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威武のかたち

 百機を超える航宙艦載機が放った雷爆撃が、真紅や真白な爆炎を巻き起こしたとしても、そのすべてを、あたかも軽くあしらうように弾き返した超大型戦艦は、毛ほども効かぬとばかりに、どこか余裕を滲ませるように笑い声を上げたのですが――


「あちちちちちちちちっ!」


 実のところ、当のご本人様である“デューク”の心の内は、威厳とは程遠い、どこか情けない悲鳴でした。


「ふむ、笑い声を録音しておいて良かった、良かった。ああ、装甲に傷一つ入っていないようだが、それでも熱いのかね?」


 甲板に設置された司令部ユニットの中、カメラ越しの映像を眺めながら、メリノー按察官は小首を傾げ、涼しい声音で問いかけます。


「そうですよ! あれだけ核融合弾頭を喰らえば、お肌がピリピリ熱いんです!」


「表面だけで、艦体内部にはダメージは入っていないようだが」


 デュークの特殊装甲は、流体金属に近い性質を持つ特殊合金であり、表面で受けた熱を吸収・分散し、ある程度までなら自ら再構成して修復する機能を備えていました。物理的な融解すら“吸熱反応”として利用し、防御と冷却を両立していたのです。


「痛覚は遮断できるのだろう?」


「アレをやるのは緊急事態の時だけで、コントロールが難しいんです」


「ほほぉ、それは初耳だが……ま、なんにせよ計算通り。外から見れば、無傷そのものに見える。これが重要だ」


「まあ、そうですけれど」


 艦外障壁と、特殊装甲により、第一撃はハッキリいって、ちょっとポワワと赤くヒリヒリという被害ですんでいました。


「でも、第二波の対消滅弾頭が来たときは、ヒヤヒヤしたんですけど……

 完全に無効化できてましたね」


「うむ。按察官用の司令部ユニットには、そういう機能があるのだ」


「対消滅って、核融合の千倍もパワーがあるのに……なんでできるんですか?」


「まあ、上代人の遺産を使っているとだけ言っておこうか」


 メリノーはベェェェェと鳴き声を上げながら、さらりとした口調で「上代人の遺産」という異様な重みがあるキーワードを漏らしました。


 按察官が座す司令部ユニット――それは単なる情報処理中枢ではなく、古代種族が残した高次技術の“保管庫”でもあるようで、強烈な戦略兵器をも無力化する手段を内包しているようです。


「じょ、上代人の遺産……って」


「そう、アレだよあれ。まあ、連続使用ができないのが玉に瑕だがね。

 とまれ、他言無用だぞデューク君。なにせ、超・軍・機・密だから!」


「超・軍・機・密……ふぇぇ」


 按察官メリノー・ジュニアはまるで天気の話でもするかのように、事実を平然と口にしました。その言葉に共生宇宙軍規則をサササと確認したデュークは(ひ、秘密を漏らしたら一族郎党打ち首獄門晒し首ぃ⁈)と艦首にヒヤリとしたものを感じました。


