誕生! 後編
「いだだだだだだ! 腕が痛いのじゃぁ――!」
「ははは、指先が変な方向に曲がっていますぞ……ひはははっ」
「こ、こ、龍骨(腰)が抜けたっ!」
「み、皆さん大丈夫ですか――――?!」
老骨船達は少なからぬダメージを負って口々に痛みを漏らしています。
まだ若い方の老骨であり多少の損害で済んだアーレイは、そこで「はっ!」と天井を見上げました。
「なっ、なんてこった。幼生体が天井にぶつかってる!?」
「ぬぅ、速度がありすぎて、上に突っ込んだのか……でも、大丈夫じゃ! 幼生体を包む保護膜は連合基準のアーマークラスに換算して9もあるのじゃ! もしかして10はあるかもしれん!」
「う、うむ。防護膜の中に衝撃を吸収するジェルも入っておるのだ」
「そ、その膜が……溶けていますぞ……」
「なにぬっ?!」
ハラハラと降り注ぐ保護膜が、まるで天使の羽のように宙を舞っていたのです。
「あ、幼生体が落ちてきますぞ⁈」
「う、受け止めるのですぞ!」
「ちょい右ちょい、左、ようそろ――」
「さぁ、バッチこい!」
幼生体を受け止める態勢が完成します。
同時に、おじいちゃんズは幼生体に向けて電波測定を行いました。
「損傷は……なさそうですが、なにか違和感を感じます。あ、測距データがめっさおかしな数値になってる」
「衝撃で眼が歪んでしまったのでは? 老眼かな? うん、こっちらも遠近がおかしくなっておりますぞ」
「老眼でも、電波を使えば遠くの物はそれなりに見えるじゃろがい……あるぇ? やっぱおかしい、おかしいのじゃ」
「ああ、おかしいな。幼生体は最大でも45メートル位――」
彼らの目の前で、降ってきた幼生体がズドン! と音を立てて着地しました。
遠近が狂って、取り落としたのです。
「うわわわわあっ! 落としてしまいましたぞ!」
「でででで、でも、大丈夫そう? というか、これって――」
「ひゃ、100メートルもあるのじゃっ……!?」
「小柄な大人のフネ位ある……だと!?」
どう見ても、普通のこどもではありません。
あまりにも大きすぎるそれを眺めた彼らは一様に絶句するほかありませんでした。
それもそのはず、ニンゲンでいえば、1メートルの赤ちゃんなのです。
「こんな時、どうしたらいいじゃろか?」
「わ、私に聞かないでくださいよ!」
「そうだ! ゴルゴン老ならどうすれば良いか知っているはずですぞ! この方はネストの長老的存在にして、経験豊かな常識船、そんでもって連合でもヤッベェ政治的存在をやってたフネなんでしょ!? さぁさぁ、早く教えるのです!」
「えっ?! いやまぁ、そうなんだが……」
ゴルゴンはパニックに陥ります。
どんなに凄いフネだって、いえそうだからこそ常識が通用しない事態にはいったん頭がパニックになるのものです。
でも、そうはいってもゴルゴンはやはりそれなりの経験を踏んだフネであり、冷や汗を流しつつもこう言いました。
「いつもと同じようにするのだ……」
ゴルゴンはいつものように幼生体のおしりをピシャリと叩こうとします。
それで産声をあげるのが幼生体というものでしたが――
「アダァッ――――!?」
ゴルゴンの手は、幼生体の体に触れる前にビリっと弾かれました。
「な、なんと、この子は、すでに艦外障壁が発生しておるぞいっ?!」
それは電磁波と重力波を用いたバリアで、レーザーを弾いたり、デブリ避けに使ったりします。
でも、普通は産まれたばかりの幼生体にある機能ではありません。
「そんな出力は幼生体に有るはずがありませんからな――――いだぁっ?!」
ベッカリアが手をのばすと彼の手もピシン! と弾かれることから、幼生体のカラダには電磁波と重力波を用いた障壁が確かにあることがわかりました。
「なんて子どもだ、産まれた時から艦外障壁を使えるなんて……このカラダのサイズからして、強力な熱核融合炉が機能している。そして無意識に発生させているのか、そうとしか考えられん」
ゴルゴンが見たところ、幼生体が主として持ち合わせているエンジンの出力が高すぎて、その上無意識に艦外障壁を発生させているようでした。
「つ、次は私がやってみます!」
おじいちゃんとしては若手のアーレイ、しかし軍艦として修羅場をくぐった猛者である彼が「えいっ!」っと、強めにクレーンを振るえば子供の障壁なぞ――
「うげげげげげげげっ⁈ は、弾かれた……う、嘘だろ……」
ビキビキビキ――――! と艦外障壁が干渉しあうだけでした。
「むぅ、まずい、これでは龍骨が起動せんぞ」
ゴルゴンが言う通り一度ピシャリとお尻を叩かないと、幼生体の龍骨が正常に起動しないのです。
「なら、頭じゃ! 頭を使って解決じゃ!」
「頭っておい、お前、まさか――」
ゴルゴンが止めるのも聞かず、オライオは縮退炉の熱を上げ、舳先に電磁波と重力波を集中させます。
「うおりゃぁぁぁぁぁっ! 艦外障壁全開ぃ――――」
オライオは舳先を正対させて幼生体のバリアにぶつけます。
バリバリバリバリ――――! 艦外障壁同士が干渉しあい、激しい火花が飛び散り、さらには隙間に舳先を差し入れながら――
「バリアにはバリアじゃ! 衝角攻撃じゃぁ!」
