ヘイバーミングで笑うトリ
「マズイ……喰われる……」
スイキーは敵機――JAMのブースターの長大な航跡を眺めながらそう呟き、同時に状況を経験と勘で四則演算し――
「間に合わせる、俺ならやれる――やるしかないッ!」
指揮官としての決断、
パイロットとしての覚悟、
そしてペンギンとしての本能的衝動――かつて存在した天敵――大型海獣が強襲してきた時のご先祖様の記憶が入り混じった――が混然一体となり、
“群れが襲われる、ならば救う”。
という、成すべき最適解に至るのです。
「レディ、スタートッ!」
視界の隅に映るショートカットをタタンタンタン! と、アイクリック。
次いでコクピットの上部に備え付けられた緊急レバーを――ガシュン!
エマージェンシーをコール――
「トロンB、ブーステッドッ!」
同時に、スイキーの乗っているトロンBのAIが即応体制に移行――
コクピットが機体後方、重心中央に移動。
縮退炉がマックスパワーへと移行。
軍用Qプラズマ推進剤が機体各部位へと再配分。
推進機関は量子的力場曲率を150パーセントの効率へ。
概念機関搭載型の翼が所定位置に。
そして不要質量の投棄――
翼下に装備していた対艦電磁砲をパージ。
外付け500ミリ無誘導ロケットポッドを放棄。
モジュール装甲を兼ねるコンフォーマルタンクの八割を放出。
放熱用のブレードアンテナを根元から排除。
観測用偵察ドローンを全放棄。
それらを確認したスイキーは、こう宣言します。
「スイカード・JE・アイスウォーカー、登録番号1234861321312、現時刻を持って航宙規則3号から124号を凍結ッ!」
スイキーの視界が赤く染まり、警告灯が鳴り、脳内通信にビシリッ! としたノイズが入りました。
平素であればやってはいけない事を、やってしまえるという宣言を検知した機載AIがアラートを発しているのです。
でもスイキーの心は、妙に静かでした。
「さぁておっぱじめるか、
これをやると、二三日は動けなくなるが、
知ったこっちゃねぇ――」
そんなことを思いながら、彼は胸部操作パネルをドガン! と叩き、緊急モジュール――ダイヤルを露わにしました。
「第一段階――」
フリッパーがダイヤルを回します。
すると、身体を覆う装甲パイロットスーツ機能がリミットブレイクするのです。
倍力装置が起動し、外骨格構造と人工筋肉スイキーのカラダを支え、耐G性能を大幅に高めます。
同時に、スーツ内に粘性のある冷たい液体が上昇――
足を、膝を、腰を、胸を、頭を、粘性の弾力液体が覆ってゆき、耐Gヘルムを含む全体に浸透し――
――カラダ中の穴という穴から染みこみ、構造的な隙間を満たしました。
呼吸が一瞬だけ止まり、シュパッと強濃度循環への切り替えが行われます。
液体に満たされたスイキーは、さらにダイヤルを回しました。
「戦闘薬、投与」
使用者の身体を一時的に超強化するナノマシン薬剤が、背中から、胸骨から、四肢へと入り込み、肉体が“兵装の支柱”へ変わっていきます。
戦闘薬は筋肉、骨格、循環器系をも強化しつつ、脳関門を超え――
神経系どころか、大脳小脳脳幹という脳機能をまで強化するのです。
「クワカカカカッ! たまんねぇなぁ……」
スイキーは笑いました。
意図的に、笑わなければ、気が狂うような、戦闘薬の投与です。
その上、更にダイヤルが回り――
ビシリッ!
耐Gスーツに仕込まれていた、プラグが展開。
外側ではなく、内側に向かって。
「おぅふ……って、もう痛くもねぇが」
それは脊椎を心臓を横隔膜を――重要な臓器を強制的に稼働させるための“動かなくなって、戦えるようにする”――ただそれだけの束縛装置でした。
そしてスイキーは、スーツのダイヤルをマックスへ。
「まったくたまんねぇな……マシンになるってのは」
一連の流れは、ヘイバーミングと呼ばれる非人道的技術――
生きながら、死ぬような、究極の戦闘マシーンを作り出すための強化技術でした。
そして――
スイキーの視界が白く焼けて、感覚が消え、音が消え、重力も消え――
「我は機体なり、機体が我なり、
“航宙戦闘機トロンB-α、コールサイン:スイカード」
機体と一体となったスイキーの意識に、“敵の気配”が浮かびます。
JAMの存在。
257Gで迫る“空間そのものを歪める機影”。
それが、明確に見えました。
ペンギンは最早ペンギン成らざるものでした。
「スイカード、出るッ!」
スイキーの目が、クワッと開き、虹彩が金属質に反射します。
縮退炉がオーバーブースト、Qプラズマ推進機関が爆熱――
大加速が開始され、その上――
ドカンッ! ドカンッ! ドカンッ!
対艦対空ミサイルを用いた、核融合爆発による核パルス推進が始まりました。
加速度は150Gを超え、180、190、200――
慣性制御装置でも相殺しきれない加速に、スイキーはブシッ! と鼻から紅い液体が噴出するのを感じながら、頭の片隅でこう思います。
戦闘薬を始めとした強化技術は、笑みと言う感情も殺すはずなのに――
「こりゃ、死ぬかもしらん。だが、仲間を護れれば、それでいい。
それでこそ、パイロット冥利、ペンギン冥利に尽きるってもんだぜぇ!
――クワカカカカカッ!」
と、高笑い。
メカとインテグレートされたとしても、スイキーの本質は、群れを護るエースにして、ペンギン帝国の皇子――
すなわち、次期執政官の地位に恥じぬ、不敵な笑みを浮かべる者だったのです。