「それって……聞かなかったことにした方がいいやつですよね?」


「いや、むしろ知っておくべきだと思うがね。君は執政官候補なのだから」


「最近、なんとなく分かってきましたよ。そうやって、秘密をチラ見せして……引き込むんですね。そっち側に」


 メリノーが何気ない口調で共生知生体連合の最高機密をさらりと明かしてのけたのは、軽率というより、計算ずくの“仕掛け”です。


「だが、それも君が望んだ道だぞ? 君の目標はアレだろ? それで、中央士官学校に入ったのだから」


「……否定はできません」


いい答え(グッドアンサー)だ、いい少年(グッボーイ)だ」


 デュークの目標である共生宇宙軍の総司令官になるということは、すなわち執政官になるということ――

 この頃のデュークは、まだあどけなさを残しつつも、その意味をなんとなく理解しつつありました。


 言い換えれば、自分が「戦う存在」であると同時に、共生知生体連合を「導く存在」として育てられていることを、肌で感じ納得しつつあったのです。


「しかしまあ、うちの子どもたちは、まだ、それがわからんのに、艦齢四歳でそれが分かるか……ふふ、龍骨の民は成長が速いな」


「メリノーさんのお子さんって、一番上のお子さんが十歳でしたっけ」


「ああ。成人するまでには、あと十年はかかるのだ。体は大きくとも、まだ思考が追いつかん」


「うーん、ホント、種族によって成長速度が違いすぎますね」


「そのことも含めて、どう折り合いをつけるか――それを考えるのが、執政官の役割だ……ま、それはそれとして、次が来るぞ、デューク君」


 メリノー按察官は、手にした錫杖の先で虚空を軽くなぞるように振りながら、前方の脅威を示しました。


「視認できるだけでも200隻、それに加えてステルスしているのが100隻だ」


「ええと、この距離だとまずは、重ガンマ線レーザー砲撃がきますね」


「ふむ、どう対処するかね?」


「ええと……」


 デュークは一瞬思考を巡らせ、副脳、そして司令部ユニットに格納された艦載AIたちの助言を受けながら、最適解を導き出しました。


「基本方針は、“撃たせる”です。そして、それをすべて“防ぐ”」


「楽楽と、だな?」


「ええ、楽々と、軽々と――できますよ。彼らの技術水準からして、粒子の収束精度も大したことありませんから。レーザーのほうが、対処が簡単です」


「ふむ……メカロニアの1,000隻からのレーザーを偏向した君だものな」


 300隻からなるコンコスン艦隊が前方を覆う様に半包囲の陣形を敷き、さらに前進を加えてきます。


「完全に頭を押さえられました。集中砲火が飛んできますね……

 あっ、撃ってきました!」


「では、対処をよろしく」


 次の瞬間、視界の端が一斉に白く弾けました。

 三百隻からの重ガンマ線レーザー。


 光速度で殺到するそれらが、艦外障壁に襲いかかり――


「うーん、艦外障壁だけで対処できちゃうなァ」


 バリアをビシバシと叩く重ガンマ線レーザー。そのすべてを、デュークは軽々と弾き返していました。


 これは彼自身が備える強靭な障壁性能に加え、これまで前線で戦っていたナワリンやペトラから提供されたデータ――すなわち、バクー帝国のレーザー波形や照準傾向の“癖”を解析した結果でもありました。


「バリアの癖を読まれるとレーザーが通りやすくなるけど、逆に――レーザーの性質を読み切れば、こっちが弾きやすくなるんですよね。……あっ!」


 レーザーの雨の向こうに、猛烈な加速で接近してくる物体群をデュークは捉えました。


「数は2,000発。弾頭の構成はバラバラだけど、加速パターンからして、主力は徹甲弾タイプ……質量系のやつって、物理的に“痛い”んだよなぁ……」


「レーザーが通じぬとなれば、一転してミサイルへ――

 そのような切り替えは、既にバクー戦術パターンとして確認されていたが、対応が早いな」


「着弾まであと240秒くらいですね……迎撃していいですか?」


 対艦弾道弾は、艦載機が放つ弾頭の十倍以上の威力を持つ。これが千発となれば、いかにデュークといえど、外皮が融け、艦体ごと蒸発しかねない火力です。


「迎撃は構わん。だが、今回の単艦行動の目的を忘れてくれるなよ?」


「了解です。……圧倒的な強さを“見せつける”ことで、威圧――というより、“威武”を示す。それが狙いですよね」


「ふむ、少年戦艦――分かってきたようだね」


「さすがに、中央士官学校の候補生ですから」


 メリノー按察官の言葉に、デュークは龍骨(胸)を張るでもなく、どこか照れくさそうに答えました。


 彼が実際に理解していたのは、按察官の意図する意味の“8割くらい”。

 けれど、それでも大きな進歩です。

 これまでの彼なら「なんとなく分かる気がする」と口にするだけで、そこに自信も根拠もなかったのに、“理由は不完全だけど、方向は正しい”と思えるだけ、戦艦としての本能と経験が、少しずつ結びつきはじめていたのです。


「では、もう少し尋ねる。この行動の意味は?

 反撃もせずに、ただ攻撃を受ける。その意図を――

 執政官候補生として、聞かせてくれたまえ」


「……敵の、いえ、対象の士気を完全にくじくことで、いろいろと分からせる……そういうことだと考えます」


 メリノーの質問に、デュークは凡そノータイムで応えました。


「端的に過ぎるが――正解だな!」


 按察官はベェェェッ! と高笑いします。


「では、分からせてやりたまえ。彼らの鼻っ柱を叩き折って差し上げるのだ」


「はい、ギリギリまで、引き付けて、一撃全弾、綺麗に掃除します」


 と、デュークは口の端をグイッと上げたのです。

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