ドゴン! という凄い音がしました。
すると――
「あ、目が開きましたよ!」
オライオの舳先がちょっとだけ当たった衝撃で、ようやく幼生体の眼がパチリと開きました。
目を開けた幼生体は眼をキョロキョロと巡らせて、「?……」という感じで艦首を傾け、老骨船たちの姿を眺めてきます。
「あれ……? 全然、泣き出しませんよ」
「多分、大人しい子なのですぞ」
普通はここで「ぴぎゃぁ!」と泣き出すのが幼生体ですが、泣きもせずにクリクリとした目を動かすだけで、なにかモゴモゴと口を動かすだけでした。
「なんじゃぁ、なにか言いたげに口をパクパクさせておるのぉ? ん~~? どうした、どうした。ほぃれ、じいちゃんに何か言ってみろい」
オライオが、ほんとうに優し気な口調で幼生体に船首を近づけました。
すると――
「びぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「ぎゃぁあぁぁ、狭帯域連続波妨害ぃ⁈」
「ぐげっ、広帯域雑音妨害……だと!」
「周波数掃引妨害ですぞぉぉぉぉぉ! ガハァッ!」
「のげぇ! 電磁爆雷――――!?」
幼生体は溜め込んだパワーを泣き声に変換し、それが強力な電波となって老骨船の感覚機器を直撃したのです。
「ぐぉ…………こいつは軍隊時代でも味わった事がないレベルの電磁波だ! よ、予備センサ稼働――――、ぐぇ、ほとんど死んでる」
「はぁはぁ、な、何て元気な泣き声なんじゃ! すっごく、効いたのじゃぁ。視覚素子のネジがいくつかぶっとんだぞい……」
「ああ、なにも聞こえません、見えないのです。現役時代はジャミングなんて受けたことはほとんどないのですぞ……」
「私の視覚素子はもう感度が落ちてるから大丈夫……でもないな、イタタタ」
電磁波を感知するための視覚素子、目であり耳でもある器官に一時的な異常をきたした彼らはそれぞれの歳とフネの種類に合わせた感想を漏らしました。
「とにかく。あやしてやるのじゃぁ……」
幼生体はまだまだ元気に鳴き続けています。
「よしよしよし」
「どうどうどう」
「オライオさん…………それはウマの……まぁいいや、なでなでなで」
「ううむ、見た感じは幼生体そのもの――ポンポンポン」
なで甲斐のありすぎる大きな背中をポンポンと放熱板で叩いていると、幼生体は次第におとなしくなってきました。
「はぁ、この子ホントに幼生体ですかぁ?」
「鳴き声は間違いなく幼生体じゃなぁ」
「見た目は幼生体ですぞ」
「ふむ……ともかく――」
ゴルゴンは、「まずはこの子の名前を考えねばならん」と言いました。
「では……アーレイ、お前が引退してから初めての子どもだ、何か案を出してくれ」
「ええ……それでは――ライオン、モナーク、エイジャックス、センチュリオンとかはどうでしょうか。リヴェンジ、レゾリューション、ラミリーズ、オーク、ネルソンなどもいいかと思いますね」
「それは戦艦の名前だぞ。まぁ、なんとなくそれでよい気がするが……」
「では、メリー、ソブリン、エリザベス……などはどうでしょう?」
「それは巡航戦艦の名ですな。しかも女性形、この子は男の子ですぞ」
ベッカリアは幼生体の電波の質、カラダつき、眼のカタチなどから「この子は男の子」なのだと言いました。
「ふぅむ……何が良いかな? どれもピンと来ない」
たくさんの子どもを取り上げてきたゴルゴンが龍骨を捻ります。
そんな時、オライオがこんなことを言い始めました。
「なぁ、ワシに一つ考えがあるんじゃ。夢の中で……久しぶりにあのデッカイ戦艦の爺さんに出会ったんじゃが――」
オライオが夢の中で出会った大きなフネの事を皆に話します。それは他のフネもしっている、身内のフネでした。
「現役時代より老骨時代の方が長いという極めて稀な長寿のフネでしたな。私もお世話になりましたよ。120歳まで生きたとか、なんとか」
「違いますな。私の子どもの頃に老骨船だったのだから……先の大戦時に逝った時は、125歳位ではありませんか?」
「もっとじゃろ。ワシの爺ちゃんだからのぉ。130歳ではないか?」
「いやいや、私のオシメを変えてくれたのだ……とすると、140歳近くまで生きたのか……?」
龍骨の民の寿命は結構長生きですが120歳を超えることは稀ですから、彼らの言うフネは相当に長寿の龍骨の民だったようです。
「それに、最後まで矍鑠としていたそうですねぇ」
「まったくあやかりたいものですな」
「死に目に会えなかったのが残念だな……」
「で、夢の中の爺さんがな、産まれて来る子に我が名を与えよと言ってたのじゃ」
オライオは、夢の中で再会したフネが、自分と同じ名前を付けろと言ったのだ、と皆に告げました。
「大きなカラダに長寿を得たフネの名前か……」
「なるほど、それはいいかもしれませんぞ」
「私は、否定せんよ? 運命ってやつかもしらん」
「皆がそういうのなら、それでいいんじゃな?」
ゴルゴンもアーレイもベッカリアも異論はないようです。
そしてオライオは、久方ぶりに産まれた子どもの名を口にしました。
その名も”デューク”。
この物語の主人公の名前なのです。