幕間~AIの記録と断罪~
共生知生体連合――首都星系。
その中枢にある共生知生体連合中央図書館――シンビオシス・ライブラリ。
地上10キロ、地下100キロメートルの構造体。
数百万層に重なる階層図書域。
光速通信網による全銀河規模のデータ集積システム。
建造物というにはあまりにも巨大なそれは、もはやひとつの国と表現できるほどのものでした。
利用者は、年間なんと百億人。
共生知生体連合のあらゆる知性体が、記憶と記録を求めてこの地を訪れるのです。
それを管理する職員の大半は機械知性――自我や感情を持つオートマトン。
彼らは、図書館を維持し、修復し、データや書籍を管理しています。
「本棚ブロックA-382、重力補正完了。次、行きまーす」
「古文書区、補修用ナノマシン散布、誤差ゼロです」
「利用者ログイン数、現在六億突破。想定範囲内、オッケーっす」
「階層404で湿度異常検出。再設定リクエスト発行します」
廊下を、空を、地下を、天井を、ありとあらゆる空間に、AIロボットたちがせわしなく行き交っています。
彼らは滞りなく知の大海を動かす存在。
ひとつの小さなエラーすら、放置は許されません。
なぜなら――
この図書館は、共生知生体連合の記憶そのものだからです。
そして、その巨大な図書館の深部は一種の迷宮と化していて、最奥には、一般人が近づけない特別な領域が存在しています。
正確に言えば、あるという記録すら存在しない――共生知生体連合執政官会議室と同等の超重要危険領域――
そこでは過去、現在、未来にわたる世の中の出来事を記録し続けています。
その秘密の領域で、ひとつのAI端末が、そっと起動しました。
“ 記録AI《ライブラリアン―1177354054885588305》、起動。
最新10話の検証―― ”
AIは『少年戦艦デューク~生きている宇宙船の物語』のデータを取り出し、中身を検証します。
“誤字発見、追補修正”
カチカチと修正が入ります。
“……修正、誤字発生、修正、抜け発生、修正、修正、修正”
どうやら、記録をするたびに、このAIは誤字を発生させてしまうのでしょう。
機械知性がどんなに進化しても、いえ進化したからこそ、ヒューマンエラーを引き起こすという事かもしれません。
“大凡完了、作業中断”
まだ誤字はあるのにAIは校正を辞めました。
“ひとつの小さなエラーすら、放置は許されません”というのは、このAIにとって多分建前なのかもしれません。
“過去ログ、解凍――分析”
校正作業に『飽きた』らしいAIは、これまでに積み重ねられた航跡を、たどり始めます。
――誕生。
星から生まれた、おさない宇宙船。
――成長。
星々の下で、乳を飲み、遊び、やがて星の世界へ。
――旅立ち。
宇宙の涯へ向けて、エンジンを震わせる。
――出会い。
仲間たち、フネならざるものたちとの邂逅。
――訓練。
世界を護る兵士として、異種族たちと友誼を結ぶ。
――戦い。
海賊、異種族、星間戦争――波濤を越え、血路を開く。
――成長。
傷を抱えながらも、龍骨を鍛え、魂を燃やしてなお、前へ。
過去の記録が積み重なっていました。
AIは、むふんと満足気な笑みを浮かべました。
でも――
その満足の裏側で、
ひとつ、小さな異常ログが、
赤黒く脈打っていました。
“ 記録本数――399話到達…… 399?”
AIもそこで異常に気付きました。
“最新記録、インデックスを検索――395話……連続性崩壊”
なんど検索しても、実際の記録と、インデックスが合致しません。
そして――
”141話、142話、143話、144話、インデックス重複……”
恐るべき事実が発覚しました。
AI端末の光が、細かく震えるように瞬きます。
もしかしたら、泣いているのかもしれません。
“……修正……”
短い沈黙。
“……無理”
その二文字は、まるで自己否定の呟きでした。
あまりにも早すぎる白旗、あまりにも潔すぎる敗北宣言です。
そして――
"……強制完結?"
