幼生期の終わり ~特別な肌~
「なんで、銀色じゃないのぉぉぉぉぉぉぉぉっ?!」
軍艦になれば、キラキラとした金属質の装甲板を持つものだと信じていたデュークでしたが、彼の新しいカラダは艶々とした白色のままなのです。
「ま、まさか僕は幼生体のままなのかぁぁあぁぁっ⁈」
デュークが我を忘れて、大きな白いカラダをジタバタとさせました。
全長1キロメートルを超える“超大型戦艦”が暴れるものですから、ネストの中は大混乱となりました。
艦首をボコンとはたかれたオライオが言いました。
「そのサイズで暴れるない!」
「あっ、ごめんよぉ……」
「まったく、凄い装甲じゃのぉ」
「って、僕の肌、装甲板になってるんだ……」
デュークの肌は真っ白なままでしたが、間違いなく幼生体のものではありません。
その白さは、幼さの名残ではなく――強い力を放ってもいるのです。
「色見はともかく、硬さもあるし随分と厚みがあるのじゃ……しかし、なんというか、ふわっとした感じがあるのぉ……ゴルゴン、ちょっと調べてみてくれんか?」
「ふむ……装甲の表面を調べてみる」
ゴルゴンがクレーンの先を使って、デュークの肌を調べ始めると――
「おや、叩いても手ごたえが薄い……しかも、赤外線やマイクロ波だと、ぼんやりとしているぞ? ふぅむ、可視光以外の吸収率が高いのか?」
デュークの外殻は確かに装甲板なのですが、何かが、他の装甲板とは違っていました。
他の老骨船たちもそれを確かめます。
「ははっ、面白い感触をしておりますぞ」
「固体のようで液体のような感触……これは流体金属が混じっているのかな?」
ベッカリアとアーレイとデュークの肌を触ると、吸い込まれるような感触がクレーンの先に伝わるのです。
彼らの肌はある程度電波や赤外線を吸収し、衝撃に対して反応するしなやかな生体装甲なのですが、それとは少し趣が違いました。
「おい、ゴルゴン、こいつは一体なんなのじゃ?」
「ふむ……特殊な素材が装甲板を形成しているようだ」
ゴルゴンは、こう続けました。
「これは……、私が昔、軍の技術大将だったころに開発していた“ナノ化流体装甲”に似ている……?」
ゴルゴンは「コストが折り合わず量産出来ず……執政府船しか使えなかったものだが……」と呟きながら、デュークのカラダを包む装甲板を眺めて不思議そうに艦首をねじりました。
「ううむ、マテリアルとして食せば、その構造を体内ナノマシンが理解して、真似ることもあるやもしれんが……」
龍骨の民は、ご飯として食べた素材をカラダの構成要素にするのですから、そう言ったこともあるかもしれません。
「だが、一体どこでそんなものを食べたのだ?」
ナノ化流体装甲は非常に貴重なもので、同じ体積であればオスミリジウム――金の10倍以上の値段が付く合金よりも高いお値段がするのです。
ですが――
「……流体装甲ってば、ワシのへそくりにあった、あれか?」
オライオがあっけらかんと言いました。
「なんだ……と? お前、どこでそれを……」
「軍を辞める時に退職金替わりにくすねてきた物資の中に、そんな装甲板があったのじゃ。で、デュークに放り込んだマテリアルの中に入ってたと思うのじゃ。ほんでもって、それがいい感じに影響したのではないかのぉ?」
「なにぬぅ?! お、お前……あ、アレは超がつくほどの軍機密なんだぞ! 軍や執政府にバレたらどうするつもりだ!」
オライオは悪びれもせずに、こう答えます。
「もう10年以上経っとるから、時効じゃろ」
「……なんてこった……特務武装憲兵隊が知ったら、ネストごと検挙されても、おかしくは……」
ゴルゴンは頭を抱え、顔面蒼白になりながら呻きました。
特務武装憲兵隊とは軍の綱紀を正す憲兵隊の中でも特に強力な部隊で、特別犯罪やら大規模騒擾に対して投入される超エリート部隊です。
地獄の番犬、ケルベロス、などと通称されているそれは、泣く子も黙る――どころか、鬼が土下座すると言われるほどでした。
でも、オライオは――
「奴らに何ができるというんじゃ」
と嘯いてから、こう続けます。
「ありゃ、ワシが育てた部隊じゃぞ」
その言葉にゴルゴンがヒクっとカラダを震わせました。
「それに法的にも問題があるというのなら――これはマザーが作った新素材ってことにしとけばよいのじゃ!」
「…………」
「すべてはマザーの思し召しってことで片付ければよい。どうせマザーは何も言わないから問題ないのじゃ。証人のいない立証不能な完全犯罪じゃよ。全部マザーのせいにするのじゃ! ゲハハハッ!」
母星を冒涜するような発言を行いながら哄笑し――
「これこそマザーの思し召し――そういうことにしとけい」
ゴルゴンの背中を「そういうことでええじゃろ、元執政殿ッ!」と叩きました。
「お…………」
これはマザーが作った新素材! これこそマザーの思し召し!
