとる、壊れた機械には、これに限るのじゃ」
「壊れた機械……お、おう……」
「にゃぁ!」
そしていつしかの時が経ち――――
「あれ? みんな百点・・・・・」
「ご、ごろろろろお(がんばりました)!」
「元から、わらわに知識は無用なのじゃ、ほっほっほっほ!」
「ニャ(百点じゃだめ)?」
なんでそうなったかは多分執府レベルの秘密なので語ることは許されないのですが、賢明なる方々にはお察しのことでしょう。
めでたくもあり、めでたくもなし。
とまれ最適解は確実に実行されたのです。




