死線への介入
JAMが旋回し――
(殺られるっ!?)
敵機の先端で電磁加速砲が発光した瞬間、スイキーの脳裏にはそんな思考が浮かびました。
このタイミングでの急旋回は考えられないものであり、彼のトリ頭には“生存確率ゼロの予測線”が走るのです。
でも、彼はただそれを受容するようにはできていません。
スイキーはフットペダルを叩き込み、右方向へ150Gの慣性制御された瞬間加速を掛け、手元のスイッチを押し込みます。
するとトロンBの側面で核爆薬が炸裂しました。
超高密度プルトニウム239微粒子を磁場抑制セラミックコンテナで覆われたものが、レーザーにより同期点火され、同時に 極小Zピンチ型収束場が生じ、爆発指向制御されたエネルギーとエネルギー反射材(鏡面フィールド)の反作用により――
結果、機体は空間を“斜めに滑るように”跳ね飛びました。
これらは全てスイキーの、スイキーの意識が“考える”前に実行されていました。
それは本能――トリとして、ただ生き残るための反射なのです。
ギャギィンギィンギィン!
何かが、機体を削る振動――
「くそっ、3発もかっ!」
トロンBは小型フリゲート並の縮退炉を搭載しており、艦外障壁を用いることが可能です。
加えて、機体を構成する装甲板は、衝撃を自己検知すると縮退炉から得られる大電力により金属粒子の位相を変形させ多少の攻撃ではビクともしないハズなのに――
装甲板を突き抜けたJAMの弾体は、トロンBに3発の風穴を開けていたのです。
幸い重要部を抜かれてはいなかったものの、機体のコントロールがほんの一瞬乱れ――
「ここだっ!」
スイキーはそのブレの一点で、更に瞬発加速を掛けて、敵から延びる射線を切り、メインノズルを吹かして乱数加速を開始しました。
カラダを軋ませ、破断するようなそれですが、スイキーはギリリと嘴を噛みしめ、これに対抗します。
「このままトンズラ――くそっ!?」
彼が退避行動に入ろうとしたそのとき、機載AIが後方警戒信号を放ちました。
「追撃されてるだと――なんて、加速性能だ!」
取って返してきたJAMが猛烈な加速で後ろを取ろうとするのが見えました。
トロンBの加速も大したものですが、JAMのそれは段違いのものです。
「ええぃ、モード5――フォックスツー!」
スイキーがトリガーを握り、機体に残った最後の対宙ミサイルを切り離しを宣言しました。
モード5、それは後方にいる敵機に向けての射出法なのです。
トロンBを離れたミサイルは相対速度も相まって、グングンと敵機に近づくのですが――
『敵機、発砲――ミサイル消失』
でも、JAMは、まるで時間を見透かしていたかのように、ミサイルに正対すると、電磁加速砲を一閃させ、破砕したのです。
その光景を、モニタ越しに目の奥へ焼きつけながら、スイキーは――
「くそっ、なんて野郎だっ!?」
JAMの鮮やかすぎる手並みに、罵りの声を上げる他ありません。
『20秒後、敵機、必中域へ』
「ええぃ、奴の前に、フレアを全弾射出しろっ! 目くらましだっ!」
スイキーがそう叫ぶと同時に、トロンBの機体から、熱源カートリッジが連続放出され、対流の無い宇宙空間で、絶対温度4000Kの白色閃光が炸裂します。
「出し惜しみはなしだ、次、チャフディスペンサいけ!」
トロンBの装甲がブワリと展開し、数百万個の微細チャフが“電磁傘”により、まるで、星屑のように周囲に拡散しました。
それは装甲強度を著しく低減させるものでしたが、もはや背に腹変えられない状況なのです。
「これで少しは……」
『敵機――旋回中――再加速開始』
「うげっ、時間稼ぎにもなりゃしねぇ……」
最早絶望的な状況でした。
スイキーに残された時間は、あと10秒。
それが過ぎれば蘇生もできない確実な死が待っているのです。
「へへへ、こりゃ、死ぬな……」
明らかな死線でした。
それでも彼はファイターパイロットです。
「なら、最後は――」
スイキーが確実な死を待つよりはと、機体を反転させようとしたその時でした。
「コントロールが効かない……なぜだっ!?」
スイキーは咄嗟に、オートパイロット機能へ手を伸ばすも――
『緊急介入コード……承認済み』
すでに操縦系統は“何者か”に占有されていたのです。
『機体制御、一時移譲――大加速警報』
「おわぁっ――!?」
トロンBが、爆発的な加速を始め、ものすごい勢いで斜行して、スイキーは死にはしないもののカクンと失神――
その直後でした。
ズギャアアアァァァッ!!
重ガンマ線レーザーが星間物質を焦がしながら、トロンBの側面を駆け抜けていったのです。
それは一発だけではありません。
2発がワンセットになったレーザーが、ドンドンドンドンドンと5斉射。
さらに数瞬の後には、改めて10発が戦域を駆け抜け、JAMの鼻づらを叩く位置に着弾してゆきました。
さしものJAMもこれにはたまらず、という感じで――
重ガンマ線をかいくぐりながら、進路を“巻き戻すように”反転していったのです。