連合の白い怪物(あくま)
虚空を切り裂く白い閃光――
Qプラズマの航跡が、宙域に一本の“光の裂け目”を描いています。
「……来たよ、リュシタ。あれだ、目視で捉えた」
「あれね……」
早期警戒の任にあるコンコスン一家の末弟パズと末妹リュシタが、光の航跡を肉眼で捕捉しました。
「一航過して、あいつの諸元を掴むぞ」
「ええ、そうするわ」
リュシタは両の手をグッと押し込み、光の航跡を作っている超大型戦艦の鼻づらに機体を加速させました。
彼らは強行偵察を行おうというのです。
それは敵艦からの射撃を受ける事が前提の極めて危険な任務なのですが――
「……おかしい、射撃レーダーが来ないぞ。連合のフネなら、もうロックされてもおかしくないんだが」
「故障ってことはないわよね?」
兄妹が近づいてくることに、そのフネは気づいているはずなのに、対空射撃の素振りも見せません。
「なら、もっと近くまで行ってみるか……
リュシタ、肉眼で見えるところまでたのむ」
「了解、おにーちゃん」
近づくにつれ、超大型戦艦のシルエットが詳細なものになり、機体のベクトルを合わせた彼らはその姿をまざまざと眺めることになるのです。
「デカいな……デカイ白い宇宙戦艦か」
「1,500メートルを超えているんじゃない?」
「目と口がある……生きている宇宙戦艦だ!」
「龍骨の民……ね」
そのフネの艦首には大きな目と大きな口が備わっていました。
全長はおよそ1.5キロ超、甲板には三連装三基の砲塔や、脇腹には巨大な砲が生えています。
「すごい重武装だぜ、これ見よがしの武装と艦体の白――
堂々と進んでくるこの姿……完全に誇示してやがるんだ……」
「存在だけで――
来たって、言ってるみたい。『わたしは来た』って……」
純白の装甲板――
艦体から延び上がる白い放熱翼――
全てが見事に定まったその姿は、異様に“美しく”――
パズとリュシタは、戦艦の姿にある種の畏怖すら感じました。
そのとき――
「っ……こっちを見た!」
「――こっちに気付いているのね……」
艦首の“目”が、ぐりりと動き、兄妹の方を睨みつけてきたのです。
そして、目が向けられたのは、ほんの数瞬のことでした。
スッと視線を外した超大型の龍骨の民は、ただ航行を続けます。
「なあ、どう思う? 無視されたみたいだけど――腹が立たないか?」
「うーん、どちらかというと、感心するわね」
「へぇ、そいつはどうしてだい?」
「だって、この状況で――」
リュシタは視線を戦艦から外して、虚空の一点を見つめました。
「平然としているのだもの」
「……なるほど、確かにそうかもな」
同じく視線を変えたパズの目には――
「いくら重武装だって、あれだけの雷爆撃隊が襲い掛かってくるのにな」
コンコスン艦隊から飛来した100機を超える航宙機が攻撃態勢に入るのが映っていたのです。
「始まるぜ、ちょっと距離をとろう」
「ええ、巻き添えになるのは御免だわ」
兄妹が位置取りを変更するのと同時に、超大型戦艦目掛けて、雲霞の如く、艦載機たちが襲いかかります。
雷撃機、爆撃機、電子戦機が、一斉に突入角を取り、突っ込んでゆきました。
「……なんだ、対空射撃もしないぜ……何やってんだ、あのフネ」
パズが目を顰めました。
「えっ? なんで動かないの?」
リュシタも驚愕の声を上げました。
すぐにでも対策を撃たなければ、雷爆撃の雨あられをその身に受けることになるのですが、戦艦は回避機動もせずに、ただ、直進を続けていたのです。
「……阿呆か、あれは」
「……馬鹿かしらね、あの艦」
兄妹の声に、呆れた色が浮かんだ直後――
先行した雷撃機隊が放った魚雷群が、白い戦艦の左舷に着弾し始め、巨大な核融合の華を咲かせ、青白い衝撃光が艦体を覆いました。
「直撃だ!」
「演習みたいにバカバカあたるわねぇ……」
100を超える熱核魚雷が立て続けにヒットし続け、爆炎とプラズマの奔流が巻き起こる光景に――
「なんだよ、これで終わりか?」
「何をしたかったのかしら……」
兄妹は全く理解が及びません。
「あのフネ、どうなったかしら?」
「多分、溶けて蒸発したんじゃないか? ち、熱線と放射線がセンサを狂わせてる……遮光フィルタを上げて肉眼で確認するしかない」
パズがキャノピーに装備された防護用のフィルターを上げると――
「え?」
爆煙の中から白い艦体が、ゆっくりと姿を現すのが分かります。
「し、沈んでない……」
リュシタが目を丸くして驚きます。
「う、嘘だろ、なんでだ!」
「ま、まるで無傷だわっ!?」
超大型戦艦の表面装甲はほんのりわずかに赤みを持っていましたが、そのほか特段の損傷はありませんでした。
そして第二波の爆撃が始まります。
今度は爆撃隊による対艦重爆雷、そしていくつかの対消滅弾頭による急降下爆撃なのですが――
「うそ、目に見える程の艦外障壁ってありえるのっ!?」
「おいおいおい、全部、弾いた……だと?」
着弾の直前、艦首の“瞼”がすっと閉じられると同時に、ブワリと展開された重力と電磁場の偏向シールドが立ち上がり、数十機による爆撃をいとも簡単にはじき返しました。
艦首の“目”が再び開かれます。
その瞳は、まるで“笑っている”ようにさえ見えました。
そして超巨大戦艦の“口”が、ゆっくりと開き――
|ヴォォォォォォオォォォォォォォオォォォオッン《ハハハハッハハハハハッハハハッハハハ》!
「「……笑ってる、だと……!?」」
宙域全体を震わせる巨大な重力波の波が立ち上り、全てをあざ笑ったのです。
「あれは戦艦なんかじゃない、怪物だ!?」
「れ、連合の白い悪魔……だわ」
宙域の残響として、なおも残る嘲笑に――
パズとリュシタはそれだけを言うのが精いっぱいでした。