偵察完了、そして最適解
ドクン――
「ガハァッ――!?」
体内ナノマシンが、スイキーの心臓を叩き起こしました。
「一瞬、あっち側が見えちまった……」
突然の加速で生死の境どころか、三途の川を渡りかけたペンギンは「たまったもんじゃねぇ」と思いつつ、戦闘ログを眺めます。
「やつは去ったか……」
彼がJAMと呼称したバクーの戦闘艇の姿はすでにありません。
「長距離射撃――連装5基で、この発射速度……」
彼がJAMを撃退した砲撃記録を眺めていると――
「ペトラ、か」
ヴォンとした重力子の汽笛が鳴ったのです。
「スイキーパイセン、大丈夫~?」
「大丈夫なわけあるか……ズッタズタのボロボロだぜ」
トンデモ加速対策でメカとトリのあいの子状態なスイキーでしたが、相次ぐ大加速でカラダはしっちゃかめっちゃかな状態でした。
「あと、勝手に人の機体を乗っ取りやがって」
「勝手に、じゃないよぉ~“危機的状況における生存優先”ってやつ~!」
「加速でまた、逝きかけたんだぞっ!」
「撃墜されて、アボンしたら蘇生できなくなるより、いいじゃん~」
ペトラはケラケラと笑うのですが、機体ごと宇宙の華になるよりは大部マシというものでしたから、スイキーはひび割れた嘴をカチッとさせクギュルルルルと鳴き声を上げるだけにとどめます。
「ま、礼はいっておくぜぇ」
「どういたしまして、なのだ~!」
「で、戦況はどうだ? こんなところまで、お前さんが出張ってくるんだから、察しはつくがな」
「パイセンが放った隠密偵察機で~、第13惑星までのルートは大体さぐりはついたみたい~」
スイキーが「航宙決戦だ!」とのたまっていましたが、それは行きがけの駄賃のようなものでした。
本来の目的は威力偵察――バクーの戦力を推し量る事であり、星系内に伏せられた仕掛けを探る事で、それらは凡そ完了しています。
「なら、撤退だな。これ以上無理することもなかろう」
「そうだねぇ、パイセンを回収したら、そうするよ~」
「頼むぜ……もう母艦まで飛ばせる気がしねぇ……」
ズゴゴゴゴと飛んできたペトラが、クレーンを伸ばしてトロンBを確保し、機体がカッチリと固定されたのを確かめたスイキーはそのまま意識を失いました。
同刻――
「威力偵察部隊の任務完了、十分なデータが取れました」
辺境パトロール艦隊第10分遣隊――その司令部で、アライグマのリリィが両手をスリスリさせながら言いました。
「ふむ、なかなかに鮮やかなものでしたね。リリィ教官」
「そうですわね、と、言いたいところですが、あれだけの人財をつけたのですから当然です。ルオタとブックメイカーは、閣下の子飼いでしょう?」
「それはそうですが――スイカードも、ペトラ嬢もよくやってくれたと思います」
メリノー・ジュニア按察官が満足気に頷き、リリィは「たしかに」と笑みを浮かべます。
「それから、敵の通信網を押さえました」
「ハバシ准将のラインですな? やはり敵と通じていたのですな」
分遣隊の参謀長であるハバシ准将は辺境上がりの秀才として軍大学まで卒業した人物でしたが、実のところバクーと通じていたのです。
「まさに、辺境は魔境ですわね。他にもちらほらいるようですから、エクセレーネ候補生に探査を継続するよう指示しています」
「遠視や遠耳、通信特化のA級サイキックにして中央士官学校の候補生ですか。将来が楽しみですね」
メリノー按察官は満足気に言いながら、司令部のスクリーンに目を移しました。
そこにはいまだバクーの支配下にある星系の外惑星圏が広がり、敵艦隊の動向や様々な防衛設備が映っています。
「彼我戦力は我らが優勢と言ったところですな」
星系外縁部に取りついた共生宇宙軍の戦力は、いまだ大きな損害を受けてはおらず、ほぼ完全な状態でバクーと戦うことが可能でした。
「はい、現状における彼我の戦力は3:1となっております」
「平押しでも制圧は可能ですな?」
「はい、それは間違いなく、ですが――」
リリィが両手を真っ赤になるまで擦り合わせながら、こう続けました。
「損害無視の殴り合いが前提です」
「彼らも本気のようですからなぁ……」
「しかも、あの第13番惑星――あれは厄介ですわ。大型縮退炉を起爆装置にした惑星規模の質量爆弾のようです」
「……なんとも物騒ですなぁ」
隠密偵察で得られた情報によれば、第13番惑星には大規模な重力傾斜が数か所観測されており、自爆覚悟の態勢が構築されていると考えられていました。
「焦土作戦を取られたら被害が無視できなくなりますねぇ」
そこでメリノーは、白銀の毛並みを撫でつけるように首をひと振りし、沈思黙考の後――
「なるほど、これは打ち手を変えるべきでしょうね。幸い、布石は全て打ち終わっていることですし」
ニヤリとした笑みを見せ――
「見せてあげましょう、私の最適解を」
と言ったのです。