龍骨の動揺
それから少しして、中央士官学校の卒業式が開催され、二回生達は進むべき進路に向かって旅立っていきました。
「先輩たち卒業しちゃって、寂しくなるわね」
「あの騒がしいトリのパイセンはともかく、エクセレーネ先輩とはもう少しお話したかったよぉ~!」
龍骨の民は人懐こい種族で、別れというものに大変敏感な感性を持っている生き物でした。
「そういえば、君たち、最後の晩は夜通しエクセレーネ先輩の部屋に籠っていたけれど、何を話していたの?」
ふと、デュークは女子組が女子会のような事をしていたことについて尋ねました。
「おっと、そいつを聞くのは野暮ってものだわぁ」
「そうそう、野暮天だぞぉ~~!」
ナワリンとペトラが「「それでも聞きたい?」」と言うものですから、デュークはなんだかいろいろと気まずい気持ちになって、「い、いや、いいよ、うん」などと宣いました。
「というか、あんたはあのトリと何を話してたのよ? 男同士でエロ話でもしてたかしら?」
「あのトリのパイセン、スケコマシって噂だったもんねぇ~~!」
「ち、違うよ。なんていうか、先々のこととか執政府のこととか、そういうことを話した記憶があるようなないような……。うーん、お酒飲んでたからなぁ」
デュークはスイキーと一晩飲み明かした際、その後のキャリアについてあれこれ話した事を思い出しながら、そう言いました。
「なに、そんな真面目な話をしてたの?」
「なのなの~~?」
「まあ、スイキーって、執政府がらみの話を良く知ってるからさ。いろいろと教えてもらった感じかな。ん……その話、聞きたい? 中央士官学校の卒業生が味わう――あまり人には言えないような後ろ暗い話をとか聞かなきゃよかった話……とか」
などとデュークは、いつもの快活な笑みではなく、どことなく陰のある苦笑いを浮かべるのですが――
「ああ、連合の恥部とか、公にはできない墓場まで持っていくような話とかでしょ。それがどうしたのよ?」
「執政府ってえげつない人たちの集まりなんだよねぇ。執政官は腹黒じゃないとなれないんだよぉ~~!」
歴史を研究するのが趣味であるエクセレーネから、連合の裏も表も色々聞いていた二隻は、特段痛痒を感じることもなく、そんなものかと受け入れていたようです。
デュークは龍骨(心)の中で(……二隻とも、強いんだなァ)などと感心するほかありませんでした。
そんな会話をしていると、デューク達三隻はリリィ教官の部屋に集まるようにとのメッセージが届きます。
「リリィ教官からの呼び出しだ」
三隻は、スルスルと重力スラスタを吹かして、一路教官の部屋に向かいます。
「デューク士官候補生以下三名、入ります」
「お入りなさい」
部屋の中ではデスクに座ったリリィが、いつもの通り両の手をスリスリさせながら待ち構えていました。
「本日をもって貴方がたは一回生を修了、二回生となります。これから後輩となる一回生の受け入れ準備を行うように」
「ああ、僕らが教える側になるのですね……」
中央士官学校の教育方針によれば、二回生は一回生の教育係として付き添うことで、学びを深めるということになっていました。
「それで、僕たちが担当する一回生は、どのような人たちでしょうか?」
「“各自”が担当する候補生の情報――種族、年齢、戦歴などは、データで渡します」
リリィがそう言った時でした。
デュークが一瞬ビクリと龍骨を震わせます。
「“各自”って……もしかして……」
「二回生となった貴方たちは、別々のグループに分かれることになるのよ」
リリィ教官が端的に言いました。
デューク達が目を見合わせて何かを言いかけますが、リリィは「いうまでもなく、これは命令よ」と、畳みかけるように告げもします。
「命令、ですか……」
デュークはそれだけを言うと、少しばかり視覚素子を歪めました。
命令とはいえ、龍骨星系以来の二隻と違うグループになるということは、彼の龍骨に、僚船と離れて一人ぼっちになるような寂寥感が滲んだのでしょう。
「新兵訓練所以降、ずっと一緒だったものねぇ。辛いかしら?」
「いえ、それって、ものすごい特例だってことは知っています」
本来であれば、最初の任務――第3辺境代表部でのニンゲンたちとの戦いあとに別々になっているべきでしたが、これもスノーウインド執政官の計らいにより、長期間任務を同じくするような扱いを受けていたのです。
「ま、あなた達も独り立ちする頃合いと言うことだわ」
「……なるほど」
デュークは艦首をペコンと下げて押し黙りました。
「独航できないフネは一人前じゃないってことかしら……」
「まあ、そうかもねぇ……軍なんだから、仕方がないよね~~」
押し黙ったデュークの横で、ナワリンとペトラも、自分を納得させるような言葉を紡ぎながら、これもまた押し黙ります。
デュークが好きで中央士官学校まで付いてきた――そういう事になっている彼女達でしたが、実のところデュークとならぶ執政官候補としてスノーウインド執政官が選抜したフネであり、これまでの経験から聞き分けの良さは身についていたのです。
(ふふ、納得してくれたわね。入学当初は子どもじみたところがあったけれど、実習を経て少しは大人になったようね)
と、リリィがある意味満足感を持って感心していると――
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ! と、あたりの空気を震わせるような、重低音が三隻の艦体から同時に漏れ始めます。
ついでにデュークの龍骨が軋み、ナワリンの外殻がゴワンと震動し、ペトラの内部機構がビリビリと放電じみたノイズを散らしてもいました。
リリィは目を細めて三隻を見やり、それが「拒絶」や「抗議」を押し殺すために流れ出た、龍骨の悲鳴であることを察したのです。
「ええと……皆、大丈夫かしら?」
「大丈夫ですッ! 問題ありませんッ! 本艦は軍人であります――ッ!」
突然そんなことを叫んだデュークは――
「軍法に従い、第七条・士官候補生心得第一項に則り――」
法律の条文を早口で読み上げ始めました。
「第七条・士官候補生心得第一項、『常に冷静沈着たるべし』!
