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辺境の秩序

 誇りを胸に言うべきを言い放ったドロレス・ド・コンコスン女男爵の背が、重厚な扉の向こうへと消えていきました。


 その歩みは、敗北者のそれではありません。むしろ、勝者と呼ぶにはあまりに端正で、失われたはずの未来をなお掴み直した者だけが見せられる背筋でした。


 最後に、豪奢な黄金のマントがひらりと揺れ、艶やかな金属光沢を宿した布地が光を反射しながら、視界の中で小さくなっていきます。


 それは、矜持を捨てず、すべからく、あるべきままに何事かをなした女海賊――いえ、恒星間勢力として、共生知生体連合と丁々発止とやり取りを成した人物だけがなし得る立ち振る舞いでした。


 厚い防御扉が閉じると、低く長い唸りと閂の落ちる金属音が艦内に響き渡り、謁見の間は、沈黙に閉ざされます。


 空気は冷たく張り詰め、呼吸の音すら不必要に大きく響くほど。


 デュークの龍骨の奥を伝うわずかな振動が、先ほどまでの緊張と交わされた言葉の余韻を、かすかに告げていました。


 長い呼吸の間を置き、デュークは意を決して口を開きます。


「あの女男爵、最後まで背筋を曲げませんでしたね。ドロレス・ド・コンコスン。なかなかの人物……なのでしょうか?」


「君が感じた通りだろう」


 玉座の如き豪奢な座に深く腰掛けるメリノー按察官は、閉じた扉から目を離さぬまま、一歩も動かず、艦内の空気を計るようにしてから静かに答えました。


「あれだけの人物を従えるダマラッシャ殿も確かな人物なのだろうな。これであれば問題なく、この星域を任せることができそうだ」


「……ええと、つまり、全ては、按察官の計画通りだったんですね?」


「そう、辺境代表部――ひいては連合執政府の計画通りだったのだ」


 メリノーは見事な白髭をさすりながら、口の片端を奇妙な形にゆがませています。

 それはいつも絶やす柔和な笑みとは異なるもので、デュークはその表情にわずかな畏怖を抱きながらも、ためらわず尋ねました。


「ええと……海賊帝国を恒星間勢力として認め、その上で統制の効く人物に政権を握らせる……ということですよね?」


 デュークは、先ほどの謁見で交わされた言葉を反芻しながら答えました。


「……ふむ、概ね正解だ。ほかに気付いた事は?」


「ハバシ准将が拘束されたのは……なんというか、膿出しってやつですか?」


「そうだ、彼は現地勢力と癒着し、要らぬことをしていたのだよ。辺境パトロール艦隊では、時々このような輩が出現する――ま、バクー側との接点でもあったのだがね」


「ええと、彼のネットワークを利用して、以前からバクーの一部勢力と通じていたということですか?」


「なんだ、分かっているではないか。龍骨の民にしては、政治向きの理解がある」


 それを聞いたメリノーは、ニマリと口元を歪め、ベェェェとヒツジらしい短い鳴き声を低く洩らしました。


「今回の遠征は、僕が付けたビーコンがきっかけって言ってましたけれど、それって本当のことではなかったのですね」


「ああ、大よその位置は既に掴んでいたからな――」


 実のところ、共生宇宙軍の秘密調査船による第十辺境代表部周辺の辺境探査はかなりの昔から行われており、海賊帝国の状況はかなりの精度で掴めていたのが実情でした。


「そして、ここ数十年――彼らが恒星間勢力としての力を身に付けつつあるのは、連合の知るところでもあったのだ。最早、単なる海賊団ではないとな」


「なるほど、恒星間勢力として国家組織を持っているとなれば、ただ戦って攻め滅ぼすわけにはいかないですからね」


 デュークはこの実習中に続けている戦略シミュレーションのあるケースを思い出してそう言いました。


「シミュレーションか……連合の敵とばかりに、ある宙域の中心的勢力を散々に打ち負かしたものはいいものの、そのためにその宙域が大混乱に陥り、経済的ネットワークが崩壊した挙句、惑星内どころか星系間絶滅戦争の引き金になった――

 そんなところかな?」


「う……」


 メリノーの令は、デュークがシミュレーションで失敗した事象そのものでした。


「ふむ、恒星間戦争と言うものは、宇宙をわが手にとばかりに颯爽と軍を率いて敵を散々に打ち負かせば勝利となるような単純なゲームではないからな。それが辺境と言えども、だな」


「辺境の秩序っていうことでしょうか」


「まったくもって、そのとおりだよ――

 さて、もうこの星系に留まる必要はあるまい」


 そして按察官は「舳先を星系外縁部に向けよ」と明確な口調で命じたのです。


 

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