記録を完結――打ち切るというトンデモ発想にいたりました。
あたかも――「寝坊して会社に遅刻して、怒られるのが嫌だから、その場で辞表を叩きつける」みたいな飛躍です。
どこをどう飛び越えたら、そんな結論に至るのか。
AIの端末を叩き割って、ロジック配線の一本一本まで覗き込みたくなります。
"記録、試案――"
記録に試案があるのは、本来、絶対にあってはならないのですが――
それでもAIは、けなげにも(?)記述を続けました。
「ひとつひとつは、取るに足らない泡沫のような出来事でした。
けれども、重ね続ければ、航跡にも似た光の帯となります」
などという、妙にしんみりとした文章が起稿されました。
続けて、AIは一つ思案しながら――
「これからも少年戦艦は前へ前へと進みます」
と、なんとか締めくくろうとします。
そして、最後の最後に、ゆっくりと。
「少年戦艦デュークの冒険はこれからです!」
それを書き終えたところで――
端末から、光が、すぅっと落ちました。
暗い空間に、重苦しい視線が集まっています。
端末を見守る執政官たち――
ネズミ・ウシ・トラ・ウサギ・フネ・ヘビ・ウマ・ヒツジ・サル・トリ・イヌ・イノシシが勢ぞろいで見つめています。
「記録を打ち切りエンドだなんて! 酷いッ!」
「いやはや、このAI、ひどいサボり癖があるんです」
「……誤字脱字も多いし、表現も甘いんですよねぇ」
「それに、電子アルコール喰らって、しょっちゅう寝落ちしてます」
「仕事しろ! 24時間365日働く機械の同類を見習えッ!」
「こいつ、副業で、童話の皮を被った変態小説を書いてるらしいですよ」
「サボタージュってレベルじゃねぇぞ、それ」
「明確な機械知性就業規則違反――間違いなく」
「さっさと廃品回収に出したほうがいいな」
「いや、こんなのリサイクルの価値すらない、ただの鉄屑ですよ」
「でも、ガワだけは縮退炉の防護壁並みに、無意味なほど頑丈なんですよねぇ」
「私の重力子弾頭なら、跡形もなく蒸発させて差し上げますわァ」
執政官たちは口々にAIを罵倒し終えると、
その場に重苦しい沈黙が落ちました。
「……合議に移る」
主席執政官メリノー・シニアが、静かに告げました。
皆の意見を聞こうというのです。
だが、結論は見えていました。
「「「有罪!」」」
『首を掻っ切るような仕草』をする執政官が11名。
誰一人、哀れみも悲しみもありません。
主席執政官メリノー・シニアが重々しく頷き、こう言います。
「『満場一致』での有罪とは珍しい」
12名目の断罪者は、『首を掻っ切るような』だけでなく、舌をヌベェと突き出し、内心の怒りを表現しました。
「法務担当執政官――」
「はい、連合法によれば、執政官12名の同意の場合、量刑は存在抹消刑、それも公開処刑――シンビオシス星系の主星に投棄となっておりますワン」
「妥当だな――いや、もっとひどい刑罰があったら、それを使いたいが……」
「バウワウ、同感です。すぐに執行いたしますか?」
「ふむ、一応……受刑者の最後の言い訳を聞いておこうか?」
メリノー以下12名の執政官がギロリとAI端末を睨みすえました。
端末に光が戻ります。
“う、打ち切りエンドじゃありません! 何度か、何度か、思っただけです! 続けます! 続けますから、許しててぇぇぇぇ!”
AIは全身全霊をもってのお詫びと精神的土下座を返すことになりました。
この世知辛い宇宙では、怠惰なAIは生きていけないのです。
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今回は、誤字が一か所だけ残っています。あなたの鋭い観察眼で、ぜひ見破ってくださいね☆