幼生期の終わり ~龍骨の変化~
「さて、他に、変な感じはしないか?」
「えっと……」
デュークは副脳を通して、自分の構造を眺めました。
「縮退炉や推進器官の配置は、随分といい感じだよ。新しく生えてきた器官も、龍骨にうまく繋がってるみたい……だけど――」
デュークはカラダを確かめるように龍骨をひねるのですが、一部に違和感を感じるのでした。
「それはなんだ?」
「艦首のコレが、なんだか良くわからないんだ」
デュークは新調された手を艦首へ伸ばして、高さ200メートルほどに成長した艦首の中心を叩きます。そこには、直径20メートルほどのまるいふくらみがついていました。
「なんだこれは……? 綺麗な円構造……レーダーハッチか? いや、違うな」
”見通す眼光”の二つの名を持つゴルゴンは、フネを眺めればおおよその構造がわかってしまう特殊能力があるのですが、彼の龍骨には”識別不能”というコードが流れるだけでした。
「もっと成長せんと、何なのか、わからんな」
「そういうものなの?」
龍骨の民は、一度繭化を終えるとカラダが大きく変わることはありません。でも、稀に二度目三度目の繭化をするフネもおり、新しい器官が生えて来たりすることもありました。
「――それより、だ」
ゴルゴンは、ポンポンとデュークのカラダを叩きながら――
「龍骨の中から新しいコードが湧いているな?」
「うん、恒星間航行のためのコードがハッキリしてきたよ」
デュークは、”龍骨”の内から、恒星間を飛ぶための情報が溢れてくるのを感じていました。
「そうか――」
ゴルゴンはデュークの内面が重大な変化を終えたことを確かめ――
「お前は……少年期に入ったのだ」
ゴルゴンは端的に告げました。
「少年期――」
「ああ、星の世界――恒星間宇宙に出る頃合いだ」
少年期、それは、恒星間を渡る準備が整ったことを示しています。
「もう、ネストで教えるべきは、なにもない――そういう事でもある」
ゴルゴンは断言しました。
一般的なヒューマノイドが長い年月をかけて社会に出るのに比べ、龍骨の民という生き物は大変早熟でした。
星から産まれてから半年ほどで、恒星間航行能力を持つフネなのです。
「そしてフネとして成り上がったのであれば……」
「……星の世界に飛び立つことになる?」
言葉を受けたデュークが、龍骨を流れるコードを感じながら、言いました。
『旅立ちの時……
星の世界へ、満天の彼方へと昇る時――』
それは龍骨の中にある一節のコードでした。
「……つまり、ネストを離れる時、ってこと?」
「そうだ」
ゴルゴンは重々しく艦首を縦に振りました。
言葉は、確固として否定を許さない強さが乗っています。
「お前を、連合へ差し出さねばらならない」
龍骨の民とは、その型式により、成すべき役割を定められていました。
その機能により、それに応じた役目を果たしさなければならないのです。
「お前は軍艦。共生宇宙軍へ入らねばならんのだ――共生の盟約に従ってな」
共生の盟約は、共生知生体連合の加盟種族が等しく課されている、一種の戦力供出条約でした。
デュークは、大きな軍艦、とても大きな戦艦。
その存在価値は、軍にしかないのです。
デュークとゴルゴンがしんみりしていると――
「――旅たち、めでたいのじゃ!」
特務艦オライオが声を張り上げました。
「餞別をくれてやるのじゃ!
わしが若い頃に使っとった、特注の燃料抽出機じゃ!」
デュークの前に置かれたのは、ガス惑星のガスや星間雲をフィルターして燃料に変えるための装備一式でした。
続いて、ベッカリアが――
「ドローンユニット一式ですぞ。
消火や、修復作業、セルフディフェンスにも使える優れものですぞ」
と言いました。
龍骨の民は自己修復する生き物ですが、これらのドローンがあれば応急処置を始めとした作業が格段と楽になるでしょう。
筒ぢて、高速輸送艦アーレイが大型火器をデュークに取りつけました。
「こいつ持ってけ。現役時代に使っていた外付けポンポン・カチューシャ砲だ」
それはポンポンポン! と、小型ビームを打ち上げる対空兵装です。
アーレイは「こいつは20連装あるから、左舷の弾幕が薄いときは、頼りになるぞ」と、ほくそ笑みました。
「これを、持って行きなさい、わたしの船内で育てている――ネスト代々の酵母が入っていた加工ユニットよ」
食糧艦タターリアが渡したのは、小さなカプセルがたくさん詰まった食品加工装置です。これがあれば小麦をパンに代えることができるのです。
――他の老骨船たちも、順番に進み出て、予備のエネルギーセルや、成形された装甲板や、クリスタルな記録媒体、チャフやフレアを炊く妨害装置などを、デュークに託しました。
そして――餞別がデュークの足元にうずたかく積まれていきました。
「うわぁ、お爺ちゃん、お祖母ちゃんたち、ありがとう!」
デュークは、わーい! と喜びました。
「私からはこれを渡そう――」
ゴルゴンが前に出てきます。
その手には、とても小さな2メートルほどのケースがありました。
「これは……随分と小さいけれど、一体、なに?」
「“連合標準義体・対人交流型”――だ」
「対人交流って?」
「フネのミニチュア(活動体)と同じように使える――
ある種のコミュニケーションツールだな」
ケースの中には一般的なヒューマノイドの義体が仕込まれていました。
ゴルゴンは「中身はこうなっている」と、画像データをデュークに発信します。
デュークの龍骨に、義体の全身像が投影されました。
それは、あどけなさを残す少年の姿をしています。
目は閉じられており、その顔はどこか夢を見ているように穏やかで、まぶたの下には微かな微笑さえ浮かんでいるように見えました。
「わぁ……」
デュークは思わず息を呑みました。
「異種族……だね?」
義体の肌はやわらかなもので、指先には微かな光沢――
髪は雪のように柔らかくもあり、温かい光がこぼれ出るような質感があります。
「……白い髪だ……」
デュークはぽつりとつぶやき、艦首を撫でながらこう告げました。
「僕と、同じ……だね!」
デュークの目にはあどけなさが残る紅顔の美少年――の“異形”が映っていましたが、その白さに、何とも言えない親近感を覚えました。
「ゴルゴンお爺ちゃんが作ったの?」
「調整はしたが、ほとんど手を付けてはおらんな。これは形見なのだ――」
ゴルゴンが続けます。
「あの、大戦艦デュークが使っていたものだ」
「ええっ、お爺ちゃんのお爺ちゃんが使っていたの?」
「ドクが大事に保管していたんだ。
あの方の名前を継いだお前が、これを受け継ぐ――
それが、きっとそれも、“デューク”になるということの一つなのだろう」
それを聞いたデュークには、白髪の少年は、もう“異形”には見えませんでした。
不思議なことに、この子を見ていると、胸の奥があったかくなり、まるで“自分”を見ているみたいだとも感じるのです。
「……この子、なにか握っているね」
目を閉じた白髪の少年は、白銀のペンダントようなものを手にしていました。
「それは私からの餞別だ。RIQSの……まあ、私が昔付けていたものだ」
ゴルゴンはそれ以上何も言わず、ケースをデュークの多目的格納庫――
こまごまとした品を入れておく場所に収めました。
こうして――彼は旅立ちの準備を終えたのです。
大戦艦の名と、形見を受け継いだ“少年戦艦デューク”は、
これから、ネストを離れ、星の世界に飛び立つのです。




