総員傾注
「ええと、ゴローロ……教官?」
新兵訓練所の教官が後輩になるなんて想像もつかなかったものですから、彼をなんと呼ぼうかと困った顔をするデュークです。
「はっはっは、どうぞお好きにお呼びください。呼び捨てで構いませんぞ」
ゴローロの方は特に気にした風もなく、さりとて訓練所の強面教官ズラなどもせず自然体の様子を見せ、笑みすら見せていました。
「ええと、ゴローロ候補生……ああ、これが落ち着くな」
いろいろ問題のありそうな後輩たちですが、関係性が問題なだけで、どう考えても常識人枠な彼のありようにデュークは少しばかり微笑みながらそう言いました。
「はい、そのようにお呼びください」
「は、ゴローロ候補生――よろしくお願いします」
見た目が筋肉だるまなカエルが笑みを深くする様子に、(おお、この人は大人だ……)などとデュークは龍骨を安堵させました。
「書類を見たのですが、ゴローロ候補生は、第一軌道降下団出身でしたね?」
「懐かしい名前ですなァ……我々はヘルダイバーズと自称しておりましたが」
「地獄の降下兵ですか」
「ええ、ヘルダイバーズは恒星間戦争の最前線にあり続ける、共生宇宙軍の切り札的陸戦部隊です」
「ええと、どんな時に投入されるのですか?」
「そうですなぁ……このところ大規模な恒星間戦争もありませんから、連合の同盟星系間の調停やらで星系首都星の政府機関を制圧するとか、連合法違犯な研究施設とかを強襲とか、第一種危険生物の駆除とか、そのような感じですな」
「惑星戦闘のプロってことですね」
「ええ、強襲上陸艦を使って降下することもありますが、一番最高なのは耐熱装甲服を纏って軌道上から強行再突入し――」
ゴローロは昔を思い出すかのように「共生の旗を掲げ、地獄の底まで!」などと嬉し気でなんとも物騒な声を上げました。
多分彼は、共生知生体連合の旗を掲げて、敵のど真ん中に着陸し、敵をちぎっては投げちぎっては投げ――地上無双していたのは間違いないでしょう。
「そんな人が、僕の後輩ってことかか……うーん、この意味はなんなのだろう?」
「ヘルダイバーズ上がりの軍曹をわざわざだ入校させた理由ですか? まあ、私にもトンとわかりません。というか、私自身、なんでここにいるのかがわからんのです」
「え?」
「いや、中央士官学校にいる理由がです」
ゴローロは何とも奇妙な事を言いました。なぜ、自分がここにいるかが分からないというのです。
「一念発起して、士官になると決めた後――その後の記憶がどうにもあやふやなのです。中央士官学校などではなく、普通の士官学校へ進むハズだったのですが――」
ゴローロはブットい首を傾げて、ハテナマークを浮かべました。
「一体全体何があったのでしょうかなぁ……納得はしている感じなのですが、なにか、こう、その――」
「それって、もしかして記憶操作とか洗脳ってやつでは……」
「……かもしれませんな」
「すると、やっぱり、間違いなく執政府がらみなんですよねぇ」
共生知生体連合では、薬物やウイルスやナノマシンを用いた洗脳技術があるのですが、厳格なルールに基づく執政府の許可がなければ利用できません。逆説的に言えば、それを用いているということは、執政府の思惑があるという事でした。
「中央士官学校は執政府の直属機関であり、政治的に運用される側面もある要人育成機関ですからなぁ。まあ、なにか合理的な理由があるのでしょう。とまれ、学び舎には変わりはありません。やるならば、高みを目指します」
「はい、そうしてください……って、そろそろ時間か。
ええと、キョウカ候補生。ニャル候補生で遊んでないで」
体内の副脳時計をチラ見したデュークは、いまだネコのニャルをモフモフしているキョウカに声を掛けました。
「時間とな?」
「僕たちの担当教官に会いに行くんだよ」
「担当の……先生かの?」
「まあ、先生っていえば……確かにそうだね」
すると――
(先生! 先生がいる学校!)
思念波の声を響かせたニャルが首をすうっと伸ばして「どこ? どこ?」と当たりを見回しました。
「なんじゃ、学校は初めてかえ?」
キョウカが首を傾げて尋ねると、ニャルはウンウンと首を振るのです。
(だから、ちょっと楽しみ……!)
ニャルがそのような思念波を放った瞬間、抱いているキョウカの腕のあたりがポカポカと温まりはじめました。
「ぬ、なんじゃこのぬくもりは……! これは湯たんぽ……いや、抱き枕……いやいや、温い癒やし……」
傍から見ているデュークは「体温制御がちょっと外れてる……?」と冷ッとするのですが、ゴローロは「まあ……湯たんぽ程度なら」と確かにそうだと思わせるような重厚な声で頷きました。
「ふむ、学校や先生が初めてとは、デューク二回生と同じようですな」
実のところ生きている宇宙船だけではなく、教育機関が存在しないという種族は、それなりの数が存在し、恒星上を棲家とするエネルギー生命体であるニャルもその一つなのでしょう。
「ええ、でも彼は新兵訓練所を修了しているはず……新兵訓練所が初めての学校じゃないのかな?」
「いいえ。訓練所はあくまで訓練所ですぞ。あそこは陸戦と異種族との共生を
叩き込むためのトレーニングセンターです」
ゴローロが「裏のモットーは共生を強制してやる、ですな、ゴロロ」などと言う危ないセリフを吐きながら苦笑いを浮かべるものですから、デュークは「確かに強制されましたねぇ」とこちらも苦笑いを浮かべました。
「ですが――様々な種族がいる連合です」
「ふむ?」
「ある意味必要悪なのですよね?」
「……ゴロロ」
まだ年若いデュークの言葉に少しばかり上乗せされた大人の雰囲気に、ゴローロは生きている宇宙船が新兵訓練所を離れてからの経験と成長嗚感じ取り、満足気な鳴き声をあげました。
「では、ご命令ください。彼らにはそれが必要でしょう――」
いまだモフモフしながら、子供じみた風情で戯れるキョウカとニャルを見やりながらゴローロは続けます。
「いえ、私にもそれが必要です。我々は軍人ですから」
「……わかりました」
彼は――
「総員傾注!」
ビシッとした――迷いや恐れといったものは全く乗っていない口調で皆に告げるのです。
ゴローロは無言でかかとを合わせデュークに向き直り、ハッとしたキョウカと彼女に抱かれたニャルが一瞬遅れて、キュっと向き直りました。
「デューク二回生以下はこれより、教官室に向かう」
明々白々たる命令口調。実戦経験と中央士官学校での実習による成長と、二回生という立場が乗った声に――
「了解であります!」
ゴローロが脊髄反射めいた速さでサッと敬礼を行ったのは当然として――
「心得たのじゃ!」
「ニャッ!」
意外なことに、キョウカとその彼女に抱かれたニャルも、息を合わせて共生宇宙軍式の敬礼を返します。
共生宇宙軍は様々な種族、身分、性格の個人が集まって出来ている組織であり、共生宇宙軍人として調律されていれば、どんな奇人変人でも問題はありません。
それを確認したデュークは――
「よろしい、では行こう」
ただそれだけを言って、ワレニツヅケと言わんばかりに歩き出したのです。




