考え続けろ
中央士官学校・第二講堂。
そこでは候補生一回生・二回生が一堂に会しています。
中にはデュークらの姿もあり――
「特別プログラム、じゃとな?」
「うん、どんな教官がいて、どんな授業があるかの紹介の場ってところかな」
「なるほど」
「にゃぁにゃぁにゃ(どんな先生がいるんだろ~)?」
などと、講義の開催を待っていました。
ピコーン!
一番端に座る半透明の無機質な四角推――結晶生命体のカチコーン中将が、そのカラダをビリっと震わせ講義開始のアラームを鳴らしました。彼の属するクォーツ星の住民は原子時計よりも正確な体内時計を持っていることで有名です。
「時間だな、それでは特別講義を始める」
講義の冒頭では、オコート校長が登壇しました。
「我らが教官どのが一番手か、何の話をするのだろう」
「一介の軍曹あがりには見当もつきません」
「校長先生の長話にならなければよいがのぉ」
「にゃ~にゃ~(お話、お話!)」
校長は、前執政官にして共生宇宙軍元帥と言うすさまじい肩書を持っているため、士官候補生達は、政治上の裏話か、戦場での駆け引きか――どんなすごい話が始まるのかと胸を高鳴らせています。
そんな好奇心と期待が講堂を満たす中――
オコート校長は、わずかに咳払いをしてから、ぽつりと口を開きました。
「諸君。……矛と盾の話を知っているかね?」
「……え?」
唐突な問いに、講堂がざわめきました。古来、軍人の卵が一度は聞かされる寓話ではありますが、前執政官の口から出ると、まるで別の意味を帯びていたのです。
「そう、ある商人が、“どんな矛でも貫く矛”と、“どんな矛も通さぬ盾”を同時に売っておったという。 この場合、諸君ならどうする? どちらを買う?」
その言葉に、一回生の誰かがメモを取ろうと身構えた手を止め、二回生の誰かが眉間に皺を寄せながら悩み始めます。
オコートは真顔のまま、改めて尋ねます。
「“君たちはどう思う?”」
その言葉には、前執政官にして元帥という人物にしか醸し出すことのできない何か異様なプレッシャーが乗っていたものですから――
一瞬の静寂の後、講堂のあちこちで反応があがります。
「矛です! 攻撃こそ最大の防御です」
「盾です! 共生宇宙軍のドクトリンも――」
「いや、その商人はしょっ引いて、没収しましょう!」
「どちらも買って、互いを検証し、より優れた方を量産します」
「どっちも買って、どこかの敵同士に貸して戦わせます」
「リースかレンタルで運用しましょう。損金にもなりますし」
などどと、矛盾をかいくぐる様な様々なアイデアが上がる中――
「私はパワードスーツの方がいいですなァ、ゴロロ。軌道降下のお供には矛と盾では心もとありません」
ゴローロの冗談に周囲の緊張がほんの少しだけ緩み、キョウカは腕を組んで、凛とした声音でこう言いました。
「答えは――矛で盾を突き刺して、そのまま合体させるのじゃ!
つまり、“ハルバードシールド・ランス”ッ! 攻防一体、最強――ッ!」
これには講堂中がぽかーんとするほかありません。
「にゃぁ(矛盾)~?」
「矛盾だねぇ。うーん」
ニャルとデューク頭を抱えながらなかなか答えが出せないようです。
そんな様子を眺めたオコートは愉快そうに頷きながら、続けました。
「皆の答えのどれもが正しい。……が、どれも間違っている。
そもそも、このことについて、答えが出せるのであれば、この宇宙というものは、実に簡単な場所だと言わざるを得ない」
「だが、答えがないと諦めるのであれば――」
そしてオコート校長はゆっくりと掌を開き、鋭く伸びた牙を摩ってから、こう言いました。
「そのようなものは執政府――いや、中央士官学校には不要の人財と言えよう」
牙の間から深い息を吐き、老元帥はゆっくりと笑います。
「諸君。正しい答えなどいらん。間違っていてもいい。
だが、考えることをやめた瞬間に、矛も盾も――」
オコートが実に意味深げな笑みをその老顔に浮かべた瞬間――
ピコーン! とカチコーン中将の結晶体が鳴動し、タイムアップを示しました。
「……おぅふ、時間切れか……仕方ない……」
多分何か決め台詞を吐こうとした老イノシシは残念そうに講壇を降りました。
でも、それを笑うものはいません。
なぜならば、オコートの最後の言葉は、矛盾のその先に何があるのか、それを自分で考えろという、答えを示さぬ暗示だったのですから。