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誇りを携えて

 司令部ユニットに設えられた謁見室――


「ドロレス・ド・コンコスン男爵が参られました」


「よろしい、お通しせよ」


 古式ゆかしいユニフォームを纏ったメリノー・ジュニア按察官が、サッと手を振ると、ハッチが低く唸るような音を響かせながらゆっくりと開き、黄金と漆黒とを基調とした装束に身を包んだ、ひとりの女性が現れました。


  バクー帝国人の主要民族である、金属系生命体――

 

 背には、豪奢なマントが翻っており、金属の装飾が打ち込まれた重厚な軍靴が、一歩ずつ進むたびに、謁見室の中に“存在”を刻むような音が鳴りました。


 肩に掛けられたケープの留め具には、銀で鋳造された家系の紋章が輝いています。


 ドロレスはメリノー按察官の数メートル前で立ち止まり、装束――戦装束では決してない、優雅で豪奢なドレスのスカートをつまみ、スッと一礼しました。


 按察官の供をしているデュークが、小さく呟きました。


「これが、女海賊……いや、違う……」


 海賊と聞くと「ぶち〇せ~!」と多かれ少なかれ龍骨が囁いてしまうのが生きている宇宙船というものでしたが、その頭目を目の当たりにしたのに、彼は不思議とそのような感情を持ち得ませんでした。


 執政府の要人や、高級指揮官――

 ドロレスの身なりや立ち振る舞いは、それと同等の優雅さを持っているのですから、デュークがそう考えるのも仕方がありませんでした。


「お初にお目にかかります。メリノー按察官閣下」


 ドロレスは実に礼儀正しく、かつ艶やかな笑みを浮かべます。

 それは決して卑しいものではなく、おもねる様な所のないものでした。


「ようこそ、ドロレス・ド・コンコスン男爵殿」


 メリノーは台座の椅子に腰かけながら、穏やかな笑みを浮かべ、そう告げました。

 

「共生知生体連合を代表し、この場にお迎えいたします。

 本日は――いかなる御用向きで、我が旗艦へ?」


 ドロレスはほんのわずかに首を傾げ、仮面の下の眼差しで、按察官の“問いの中の構造”を計るように、こう答えます。


「単刀直入に――コンコスン海賊団は“降ります”」


「……ほう」


 メリノーは、それ以上言葉を継がず、静かに椅子の肘掛けに指を乗せました。

 

 室内の空気がわずかに変わります。

 誰も動かず、誰も息を荒げず、ただ――空気の密度だけが重くなるようでした。


「ではこちらも単刀直入に――男爵、その“降伏”は形式ですか、実質でしょうか。

 貴殿の言葉で、定義していただけますか?」


 メリノーがそう尋ねると、ドロレスは、少しだけ口元を綻ばせ――

 

「形式も実質もです、按察官閣下。

 我々は、これ以上貴官に牙を向けることはございません。」


「ふむ……」


 メリノーは小さく頷き、目を細めました。


「こちらの意図を正しく読んでいただいた……そういうことですかな?」


「ええ、既に力比べは、成ったということです」


 ドロレスの言葉の端々には、“礼を失しない範囲の率直さ”が見え隠れしています。


「ですから、“降ります”とだけ申し上げました」


「それは、貴殿ご自身の判断か?」


「私自身の意志でございます」


「なるほど、でが、この星系の支配者はどのようにお考えか?」


 謁見室のスクリーンにバクーが今なお支配する現星系の概念図が投影され、内惑星に位置する星系首都星が浮かびあがります。


「バクー帝国の有力者――ダマラッシャ宙将のお考えは?」


 メリノーは試すように尋ねますが、ドロレスは笑みを深くしながら、このように返しました。


「おや、ダマラッシャ“殿下”のお考えは、既にお届け済みかと。ハバシなる内通者のネットワークを通して」


「ふむ……本気で帝国に叛旗を翻すおつもりで?」


「はい、腐りきった帝都中枢では、最早、帝国を維持できませんから」


「腐りきった、とはまた思いきった表現ですな」


 メリノーは、わずかに頬を動かすだけの笑みを浮かべました。


「その“腐敗”の中でなお、帝国を支えていたのは、宙将とあなたの艦隊と聞いておりますが?」


「ええ。だからこそ分かるのです、限界が」


 そこでドロレスはスッと片膝をつき――


「我らは海賊……なれどもそれ以上に恒星間勢力としての責を背負ってきました」


 ドロレスはそのまま頭を垂れず、毅然としたまま片膝をついた姿勢で言葉を続けました。


「掠奪、制圧――時に帝都の使い走り、時に星系の沈静化。

 私たちは命じられるがまま、幾多の宙域に赴き、結果を出してきたのです。」


 その声に、誇りと皮肉と、そして一抹の疲れが滲んでいました。


「ですが、帝国はその手で、自らの礎を切り捨てようとしているのです」


 ドロレスはゆっくりと金属の顔を上げ、真っ直ぐにメリノーを見据えます。


「なるほど、後継争いですか。バルドー第一皇子との」


「はい、あの無能では……帝国を統べるのはダマラッシャ殿下を置いて他におりません。

 また、恒星間勢力として正常な帝国を築けるのも。ですから、私はここへ参りました。共生知生体連合に、我が艦隊を預ける覚悟で」


 メリノーはしばし黙して、その眼差しを受け止めていました。

 やがて、静かに口を開きます。


「……見事なご覚悟。では、最後に一つだけ確認させていただきましょう」


「なんなりと」


「それは――誇りを捨てての服属か。それとも、誇りを携えたままの共闘か?」


 ドロレスは即座に答えます。


「誇りを捨てたなら、私は今日ここにおりません。

 誇りを掲げたまま、連合と協働する。それが、我が選択です」


 などと言った会話が流れる中――

 デュークはリリィ教官に尋ねます。


「これってどういうことですか?」


「執政府高官レベルの情報だから、知らなくても当然ね。私もこの任務が始まるまで知らなかったのだけど……」


 リリィが言うには、バクー海賊帝国内の内紛について共生知生体連合はかなり前から察知しており、機を見て介入することは既定事項だったということでした。


「介入って……武力侵攻になりませんか? それって今の連合だとアウトのはずですけれど」


「ええ、先の大戦以来、そう言うことになっているわ」


「海賊帝国って……既にただの海賊を超えた、恒星間国家でしょう? まずくありませんか?」


 海賊討伐を大義名分に武力侵攻を行えば、現在の国是に反する形になりかねない――デュークはそれについて、茫洋とした危機感を覚えました。


 執政官候補生が艦首をしかめるのを見つめたリリィは――


「だから、あとは、彼らに任せるってことなの」


 と、答えました。


「ははぁ、それも既定事項なんですね」


「そう、執政府の思惑通り――拡大はしないけれど、辺境の安定は望む。私達の目的は、ただそれだけ」


「あの、こういうのって」


「老獪って言うのよ。覚えておきなさい」


「はい……」


 リリィはなんとも愛嬌のある顔に満面の笑みを浮かべながら、実にいやらしい声音で断言し、デュークは真ん丸な目の玉をすがめることもなく、ただ事実を龍骨に刻みました。


 そして会談は――


「直接的に介入はできませんが、必要な物資はお届けしましょう」


「後背を気にせず、補給を受けられるならば、問題ありません」


「では、コンコスン海賊団改め、バクー第一艦隊は同盟星系供出戦力としていただきます。ただし、帝国の安定化後でよろしい」


「しかるべく、閣下」


 クライマックスを迎えるのでした。

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