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飲み込むべき苦い味

 実習が完了してから一か月後、 中央士官学校候補生領域に存在するスイキーの自室をデュークが尋ねています。


「デューク一回生入ります!」


「おう、入れ入れ。あと、そんな他人行儀な口調で話すなよ」


 部屋はいかにも候補生用の標準仕様というもので、金属の壁と簡素なベッド、それなりの大きさがある机が設えられているだけでした。


 スイキーは右足に白いギプスを巻きながら、フリッパーを器用に使って荷造りをしています。


「随分と回復したみたいだね」


「おおよ、あと一か月もすりゃ走れるぜ」


 ペンギンの皇子は大帝国の後継者らしからぬ気がるさで、クワカカと笑いました。


「でも、荷造り、大変そうだね」


 机の上にはペンギン帝国の皇子らしい銀細工の水筒や、家紋入りの腕時計などが置かれ彼の素性をさりげなく主張していたり、床にはこまごまとした雑貨が入った段ボールがいくつも並んでいます。


 デュークはそれらを一通り眺めてから、ベッド脇にいくつも鎮座している保冷ダンボールに目をやります。

  その中には、何かを包んだパックがいくつも入っていました。


「結局、あましちゃったんだねぇ、魚の干物」


「ああ、無駄に買い込みすぎた……な。ひと箱以上も余してしまったぜ。こいつは残していくから、お前さんが食べていいぜ」


「え、いいの?」 


「気にすんな、我が新兵同期生殿。ついでにこいつも残していくぜ」


 そう言ったスイキーは荷物の山から、二本の琥珀色の液体が入ったボトルを取り出し、デュークに手渡しました。

 

「これって……お酒?」


 ラベルにはペンギン帝国の古い蒸留所の紋章が印字されています。


「ああ、本当は寮内持ち込み禁止なんだがな。クワカカ、そんなん建前だ」


 デュークは目を丸くした。


「……こんなもの残していったら、僕が見つかって怒られるよ」


「そのときは“スイキー先輩の遺品です”って言っとけ。情状酌量くらいはされるさ」


 スイキーはフリッパーで軽くボトルを掲げて、にやりと笑いました。


 中央士官学校は士官学校ではありつつも、高度な柔軟性を持って臨機応変に法規解釈を行うような人物を育成する執政官候補生学校としての機能もあるため、お酒の持ち込み程度は黙認されているのです。


「ここの実体は執政府や軍大学の予備校みたいなもんだしな。よし――」


 そう言ったスイキーは荷物の中からグラスを二つ取り出し、ボトルの口をキュポっと開けて、コポコポ並々と注ぎました。


「おら、飲めよ。卒業前の振る舞い酒だぜ! こいつはペンギン帝国御用達、名門蒸留所の200年物なんだぜ!」


「まあ、そう言うなら……」


 グラスを渡されたデュークは素直にそれを受け取り、チィンとスイキーのグラスに一つ当ててから、口をつけます。


「う……苦い」


 腔内に広がった馥郁たる香りを持つ芳醇な液体――でも、そのように味わうにはデュークにはお酒の経験が少ないのです。


 スイキーはグラスを掲げてにやりと笑い、舐めるようにしてグラスの中身を楽しみながら尋ねました。


「で、なんだ、話って言うのは」


 実のところ、デュークがスイキーの部屋にやってきたのは、新兵同期生であり卒業間近のスイキーとなにやら話があるという事でした。


「なんていうかいろいろと考えちゃってさ。でも、他の人に聞かれたくもなくてさ」


「ほほぉ?」


 デュークがなにやら悩み事があるというのです。それを聞いたスイキーは手元の端末をいじって、プライベート遮断フィールドを部屋の中に展開しました。


「これで教官にだってバレやしねぇぞ。

 で、なんだよ、悩み事って? もしかして恋愛関係か? 

 ナワリンとペトラとどちらを選ぶべきか――とかか?」


「違うよ! って、それも悩み事の一つでもあるけれどさ」


 デュークはほんのり艦首を赤らめつつも、そういう話題ではないと否定しました。


「……僕、実習で“戦略”っていうものに気づいたんだ」


「おう、リリィ教官も言ってたな。デュークはちゃんと将官向きだってよ」


「でもさ……気づいたのは“戦略”そのものより、その後ろにあるものなんだ」


 デュークはグラスの中で揺れる琥珀を見つめながら、低く続けました。


「辺境実習、バクー帝国の取り込み。連合の権益を守るために、専守防衛のために相手を取り込む――そこに違和感を感じているんだ。なにかが矛盾しているんじゃないかって、なにかが変じゃないかって」


 それを聞いたスイキーはクワカカと笑うでもなく、キュっとグラスを干しまし、小首を傾げてしばらく考えてからこう言いました。


「専守防衛策との矛盾――まあ、そう見えるかもしらん。

 連合は、三十年前の戦争の反省で拡大戦略を停止したって建前だ。

 だが実際はどうだ? 辺境じゃ代表部がどんどん作られ、基地も増える一方だ」


 その言葉にデュークは艦首をうんうんと振ってから――


「“守るために広げる”。この理屈さえ立てば、どんな拡張も正当化できるじゃない。矛盾っていうか、何ていうか違和感があるんだ」


 と言うのです。


「違和感か……そりゃそうだろうな。

 建前は“航路防衛”でも、実際は“侵出をやっていやがる”んだからな。

 三十年前の戦争で消耗したって言ったろ?

 あれで主要恒星間勢力と正面衝突する危険を避けるようになった。

 そして“辺境を飲み込んで拡大する”って手を選んだ――

 随分と前からそうではあったが、な」


 一息でそう語ったスイキーは、デュークの目をじっと見つめます。


「矛盾っていうより、欺瞞だな。だが、分かってても、皆わざと目をつぶる。それが世知辛い恒星間宇宙に生きる勢力の在り方ってもんだろうな」


 デュークはムニっと口をへの字に曲げて黙り込みました。

 そんな彼を見つめたスイキーは、真顔でこんなことを告げるのです。


「クワカカ、純真なデューク君には毒が強かったか? だがな、矛盾や欺瞞を呑み込んでもなお前に進める奴だけが、執政官になれるんだ。いや、むしろ進んで矛盾や欺瞞を作り出す――それが執政官なんだ」


 それは断固たる口調で、全く否定を許さないものでした。


「共生知生体連合の存立、維持、拡大のため――

 クワカカ、政治も戦略も結局は生き物の本能よ」


 そしてスイキーが「この世知辛い恒星間宇宙で生きるってな、そういうことなんだ」と強い口調で告げると――


「それは腹黒さってやつなのかな? 矛盾や欺瞞を飲み込むってことは」


 デュークはそんなことを尋ねるのです。


「分かっているじゃねぇか……

 その腹黒さを操縦できる奴だけが、勢力を生かし、自分も生き延びる。

 それを“欺瞞”と呼ぶか、“戦略”と呼ぶかは……お前さん次第だぜ」


「……本音と建て前、矛盾と欺瞞かぁ。

 あまり美味しそうなものではないけれど……

 苦いし、胃もたれするかもしれないけれど――」


 デュークは艦首を捩じりながらこう告げました。


「それを飲み込めるのが、執政官ってものなんだね」


「……ふむ、多少は分かってきたようだな。

 なら、いいことを教えてやろう、苦みのある、こういう物ってのはな……

 “そのうち美味しく感じるようになる”んだぜ――分かったなら、もっと飲め!」


 スイキーはグラスにまたなみなみと蒸留酒を注ぎ、デュークは苦いけれども味のあるそれをグイッと飲み込んだのです。

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