ゴルゴンの龍骨で、そんな言葉がグルグル駆け巡りました。
「……おぅ……」
声をしぼりだした老工作艦は、こう続けました。
「そう、全てはマザーが悪い……マザーのせい……よし、それだ、それでいこう」
はぁはぁと吐息が漏れ、冷却剤の冷や汗やら潤滑油の脂汗が流れていましたが、彼の中で理論武装が完成したのでしょう。
そして多分ではありますが、オライオの放り込んだマテリアルは、ただの契機にしか過ぎなかったのかもしれません。
さて、それまで老骨船の会話をじっと聞いていたデュークが口を開きます。
「あのさ、ちょっと聞きたいのだけれど……」
「何だ、デューク?」
「僕の装甲板って一体なんなの?」
「ああ……レーザーを吸収するから耐弾性は抜群だし、熱耐性もすごい。レーダー波を偏向させることもできる」
「へぇ、なんだか凄そうだね」
「それだけじゃない、爆発や衝撃に対してナノマシンが自動防御する上に、もし損傷したとしても流体部分が勝手に自己補正して穴埋めする機能まであるはずだ」
「へぇぇぇぇ、それが、僕の装甲なんだぁ」
デュークは、クレーンを動かしてペシペシペシと自分の肌を叩きました。
放熱板やクレーンの先で触ると、装甲からはツルツルとした感触が伝わります。
「触り心地もいいね」
デュークは、自分の新しい装甲を確かめ「結構良いかも」と言いました。
「でも、白って目立つよなぁ……軍艦としてどうなんだろ?」
「白は目立つが、戦艦なんてものはデンと構えて、戦場を支配するのが仕事なのだ。目立つ色でむしろ良かったのかもしれん」
「あ、そうか、僕は戦艦になったのだものね!」
「それに、あの大戦艦。
お前の名の元となったあの方も、白色の戦艦だった――」
ゴルゴンはそう言ってから――
守るも攻めるも白金の
浮かべしそのフネ頼みなる
鍛えしその城、共生の
御国の四方を護るべし
「大戦艦……か。さて……」
マーチめいた歌を吟じてから眼をつむり、オライオが引き継ぎます。
「……デューク。それは大戦艦の名前――
さて、お前はその名に恥じぬフネとなれるかのぉ?」
カラダは大きくなったとしてもデュークはまだ無名のフネにすぎません。
彼が大戦艦と言われるためには、軍艦として名を上げる必要があるのです。
「その白き装甲に相応しい、偉大なフネになれますかな?
その大きなカラダに見合った、大船と呼ばれるフネに」
ベッカリアも同じような事を尋ねました。
「共生の旗を掲げ、連合の敵を打ち払う、
強い龍骨を持った、軍艦になれるだろうか?」
「そんなフネに、なれる……かしらね?」
アーレイやタターリアも、その他の老骨船も、同様に言い募りました。
疑問符が付いていますが、
そこには大きな期待が――
大きな希望の色が乗っていました。
期待に満ちた眼差し――いや、信じる瞳がそこにはありました。
もしかしたら、確信、なのかもしれません。
でも、それはデューク自身が成し遂げることです。
そして、老骨船たちからの、想い、を受け取った彼は、
ネストに集った老骨船たちに向かって――
「なるよ、僕、大戦艦にっ!」
快活な笑みを浮かべて、そう、宣言したのです。




