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学んだもの

 バクー帝国への軍事介入――表向きは海賊討伐とされているそれが集結してから、1か月後。全ての実習を終えたデューク達は、共生知生体連合首都星系へ帰還を果していました。 


「はい、みんな、ご苦労様」


 共生知生体連合中央士官学校のブリーフィングルームにて、候補生たちを前に、リリィ教官がいつものように両手をスリスリさせています。


「なかなかバリエーションに富んだ実習だったわね。デューク達一回生の行動も概ね士官候補生らしいものであり、全体として良く出来ました、と言っておきましょう。最後の戦はなかなか骨の折れる仕事だったけれど――」


 彼女は実習先での各候補生の行動について概ね満足と告げてから、士官候補生として各自の判断で行動することとなった、バクー戦の評価を始めました。


「まず、ナワリン候補生――あの機雷源へのアプローチと橋頭保戦術はなかなか良かったけれど、あの判断をした理由を聞かせて頂戴」


「はい! まず、機雷源の密度が分かっていたので、ちょっとばかりアチチで済むと思ったからです」


 ナワリンの取った機雷源を踏みつぶして前進するというアクションは、実のところ十分な余裕を持ったものでした。

 彼女は自分の艦体のスペックを十二分に把握し、それを活用するのが最適解だと判断していたのです。


「そうね、それは私も承認していたことだわ。でも、その後の判断は?」


 機雷源を抜けたところで、ナワリンは敵の集中砲火を一身に浴びつつ耐えるという判断を行っていました。


「ええと、判断というか、予想してたのが半分、成り行き半分位でしたわ。まあ、いざとなったら奥の手を使えばいいかなぁって……」


 そこでナワリンは嫌ぁな思いドラゴンブレスを龍骨に浮かべて押し黙る事となります。

 リリィは「あれはたしかに見もの……いえ、見事だったわねぇ」とフォローにならないフォローで誤魔化しました。


「次にペトラ候補生――威力偵察の指揮の感想は?」


「滅茶苦茶、楽でしたよぉ~! ものスッゴイ優秀な副官をつけて貰ったから~!」


「ルオタ少佐のことね」


「そうだよぉ~あの人、超優秀な軍人……っていうか、アレ、何者? 最後まで教えてくれなかったけれどぉ~」


 指揮権確立のために歌うというような発想を持つ、いつも斜め上でホエホエしているのがペトラでしたが、意外な所で人を見る目があるのでした。


「それはいつ頃気づいたのかしら?」


「うーん、ボクが緊張しながら前進を開始した後かなぁ~? 何ていうか、ただの少佐っぽくないんだもの。切れ者すぎて困っちゃうほどだったから~」


 そこでペトラは次の句を告げるか悩むような表情になりながら、こう言いました。


「あの後、調べたら、共生宇宙軍にルオタ少佐って在籍していないって……」


「ふむ……共生宇宙軍には“影の士官”が時折現れ、存在しない少佐や大尉が、実戦の只中に現れて指揮を執り、いつの間にか消えてゆく。それは古くから続く“戦術的虚構”の一つであり、軍の者たちはそれを黙して受け入れる――まあ、真実を語るのは……禁足事項ね」


