戦火の果てに、扉は叩かれる
「敵艦が退いていきますね」
デュークの視覚素子には、バクー帝国軍の艦艇が後退する様子が映っています。
「火力の違いを理解してくれたようだ……な」
と、メリノー按察官が低く言いました。
「でも、一隻だけ残っていますけど?」
デッカクて真ん丸なデュークの目には、推進の熱源を保ち、軌道を保ち、彼らへ向かってくる――たった一隻のフネも映っていたのです。
「共生宇宙軍の基準で言えば、軽巡ですわね」
メリノーの副官役を務めるリリィが両手をスリスリさせながら、そう言いました。
その艦影には“軍艦”というより、“戦う意思の塊”とでも言うべき異様な存在感があります。
艦腹には鋼鉄のパッチワークが施され、ミサイル孔の隙間には溶接された異種金属の装甲板がくっ付いています。
艦の後部には、正規規格外の推進器が左右非対称に増設されており、軍制下では許されぬ即興的な改修の痕跡がそこかしこに刻まれていました。
煙突状の放熱管には、過去の戦歴を誇示するかのように巨大な焼痕。
艦首には意匠を凝らした金属製の魔除け――
歪みがあり、何度も付け直されたような溶接痕。
文字はすでに風化し、半ば読めなくなっています。
それでも、艦の魂はそこに根を張っているように感じられるようなレリーフが、まるで誇らしげに飾られていたのです。
「なんていうか……幾度も死線を超え、撃たれ、砕かれ――
それでも生き残った“フネ”……そんなコード(龍骨の言葉)が浮かんできますね」
「野蛮にして不遜、だが風格を漂わせていますわね――」
「――なるほど、まさに海賊船だ、な」
司令部ユニットにて会話を行う三者は一様に感銘を受けるようでした。
「あ、プラズマ推進を……逆流させてます」
「こちらに速度を合わせるつもりのようですわ」
軽巡がプラズマをバックブラストさせ、デュークと相対速度を合わせにきていました。
その動きには、攻撃的な加速や回避の兆しはなく、まるで“扉をノックするように”、ゆっくりと、正面から接近してきたのです。
「あれは……接舷するつもりですね」
「ふむ、取りつかれたら、問題かね?」
メリノーの問いに、デュークは間を置かず応じました。
「縮退炉搭載艦とはいえ、軽巡です。取りつかれて至近弾を撃たれても問題ありません。お肌がアチチ! って、なるのは嫌ですけれどね。でも、侵入工作でもされたら、話は別ですけど」
「なるほど、では、彼らはそれをやろうとしていると?」
「いいえ、それはありません。もっと目立たないように近づくはずですから」
「では、彼らは何をしようとしていると思うかね?」
按察官がそう問いを投げかけると、デュークは少しだけ考え込み、こう続けます。
「……交渉だと思います。ステルスもせずに識別符号も隠していません」
「デュークの言う通りですわ」
リリィが手元の端末をいじると、軽巡が流す電波がスクリーンに投影されました。
「データはウイルスの類もなく、暗号化されていない平文ですわ」
「共生知生体連合共通標準語……か」
スクリーンには――
『我、バクー帝国艦隊所属コンコスン海賊団旗艦軽巡洋艦タイモス。指揮官ドロレス・ド・コンコスン男爵の令により、戦闘行動停止中。我に敵意なし。接舷を許可されたし』
粗野さや海賊的な挑発の影もなく、むしろ古風で礼儀正しい、まるで、対話を求めるような、静かなメッセージが映っています。
「ドロレス・ド・コンコスン――か。悪名高い女海賊だな」
「データベースには、すこぶる優秀な指揮官とありますわね」
「へぇ、“帝国の剣先”なんてあだ名が付いているんですね」
バクー海賊帝国は、辺境における敵性勢力として長年通商路を脅かす存在として認知されており、その被害の記録とともに、指揮官たちのデータも蓄積されています。
「どうしましょうか?」
「ふむ……」
「アレは、外交プロトコルにのっとった堂々としたものであり、共生知生体連合と正式な国交がないとしても無下にはできませんわ」
「なるほど……」
少しばかり思案したメリノー按察官はこう続けます。
「では、許可信号をだしてください」
そして数十分後――
デュークの至近に遊弋する軽巡タイモスから艦載艇が、デュークに向けて発進しました。
その艦載艇は、あまりにも武骨な機体でした。
外板には重厚な装甲板が施され、艇の先端には円筒状の装置が長く伸びています。
「強襲用短艇というやつですね。艦の横腹にぶつけて、侵入するためのフネだ」
「それをやりそうな、素振りはあるかね?」
「いいえ。速度とベクトルからみて、普通に降りて来るみたいです。まあ、もしぶつかって来ても、撃ち落とすだけですけど」
デュークは100個のオーダーで近接射撃兵器を有していますから、変な行動を取ったところで、100個のハチの巣をつついた様な有様になるでしょう。
「艦載艇、甲板への接近、最終進入コースに入りました。
ふぅん? 外見に比べて、挙動が“整ってますねぇ”……」
「ほぉ……」
艦載艇の挙動は、その武骨さに反比例するかのように優美で、実に堂に入ったものでした。
その様子にメリノー按察官は「戦の仕方を知ってはいるが、よそさまの扉を叩く方法も知っている、と言うわけか」と、独り言ちたのです。