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航宙母艦の艦橋にて

 航宙母艦レイセヲン、その艦橋で――


「航宙決戦……? 艦載機を半分だす、だと?」


 スイキーは手にしていた携帯端末を、ぺしりと軽くたたきました。

 書類は宙にふわりと浮き、やがて無重力のなかで、ゆっくりと回転を始めます。


「……随分と思い切った策をとるじゃねーか、ペトラ」


 ぼそりと呟いたスイキーは、エンペラ・ペンギン族の特徴であるトサカをフルフルと振りました。


「挑発、陽動、偽装――なかなかに面白いですな」


 副官であるブックメーカー中佐が笑みを浮かべます。


「まあ、“戦力の半分”という数字は、ただのハッタリでは済まされませんが」


「艦載機百八十機、その半分か……ここが仕掛けどころってこと……かぁ」


 スイキーは、フリッパーを額に指を当てて、小さく笑いました。


「可能な限り出してやらんとな……そうだな100機……いけますね中佐?」


「そうですな、80機も残れば問題ありません」


「偵察機は数に含めてない数字でしたな?」


「ええ、偵察機は、全20機が、発進準備完了です」


 そこで、中佐は「ああ」と声を漏らしました。


「例の、閣下の試験機は……飛ばせません」


「え、なんで?」


 スイキーが片眉をあげて、ちらとそちらを見ます。


 ブックメイカー中佐は肩をすくめてこういいました。


「……帰還時、乗員が重力制御に失敗して……首、折れてますから。命に別状はありませんがね」


「あ……あれって扱いが難しいからなぁ……」


 スイキーは、ちょっとばかり渋い顔をしました。

 彼の乗機――縮退炉搭載型試作戦闘トロンBは乗り手を選らぶ、悍馬なのです。


「機体に問題はないのですが、扱える乗員がいなけりゃ、飛ばせんか――」


 スイキーは、ほんの少しだけ目を細め、腕組みしてから――


「じゃあ、俺っちが乗るしかないか」


 まるで今日の朝食がトーストだったとでも言うように、さらりとした声で言ったのです。


「……は?」


 艦橋にいた全員の動きが止まりました。

 視線が、音もなくスイキーに集まります。


「指揮官先頭……ですが、部隊の指揮はどうするおつもりか?」


 中佐が「おい、ちょっと待てや若造」くらいのニュアンスで質しました。


 それに対する返事は、笑いでも怒りでもなく――


「中佐にまかせます」


 あくまでも軽やかな一言でした。


「これは指揮放棄じゃなくって、俺っちは、前線で艦載機の指揮をとるから」


 冗談のように聞こえました。

 けれど、そこにあったのは冗談ではなく、本物の覚悟です。


「ちょっとした度胸試し――そんなことは考えていないようですな」


 そう言って、ブックメイカー中佐はふっと笑いました。


「……前線指揮所というわけですな」


「ええ、この先は、結構難しい駆け引きになりますからね。それに適材適所でしょう?」


「なるほど、最適解に近い――」


 最適解を求める――

 他の恒星間勢力であれば、統治機構の中枢に近い要人を最前線送りにするなどとは言うことは考えられませんが、実に共生宇宙軍らしい考え方と言えましょう。


「では……戦隊を構築します」


 中佐は手元の端末を操作し、艦載機の配置をサラサラと決めました。


「へぇ……ファイターとアタッカー、ボマーの比率が1:2:2……か」


「とことん、やりましょう。ハッタリじゃなく、敵に打撃を加えるのですよ」


 ブックメイカーは、「倒してしまっても構わんのだろう?」と言わんばかりの笑みを浮かべています。現役パイロット時代の彼は『狂犬』と呼ばれるほどの、積極的な男として知られていました。


「いいね、いいね! 実にいい!」


「ただ――忘れては困りますぞ」


 ブックメイカー中佐の声が、一拍だけ低くなりました。

 先ほどまでの軽口がすっと引き、代わりに軍人としての鋭さが滲み出ます。


「敵の航宙機が上がってきたら、さっさと逃げてください。取っ組み合いになれば、無視できない損害がでる可能性があります」


 中佐は続けます。


「艦艇の能力は判明していても、航宙機のそれはわかっておりません」


「魔改造レベルの機体がいるかもってことですな?」


 これまでの海賊行為から分析して、共生知生体連合の航宙機の方が高性能であるとされていますが、採算度外視スーパーバリバリピーキーチューンの機体であれば、互角か、それ以上のものがあもしれません。


「それに辺境には、連合のパイロット以上の凄腕がいるのです」


「凄腕……」


 言葉に詰まるような、妙な間が流れました。


「ヤベェのがいるって話は聞いてますがね……思念波能力にたけた……そう、未来予知を持ったパイロットとか」


「ええ、因果律を操作して、必中してくる奴とかが……ね。稀によくある話です」


 通常の三倍で迫ってきたり、当たり前のように置きバズーカをしてくるようなエースがいたら大変です。


 スイキーも、なかなか大した腕前ですが、異能生命体的なそれに出会ったら、どうにもならないのです。


「ご自分の血で“むせたくない”なら、ご注意を」


「ん……気をつけますよ。可愛い後輩のフォローとはいえ、それをやったら本末転倒だし」


 そしてスイキーはふう、と小さく息を吐いてから――


 軍人らしく敬礼をひとつ。


「現時点を以て、部隊指揮権をブックメイカー中佐に委譲します。

 ユーハブコントロール――」


「――アイハブコントロール。しかと承りました」


「じゃあ俺っちはちょっと、出撃の身支度してきますね」


 スイキーは小さく頷き、踵を返しかけてから、ふと足を止めました。


「……あ、そうだ――」


 なにかを思い出したように振り返ったとき、

 それを待っていたかのように、ブックメイカー中佐が言いました。


「――帰還後に、葉巻と酒を、用意しておきます」


 スイキーは、思わず鼻で笑い――


「酒の銘柄は――龍骨バーボンで、願います」


 軽やかな足取りでペタペタ格納庫に歩を進めたのです。

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