 ルオタ少佐なる架空の人物――それは共生宇宙軍に稀に良く出現する一種のカバーストーリーであるのかもしれません。


「エクセレーネ候補生――最後の戦では裏仕事を押し付けた形でごめんなさいね」


「いいえ、アレは執政府レベルの仕事で、私の進路希望は情報局ですから……

 はい、とてもいい勉強になりましたわ」


 キツネ耳をピョコンと立てたエクセレーネは、それ以上何も言わず、素敵だけれど実に不敵で諧謔に満ちた笑み――歴戦のスパイマスターのようなそれを浮かべました。

 彼女はバクー帝国やら辺境勢力やらのネットワークにおける、公に口に出せない裏仕事を粛々とこなし、ハバシ准将の拘束などの任についていたようです。


「骨折りご苦労様……ふふ、そのうち、あなた、女狐とかいうあだ名がつくかもしれないわね」


 なんの捻りもない冗談を飛ばしたリリィ教官は、きっとした目で――


「さて――次は問題児ね」


 傍らの強化外骨格――医療用のポッドに手足を生やしたようなマシンに入ったスイキーを睨みました。


「一時的にしろ、KIA(戦死)する候補生なんて、中央士官学校でもなかなかお目にかかれないわ」


「い、いや、まぁ、必要な事でしたし、大目に見てください。クワカカカ……」


 緊急出力でボロボロになり強制蘇生の後遺症を抱え、あと1か月はナノマシン漬けの生活を送る必要があるスイキーは、ゴポゴポと泡を吹きながら乾いた笑みを浮かべました。


「ふむ、必要性があると? ならば、説明なさい」


「はっ……」


 器用に外骨格のかかとを合わせたスイキーはこのような事を言いました。


「私は空母機動艦隊の指揮官でしたが、あの時点での航宙作戦を実施する場合、タイムラグの問題から、前線指揮もやむなしと判断しました」


「ふむ、それは認めるわ、続けて」


「はい、その後のあれこれは省略しますが、バクーのあの航宙機――あれを止められるのは私の機体だけでした」


「それも認めるわ――」


 スイキーの言葉にリリィ教官は深く頷き同意を示すのですが――


「あなた、立場を分かっているのかしら?」


 ある一点について詰問するのです。

 それはフリッパード・エンペラ帝国の皇子として、次期執政官として軽々に過ぎる――そのような含意が乗っていました。


 しかし――


「いいえ、自分はそうは思いません。フリッパード・エンペラ帝国の皇子、次期執政官であるからこそ、身命を賭してでも共生宇宙軍の軍人である必要があるのです」


 スイキーはいつもの軽い口調ではなく、威厳のある重々しい口調で、覚悟ガンギマリの共生宇宙軍軍人らしく、キッパリと断言したのです。


「……ふむ、覚悟は認めるけれど、ホントに死んだらどうするつもりだったのかしら。確かあなた一人っ子だったわよね、皇位継承が問題にならない?」


「ああ、大丈夫です。自分、子どもがおりますので……庶子扱いにはなりますが、自分が死ねば自動的に継承権が移ります」


 ざわり、とブリーフィングルームの空気が揺れました。デュークは「あ、そうなんだ……」と龍骨を震わせ、ナワリンとペトラは「「ええ~~っ!?」」と声を上げ、エクセレーネは冷ややかに尾を揺らし、唇の端を吊り上げ「……やっぱり、そういう男なのね」と小さく呟きました。


 しかしリリィは一拍置いてから、静かに――


「なるほど……ペンギン帝国的にはそれでいいというわけね……では、最後に一つ聞くけれど、死ぬのは怖くなかったかしら?」


 尋ねました。


 300G加速からの蘇生の確率は一時的であれば100パーセントに近いものでしたが、その後の状況によればポックリ行くこともあるのです。


 そのことは当のパイロットのスイキーも重々承知の上でしたが――


「なぁに、自分のようないい男はなかなかくたばらんものですよ」


 などと、クワクワと冗談めかして笑うのです。


「まあ……本人がそれでいいというなら……良しとしましょう」


 リリィは一瞬、鼻白むような表情になりながらも、首を縦に振りました。本来であればスイキーのような立場の要人は、もう少し落ち着いた行動をとるべきなのかもしれませんが、全体として見た場合、様々な角度から見た場合、共生宇宙軍の軍人として正しい行動であることは間違いはなかったからです。


「さて、最後にデューク候補生――あなたの場合、評価云々というより……そうね、今回の一件で、何を学んだか、教えて頂戴」


「あ、はい……」


 学んだことはたくさんあったのですが、彼はまずこのような事を言いました。


「まず、僕って戦略兵器なんだなぁと」


「種族旗艦クラスの龍骨の民――

 メカロニア戦役で、盤上をひっくり返したこともあるあなたが?」


 デュークは1.5キロ超級超大型宇宙戦艦であり、辺境においてどころか、主要な恒星間勢力との戦闘があっても無双しかねないのがデュークでした。


「ええと、大きいことはいいことだ、戦艦と言うものは戦場を睥睨していればいい……おじいちゃん達が言っていたことを思い出しました」


「……それはどういうことかしら?」


「はい、大事なのは使いどころなんだと思います」


「使いどころ……ね? 詳しく説明して」


「なんていうか……戦略兵器を決定的なタイミングで投入すれば、砲火を交える必要すらないってわかりました」


 対艦弾道弾への一斉射撃はあったものの、艦艇群に対して砲撃を加えるまでもなく、ただ威圧するだけで敵が退いてゆく――


 1.5キロ超級超大型宇宙戦艦である“自分自身の使い方”というものをデュークは学び、改めて実感していたのです。


「そしてもっと大きなことがわかりました。今回の戦いって、すべてメリノー按察官の計算の上で――“始まる前から決着がついていた”ようなものじゃないですか」


 デュークの言葉にリリィがピクリとしましたが、それには構わずデュークはこう続けます。


「まあ、答え合わせを全部見せてもらったからですけれど――

 たぶんですけれど、これが……共生知生体連合執政府の戦い方なんだって」


 龍骨を捩じり捩じりしながら、デュークは自分の言葉ではっきりとそう言いました。


「ただの戦闘でも戦術でもない……」


 龍骨に浮かんだ言葉は、小難しいことをあまり龍骨に浮かべることはない生きている宇宙船にしては珍しいものでした。


「これが“戦略”っていうものなんですね」


「……そういうことね」


 リリィは表情を崩さずに頷くのですが、胸の奥では大得意のガッツポーズをしていたに違いありません。


 生徒がなにかを理解して、自分の言葉でそれを形にする――

 

 それは成長と言うもの。

 それは教師にとっての何よりの報酬なのです。

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