マジモン接近
「さて……」
スイキーが駆るトロンBを先頭に、共生宇宙軍の100機に及ぶ航宙機が団列をなし、敵艦隊への攻撃位置へ10分のところまで進出していました。
虚空に、推進ノズルが吐き出す蒼白いプラズマが、まるで彗星の尾のように放たれています。
通常であれば、共生宇宙軍の航宙機は、添加剤を用いてプラズマを欺瞞するのが常道ですが、この攻撃にあたっては、先頭を征く戦闘機隊は囮としてそれらを使用していません。
「速度は既にマッハ数十。加速度は40G、機体の慣性制御装置は、良好」
脳内に直接入ってくる、情報フロートを用いて、スイキーは敵味方識別、弾道予測、その機動パターンを読み込みます。
「うまく偵察機は潜り込んでくれたようだな」
ヘルメットに収めたトサカのポジションを直しながら、スイキーは艦隊ネットワークからもたらされる戦術情報を確認しました。
「そんでもって敵さんは……っと、さすがに気づかれてるか」
射撃管制レーダーの放つ電磁波がビシバシと機体を叩いていました。
艦隊レーダーのグラフィックが、明滅する点を何十も描き出していた。
ジャミングを掛けてはいますが、もうそろそろ艦砲射撃が始まる頃合いです。
「もう少しで攻撃位置だぜ。回避運動をかましながら接近して、懐に潜り込んだら、一斉射撃だぜ」
航宙機が装備するミサイルの類では、今の位置からでは、必中は望めません。
当たることは当たるとしても、急所に当てることができないため、臨時追加した装甲を持つ、バクー側に有効打を与えることとができないのです。
「もうチョイ……もうチョイ……」
スイキーがもう少しと思ったときでした。
ビーッ! ビーッ!
接近アラート――
レーダーが高速で飛翔する物体を検知、危険を知らせます。
コクピットの警戒表示が赤く染まるだけではなく、スイキーの視界が一瞬“血の色”へ。
「……くそっ、敵機か!」
スイキーは接近する物体に、明確な殺意を感じました。
それはサイキック能力に近い、直観と第六感が形を成したものでした。
他の情報、機体の挙動などから分析するに30メートル級航宙機がわらわらと向かってきたと認識したスイキーは、判断を迫られます。
「攻撃続行か、否か……」
そんな思考がトリ頭を駆け巡ったのは一瞬の事――
「ミッションアボート! アボート! 全機・全弾オートで射出し、アタッカー・ボマー(攻撃機・爆撃機)は全力で下がれ!」
即断即決、それが彼信条でした。
「ファイター(戦闘機)は、前から来るやつらを足止めするぞ! 全デコイをばら撒け!」
フットペダルを蹴り込んだスイキーは、敵機の進路を抑えるような位置に進出。
続けて大量のデコイ――航宙機がいると誤認させるための小型ドローンの射出を命じました。
「これで、どうにかしのげる……か」
そう彼が思った時です。
戦域をスキャンしていた早期警戒管制機から、至急電が入ります。
「なんだこの機体……加速が、通常の五倍だとっ⁈」
通常の航宙機の加速限界は50G程度、機載の小型慣性制御装置ではそれが限界であり、この部分の技術はおおよその恒星間勢力でも似たり寄ったりでした。
でも、彼が目にしているデータでは――
『257G』の数字を示していたのです。
特定された機体はそれを大幅に超えているのです。
それは、慣性制御装置の限界どころか、物理法則に喧嘩を売るレベルです。
加速に強い龍骨の民だって、龍骨がへし折れるかもしれません。
「こんな加速、眼が飛び出るだけじゃすまねぜ。くそっ、バクーのやつら、高加速に強い金属生命体って聞いてたが、そのなかでもとびっきりに違いねえ」
そう断定したのも束の間、敵機は戦闘機隊の進行方向から、斜めに入るような進路を取り、避退を始めたアタッカーの一団へ向かいました。
しかもその動きは直線ではなく、軌道をへし曲げたような曲線。
機体そのものが空間を“抉る”ように曲がり、相対速度、減速不足、夢にも思わぬ大加速、それらが混然一体となり、攻撃の機会を作りだしていたのです。
「くそっ、加速性能だけじゃねぇ、戦術眼もたけぇ……」
加えて、共生宇宙軍の航宙機はステルス性能がバクーよりも高いのも関わらず、その位置が露呈しているとなれば、感知系のサイキックの可能すらある。
軌道が空間に食い込むような、異質の存在。
加速という物理現象が、“恐怖”として訴えかけてくる――別次元の代物。
「あれは、マジモンの金属生命体のエース、JAM(Just Ace Metal)だッ!」
脊髄反射的に、そう感じたペンギンは、クワッと叫んだのです。