威力偵察 その10
砲撃戦が長期化する中、共生宇宙軍の猛攻によりバクー帝国艦隊の前衛がじわじわと削られていゆきます。
「……見た目より抵抗が薄いですな」
「これは、このままいけちゃうかな~?」
戦闘を続けていると弱りきった――バクー帝国艦隊がついに後退し始めました。
「あれ……これって~!」
「ええ、あきらかに意図的なものです」
誰が見てもわかるほどに、バクー側は見え透いた撤退行動を取っているのです。
「“示弱”ですな」
ルオタ少佐が言った言葉、示弱とは、敵対する相手に対して、「わしはもうだめだで……」みたいに見せて油断させるとか、協調や助けを引き出すために「弱ってます」アピールする時に使う戦術です。
「つまり罠があるってこと? 十面埋伏の計とか、釣り野伏せみたいな~?」
中央士官学校で得た知識をペトラ披露します。
十面埋伏の計とはその名の通り、四方八方から伏兵が潜んでおり、敵を包囲する状態を指す言葉です。
また釣り野伏せとは、偽装退却によって敵を誘い込み(釣り)、伏兵を使い(野伏せ)、側面から挟み撃ちにする戦術です。
「はい、いいえ――」
ルオタ少佐は、肯定も否定も含んだ曖昧な返しで、語を継ぎました。
「罠はあるかもしれません、しかし“無い”かもしれないのです。いいえ、多分ないでしょう――その意味はわかりますか?」
「それでも、あることを前提に進まないといけないってこと~? そうなると~時間を無駄にちゃうよね~」
「ご賢察ッ! 敵の意図はそれです。時間を稼ぐのが目的なのです」
ルオタ少佐が言うには、なにもしなくても、実質的な遅滞防御が、遅延戦術ができてしまうということでした。
「実に無駄がない……なんとたちが悪い戦術を取るものだ……これはまいった」
「あぁ~空城の計みたいなものか~!」
それは自分の城を空っぽに見せ、敵の警戒心を誘う心理戦です。
圧倒的に強い敵に対して、奇策を用いることで、敵の士気を挫き、勝利を掴むための戦術――それを艦隊戦で行っているのです。
「合せ技というところでしょうな」
「はぇぇ~~」
ペトラはそこで龍骨を少しねじり――
「もう、帰っちゃだめ~?」
と言いました。
「それも一つの手段ですな。ですが、この先の第13惑星――敵の前進基地があると思われるそこの偵察が十分ではありません」
「威力偵察の目的を果たせないってことかぁ~」
「はい、おそらくですが、あそこには敵の基地というだけではなく、“強力ななにか”があると推察します」
ルオタ少佐は、外縁部からの撤退が整然としていたこと、それも共生宇宙軍をおびき寄せるようなものだったことを理由として、そう結論付けました。
「本隊が本格的に前進するまえに、少なくともその片鱗だけでも押さえないといけません。リスクがあまりにも高すぎます」
「ふむふむ~」
「主導権を握られた形ですな、敵将は相当に切れ者です」
敵から主導権を奪いそれを維持することは戦術でも戦略でも重要なことです。
主導権を握った側は戦場の流れをコントロールし、次の一手を優先的に打つことができるのです。
「なるほどねぇ~~!」
ペトラはうんうんと艦首を振って同意しました。
そして彼女は龍骨をねじり少しばかり考え込みました。
自分の中にあるなにか――多分ご先祖さまとか、副脳とかと会話して、最善の方法を探っているのです。
そしてしばらくすると――
「……………じゃぁさ、ここでお弁当食べよう~!」
と言いました。
「お、お弁当――つまり戦場のど真ん中で補給を?」
「うん、お腹へったし。ちょうどいいかなって~!」
ペトラは「腹が減っては戦どころじゃないもん~!」とのたまいました。
「ふむ……しかし今回は威力偵察――補給船などは帯同しておりません」
「ああ、そうだよねぇ~お弁当食べたかったのにぃ~~くぅぅぅ~~!」
なんとも悔しそうな表情をするペトラです。
「ねぇ、ルオタ少佐ぁ、ボクお弁当たべたぁいよぉ~! なんとかして~!」
そのへんのコンビニで買ってきて~! というくらいの口調で、ペトラは補給を要求するのです。
なんという無茶振りでしょうか、ルオタ少佐が「そんなの無理無理」と言うのが目に見えているのに。
だけど少佐は「……ふむ」と頷いてから、こう告げます。
「わかりました。用意しましょう」
「わぁ~い! さっすがルオタ少佐だ~!」
少佐が補給を用意するといったので、ペトラは大歓喜しました。
そして少佐は――
「ただし、空弁当ですが」
と言いました。
学校に持っていったお弁当箱を開けてみたら、中身が入ってなくて残念――そんな身のない、物悲しいものを用意するというのです。
これにはペトラも大激怒! と思いや――
「うんうん、それでおっけぇ~! さっすがぁ~!」
と、笑みを浮かべて喜びを顕にしていたのです。
これは一体全体どういうことでしょう?