後輩たち
「ええと、僕があなた方の指導に当たるデューク・テストベッツ……です」
龍骨の動揺を何とか乗り越えたデュークは後輩となる一回生達に向き合っていました。
「メカロニア戦役の功績者にご指導いただけるとは光栄でありますっ!」
五十がらみのカエル面の男――新兵訓練時代の教官であるゴローロが、年齢を感じさせぬ元気いっぱいな大声で応えます。
「ゴ、ゴローロ教官……」
「いまは士官候補生ですぞ。まあ、書類でご存じだろうかとは思いますが、一念発起して士官になろうと思ったのは本当ですよ」
カエル面の新兵訓練教官改め、中央士官学校の候補生となりおおせたゴローロは、大変含みのある口調でそう応えました。
「ま、私は高級士官としての教育は受けておりませんので、そこは大まじめにご指導いただくことになります」
「は、はぁ……って、士官教育は受けてるってことですか。でも、ここ執政官候補生学校でもあるんですけれど……」
「――皇族や大物政治家のご子息ばかりのこの学び舎に、叩き上げの教官が混ざるのは異例中の異例ですがね。表向きは“功績ある者の再挑戦”という建前ですが、実際には監視役、あるいは調停役としての期待も少なからずあるようで」
「あ、もしかして執政府がらみ……?」
「はい、いいえ。それ以上は禁足事項です」
どっちが先輩かわかりませんが、デュークのような戦略兵器にして指揮官適性があり、下手をすると若くして連合要人になる可能性が高い人物に対して、執政府はこのような人財配置をすることが、稀によくあるのです。
「でも、新兵訓練所の教官が後輩って……ご年齢も随分……」
「年上の部下、年下の上司、軍ではそんなことは当たり前のことですぞ」
ゴローロはそう言うのですが、元教官にして後輩になるという――なんというか、超メンドクサイ人事でした。
「で、そこ……なんで手をワキワキさせてるんですか……あと、その肉食獣みたいな物騒な顔、や、やめてください」
口元に緩やかな弧を描いた笑みを浮かべた白い鎧人セルヴィーレの女性がまるで獲物を前にしたように舌なめずりしているのです。
「久方ぶりなのに、つれないのぉ」
キョウカ・ドロッセル・トラースト――はじめての超空間で出会った異種族の皇女が芝居じみた口調で悲し気な声を上げました。
「……あなたはなんでここに?」
「共生知性体連合への種族的貢献――それから北方方面での我らセルヴィーレの立ち位置というものかのぉ? まあ、あれじゃろ、種族の箔付けということじゃろて」
初めて出会った頃はお国の訛りがきつかったキョウカは、お姫様言葉はともかく綺麗な共通語の発音で――“セルヴィーレは連合に加盟してから10年ほども経っていない新興の星系種族だが、その戦略的な地理的条件から連合の中では相当に優遇されている”――などと説明を行いました。
「しかしデュークの後輩になるとはのぉ……ホホホ」
そんな彼女が後輩になったのは――「色々面倒な問題児だからデュークに任せちゃおう」という、軽ーい判断があったらしいのです。執政府というところは、非常に緻密な判断をする一方で100に一つくらいはいい加減な判断をすることがあるのです。
「それで、君は……ニャル君だね」
「にゃ!」
足元で丸まっていた小さな白ネココ型ヒューマノイドなどではなく、四足歩行型のただのネコが、小さな鳴き声を上げながら、前足をシュっと伸ばしました。
「おや、これは知性化ネコですかな?」
ゴローロが怪訝そうな声を上げました。ネコは敬礼を終えると、そのまま前足を額に擦り付け、毛づくろいを始めたのです。
「ええと、うん、これでも、正式な候補生の一員だとか……」
知性化された動物も一種の知生体ですから、共生知性体連合の一種族として認められているのですが、ここまで動物よりの種族は珍しい方でした。
「これがネコというのか、燃えるような毛並み……見事な獣じゃのぉ」
そう言ったキョウカは瞳を輝かせ、にやりと笑いネコの喉をカリカリと摩ります。
「にゃぁ~」
「かわゆいのぉ……」
知性化ネコのニャルは、喉を鳴らしながら身をくねらせるものですから、キョウカはさらに指先で毛並みを撫でながら恍惚とした笑みを浮かべます。
すると――
(気持ちいいにゃぁ~)
などと、思念波の声が皆に届きました。
「ははぁ、サイキックなのですな」
「うん、彼は発声器官を有しないタイプだけど、思念波で会話ができるんだ」
「ほほぉ……そんなことより、抱き心地が最高そうじゃのぉ!」
と、キョウカはさらに目を細め、そのままニャルを抱え上げました。
「にゃるる~ん……」
腕の中で丸まったニャルはさらに喉を鳴らし、ふわりと毛並みが光沢を帯びました。
「この燃える毛並み……たまらんわぁ……!」
と、キョウカが頬をすり寄せます。
「ん? なんだか、室温が上がったような気がしますが」
「え? ああ、うん……そうだね。い、いや、気のせいだよ」
一瞬、部屋全体の照明がちらつき、空気がじんわりと温まっているのですが、なぜかデュークは気のせいだと言い放ちました。
「……なにか、知っておられますな?」
「ええと、知らない方が良いことだって、世の中にはあるんだよ」
「ふっ、デューク先輩、隠し事はいけませんなァ」
「ふぇぇっ……って、後悔してもしらないよ」
デュークがそっとクレーンを振って、端末に表示された情報をゴローロだけに見せました。
すると――
「なっ!? こ、これは……おうぅ……」
ゴローロは端末を見た瞬間、目を剥いて固まり、ダクダクと脂汗を流しはじめるのです。
「あ、あの姿は隠れ蓑……ですと⁈」
「そうなんだ……元は恒星生物で……サイキック能力持ちなんだって」
「ちょ、超、高エネルギー知生体……」
「うん……」
実のところ、ニャルは――ただの知性化猫ではありませんでした。その毛並みの奥には恒星コロナに匹敵するプラズマが封じ込められ、サイキックによる完璧な偽装で「かわいい猫」として存在しているに過ぎないのです。
「そういえば……そういう生物が、闘技場に参加したことがあると聞きました」
「あ、僕それを見たことがあるんですよね……ちょっと本気を出せば、戦艦の主砲並みのエネルギーを出すことができるんだ。まあ、寝ても覚めても思念波能力が発動して、擬態を続けるみたいだから、安全ではあるみたいだけど」
「ははぁ……でなければ、ここにいることはできませんからなァ……まあ、なんといいますか、共生知性体連合の懐の深さを感じるばかりですな……いやはや、連合はどこまで鷹揚なんですかな」
「それは僕も感じますよ……」
様々な種族を見て来たカエルの教官と、生き物としては特殊すぎる龍骨の民がそう言うのですから、連合の度量と言うものはお墨付きでしょう。
さて、そんな会話を他所に――
「まるで小さき恒星を抱いておるようじゃ……ふふふ」
(くすぐったいにゃ~)
目を細めて「にゃあ」と喉を鳴らす姿はどう見ても癒やし系の猫であり、知らない者からすれば、ただ「抱き心地が最高の可愛い猫」ですが――
知ってしまった者からすれば、「恒星の火種を毛玉に仕立てた存在」のようなものなのでした。
キョウカは頬をすり寄せ、ニャルの毛並みをむぎゅむぎゅと撫で続けているものですから、デューク達は「正解、なんだよなぁ」やら「ええ、異論の余地なしでありますな」などとため息をついたのです。