第八条・士官候補生心得第二項、『任務においては感情を交えてはならず』!
第九条・士官候補生心得第三項、『僚友と離れる時も沈黙を保つべし』!
第十条、『指揮官の命令は絶対である』!
第十一条、『不平不満を口にしてはならない』!
第十二条、『寂しさを理由に任務を拒んではならない』!」
多分条文を読んで、素数を数えて落ち着くが如き効果を得ようとしているのかもしれませんが、条文を一つ読み上げるごとに声がどんどん大きく、早口になっていきました。
「第十三条、『飲酒は節度を保つべし』! ……あ、これは今は関係ない……!
第十四条、『常に仲間を尊重すべし』!
第十五条、『己を犠牲にしてでも任務を全うすべし』――!」
デュークは活動体の外皮から――ビリビリビリッ! と青白いスパークを迸らせながら、ただ一心不乱に条文を読み続けました。
これには、リリィは額に手を当て、ため息をつく他ありません。
ナワリンはというと――
なぜかそっぽを向いて、口元を必死に抑えているのです。
「あら、あなた、大丈――」
「ウゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ! ウゴ! ウムゴォ!」
リリィが声をかけると、ナワリンは何かをせき止めるような仕草をしながら、悲鳴のような言葉をひねり出しました。
(……あ、ドラゴンブレスしかかっているんだわ)
そう気づいたリリィは、“決して艦首の前方には立たないよう細心の注意を払いながら”、スッと横移動しました。
なお、ナワリンの外皮には、デュークと同じくなにやらビリビリとした電磁スパークのような物が走っています。
そしてペトラは――
「~~し、静まれ、ボクの龍骨ゥ~~ッ!? 荒ぶる波動よ、今は眠れ~~ッ!」
視覚素子を細め、両翼を広げるようにして低く呟きながら、黒いマントでも翻すかのように艦体を震わせていました。
「ボ、ボクの龍骨に棲まう古代竜が~~暴れようとしてるんだ~~ッ! くっ~~! 封印結界を、追加で七重くらい張らないと~~!」
などと意味不明な呪文めいた言葉を叫ぶペトラに、リリィは思わず――
(じゃ、邪気眼の類かしら……)
などと、厨二病が発症したかと疑いましたが、龍骨にはなにが潜んでいるかわからないので聞かなかったことにしました。
そして、やはりペトラも活動体の外皮から――ビリビリビリッ! と青白い電磁気をダダ洩れにさせて、床一面に細かな火花を走らせているのです。
(あー、もう、静電気でオヒゲがピンピンしちゃうわ。
せっかくセットした髪が崩れないかしら?)
そのような士官学校の教官らしからぬ思いを抱いたリリィですが、このままでは埒が明かないので、手っ取り早く埒を開ける事を決心します。
パチパチ逆立つ髪をぐっと抑え込み、足を一歩踏み出した彼女は「――士官候補生、総員――」と告げ、静粛に、と言いかけたのですが――
あたりを満たしていたビリビリ電磁波が、すぅ……と弱まり、デュークの外皮を走っていたスパークは弧を描くように消え、ナワリンの喉奥から漏れていた轟音も段々と細くなり、ペトラの撒き散らす火花も、最後にはぱちんと一つ弾けて消えました。
そして、静寂だけが残ります。
リリィは口をつぐみ、目を細めて三隻を見やりました。
「失礼しました教官、いささか取り乱しましたっ!」
「全て飲み込みましたわ。問題ありません」
「封印完了ですぅ~~! もう大丈夫だよぉ~!」
気合と根性で龍骨の動きをコントロールした三隻の目は真っすぐで、いかにも士官候補生らしい色が浮かび、キリリとしたその視線は頼もしさすら感じます。
「よろしい」
三隻とも口から黒ちゃけた煙をモクモクと吐いて、龍骨に動揺が残っているのがバレバレでしたが、生きている宇宙船として生理的に受け付け難いところのある命令に、デューク達はなんとか折り合いをつけたようです。
(ふふ、全くフネらしいわねぇ。ま、慣れてもらわないとね)
リリィはそんな事を思いつつ、一回生の受け入れ準備を開始するように命じたのです。