ただ事ではない
「ええと……あの……その……ゴロロ……」
と、教官室の扉の前で、なんとも微妙なセリフを漏らしているのは、デュークチームの中でも最も常識人たるゴローロ士官候補生です。
「ゴローロ候補生、どうしたの?」
「いや、ここが教官室であります……か?」
「そうだけど、なにか?」
「いや、その、なんといいますか。リクトルヒが警邏しておるのですが……」
リクトルヒ――要人を警護する白銀の装甲化戦術機械生物が、教官室の前に立ち並び、両の眼を爛々と輝かせていました。
その肩には言わずと知れた100キロの鉄塊——ファスケス(こん棒)が鎮座し、「何人たりとも通さんぞ」とばかりの威圧感をビキビキと示しています。
「しかも11名……いる……」
「それがどうしたの? 普通でしょ」
緊張しながら唾を飲み込んだゴローロですが、デュークは何を言っているんだこ奴はと言わんばかりに応えました。
「いや、普通って、あの……ただ事では……」
「でも、こ・こ・が・教・官・室・な・ん・だ」
デュークはまるで機械仕掛けのような不気味さをただよわせながら、生気のない目でそう言いました。
「ゴ、ゴロロォ……」
ロールプレイングゲームのNPCのような“作られた”棒読みで、人格が抜け落ちたように同じ言葉を繰り返す先輩デュークに、カエルの後輩は何と言ったらよいかわからず、うめき声めいた鳴き声を上げるほかありません。
「まさか、あの中におわすは……」
「うん、察して」
「さっ……」
ゴローロは、ただただ絶句するほかありません。
そんな彼を他所に他の候補生たちは――
「ほう、わらわを迎えるための儀礼か! よきかな!」
事情を良く知らないキョウカは、重厚な装甲を持つリクトルヒの立ち姿に何とも言えない感銘を受け、「まぁ素敵」などと宣っています。彼女は機械式ではないけれど、硬質な外殻を持つ装甲化種族ですから親近感を得ているのでしょう。
「にゃぁ? にゃぁ~」
ネコ姿のニャルがスタスタとリクトルヒに駆け寄り、その足元に近づいて鼻づらをスリスリさせています。傍から見ていると猫が番兵と戯れているようにも見えるのですが、実際この場面ではその通りでした。
そうこうしていると、リクトルヒ達が動き始めます。
「おっ警護の兵が……?」
「にゃぁ?」
龍骨の民とカエル族の掛け合いなど、気にも留めていなかった二人組が異変を察知します。立ち並んだリクトルヒ達が――
バァァァン! デーン、デーン、デン、デデデーン!
装甲を響かせ、打楽器と弦楽器の極低温のマーチ――
あたりを支配するかのような、権威そのものが押し寄せるような音楽を作り出したのです。
「おお、この音楽はなんじゃ……?」
「にゃにゃぁ……?」
キョウカとニャルは互いに小首を傾げました。
「これは――――ッ!」
「おお、知っておるのかゴローロっ? なんじゃこの曲は」
(なになに? 教えてカエルのおっちゃん)
「き、貴様ら、知らんのかっ⁈ 執政府(RIQS)のマーチだぞっ!」
RIQS(レジスタロ・インテルジア・クオ・シンビオシス)、宇宙軍最高司令部をも上回る共生知生体連合執政府――
絶大な権力を持ち、あまねく知生体を統合し、共生の旗を満天に知らしめる、その権威を知らしめるための行進曲に、ゴローロは反射的にかかとを合わせ、直立不動の姿勢になりながら、早口で言いました。
執政府は共生宇宙軍の最高統括機関であり、宇宙軍最高司令部よりも上位組織であり、軍人としてはそうせざるを得ないところがあります。
「ま、まさか……我々の教官というのは……」
「ヌシ・オコート元帥、中央士官学校校長、前執政官だよ」
「げぇっ……!?」
その一言に、ゴローロの背筋は氷でなぞられたかのように冷たくなりました。重厚な扉の隙間から、獣脂のような匂いと、野太い呼吸の幻聴めいた気配が流れ込んでくるのですから、当然です。
「な、なぜ校長……いや、元帥閣下にして前執政官などという御方が、わざわざ我ら候補生の教官に……⁈」
ゴローロの喉はカラカラに乾き、声は裏返っています。常識で考えればあり得ないのです。
でも――
「そうだねぇ、執政府がらみだよねぇ、うん」
デュークは淡々とした口調でそうとだけ言いながら、スパリとした敬礼を行いますが、なにか色々と諦めたような風情を見せています。
「もう、慣れたよ、こういうの」
「……そ、そうですか」
視覚素子に諦観をありありと浮かば、 いまだ少年と呼ばれるのに、甲板(背中)からどこか擦れたような、背中が煤けたような哀愁を漂わせるデュークです。
これは、さすがは二回生というか、いろいろ執政府がらみの案件に首を突っ込むというか、突っ込まされた経験が活きているのでしょう。
さて、いろいろ苦労してきた少年戦艦と、教官軍曹上がりの候補生が、そんな会話をするなか、お姫様とネコもどきといえば――
「ほぉ、元帥とな? ほっほっほ、随分と位の高い者よな。
そうか、そうか、わらわの教官に相応しいのじゃ」
キョウカは腕を組み、当然のように胸を張りました。その姿は“高位であればあるほど好ましい”と本能で信じきった、装甲姫らしい無邪気さに満ちているのです。
(ぷろこんす……る? なんだかおいしそうな響きだにゃ。お菓子?)
ニャルは小首をかしげ、尻尾をぴょこんと立てています。
大真面目な場面だというのに、口の端には「にゃはっ」とした笑いが浮かんでいるくらいです。
(にゃにゃぁ、もし食べ物なら二つは欲しいにゃ!)
「ほっほっほ、ニャルは食いしん坊様だのぉ」
「おいおい! 食べ物じゃないぞッ!?」
脂汗を滝のように流すゴローロと、姫とネコの無邪気さとの落差は、まさに地獄と天国の温度差――キョウカとニャルは、いろいろな意味で育ちが違うのでしょう。
かくして、執政府のテーマが流れる中、デュークらは教官室に入ることになったのです。