威力偵察 その7
不穏な空気を帯び始めたモンテ・デ・ラ・グランハーダの軌道から数光秒の位置でドロレス麾下の艦艇群が、まるで獣の群れが集まるかのように次々と姿を現し集結しつつあります。
それらは重巡洋艦以下、機雷母艦、陽電子迎撃フリゲート、ステルス対応の電子偵察支援艦など多種多様な艦艇が、厳重な統制のもとあらかじめ定められた精密な隊形をぴたりと保ち、その威容を宇宙空間に示していました。
その構成は最早海賊と言ったものではありません。補助艦までそろえているのですから、完全に恒星間戦争に対応した軍隊と言っていいでしょう。
さて、その中央――コンコスン海賊団の誇る旗艦、“ブラック・タリスマン”の艦橋では――
「しかしいい度胸だねぇ。敵地でこんな無茶をやるとは」
ドロレスは艦橋の前方スクリーンには、赤外線スペクトルを乱すように微かに光る敵影を睨んでいました。そこから飛んでくる鋭く発せられるレーダーパルスの照射の波形は探査が本格化していることを物語っていました。
「だが、こいつを野放しにしておきゃ、帝国全体の威厳に関わるさぁねぇ!」
「まったくだねママ。それでまずは正攻法でいくのかい?」
肩肘ついた姿勢で尋ねたのは長男シャルルです。飄々とした雰囲気を纏いつつギラリとした戦士の瞳を見せています。ドロレスはそんな息子をちらりと見やると、唇の端を釣り上げ、挑む者の笑みを浮かべました。
「まぁ、最初はそうするつもりさ」
彼女はそう答えたあと、少しだけ視線をスクリーンから外し、再び艦橋全体を見渡してこう言いました。
「他にも色々と手はあるさぁ。例の秘匿兵器の使用を許可されてるしねェ。現場の判断で好きに使っていいってさぁね――さすがはダマラッシャ閣下だ、気前がいいねェ!」
それは決して虚勢ではなく本気の笑みでした。ドロレスは既に策を幾つも持っている様子です。
さてバクー側がそんな様々な策を巡らせているなど露知らず、共生宇宙軍の威力偵察部隊指揮艦はペトラは――
「まだみえないねぇ~もっと近づかないと出てこないかなぁ~?」
ペトラは無線通信を通じてルオタ少佐と話していました。艦隊ネットワーク上の彼女の声はやや気の抜けたように聞こえるものの、その背後には緊張感が薄氷のように張り詰めています。
「そのようですな。敵も容易に姿を見せようとはせんでしょう」
ルオタ少佐はいつもと違って穏やかな口調で返しながら、視線の先はレーダースクリーンに睨みます。
「しかし、戦闘に入っても指揮”艦”先頭ですかな? 私としては下がっていただきたいところですぞ?」
「いいんじゃん、後ろはルオタさんに任せてるんだから~~!」
ペトラは、自分の直掩部隊となる巡洋艦群の指揮を完全にルオタ少佐へ委譲していました。これからの交戦では、戦況の変化に即応できる体制こそが命運を分けると見抜いての判断でした。
「まぁ、私達はあなたについてゆくだけですがね」
そう語る少佐の表情にはどこか誇らしげな自信が覗いていました。それは軽薄なドルオタ的ふざけた振る舞いはもうすでになく、軍人としての冷静な判断力と実行力を誇る、戦場の男の顔――これも彼の一面なのでしょう。
「――っと、先行した偵察機から入電、敵の反応をキャッチしたそうです」
「やっと来てくれたねぇ~! どんなんが来てる~?」
艦橋の前方ディスプレイに表示されたのは、150隻を超える敵艦の航跡でした。ペトラ達の前方を堂々と塞ぐように進んできています。
「わぉ、頭を押さえられちゃうねぇ~~」
「このままいけばそうなりますな」
このままの進路を進めば半包囲されることが明白でした。ペトラは艦首を少し傾げ、思考の深部に沈み込むように龍骨を捩じってから、こう言います。
「これって、やっぱり集中砲火を狙ってる~?」
「ええ、火力の不足を戦術で補おうということでしょう。相手もこちらの艦載火器を熟知しているはずです」
バクー帝国製の重ガンマ線レーザーは共生宇宙軍よりも劣るものもあるのですあが、指揮と統制、そして火力集中の戦術運用で差を埋めてくるという事でした。
「どうしようかなぁ~? まっすぐ進めば叩かれちゃうし~?」
「機動力で左右どちらかに展開して、射線を集中させないようにする――ですが敵もそれは予測しているでしょう。何か手を打っているに違いありません」
バクー側の艦隊運用は明白なものでありただ戦うだけならば正面突破も一つの選択肢なのですが、ここは敵の根拠地地近くですから、なにをやってくるかわかりません。
「空母部隊の艦載機を使う~? あ~でもここで使ったら、後がなくなるかぁ~」
後方に控える空母部隊は、スイキー提督の指揮下で静かに待機中でしたが、ペトラの中ではまだそれを切るタイミングではないと判断していました。予備戦力と言うものは簡単に使うものではありませんし、不測の事態に備えて待機が必要なのです。
「一つの考えですが、オーソドックスに正面からぶつかってみては? 距離を取りつつ、こちらの火力で圧殺という方向です。なにより威力偵察の目的に合致しています」
「ガチでやりあうってこと~?」
ルオタ少佐は「はい、変に凝った作戦を考えるよりもシンプルなものの方が良いですぞ」とアドバイスしました。
そのような戦術案を告げたルオタの言葉に、ペトラは一度だけ目を閉じ、再び開けたときにはもう迷いは消えていました。
「うん、そうしよ~! 陣形を壁型にして、真正面から殴り合いだ~!」
「では、準備を進めます」
そのようにしてペトラは、バクー帝国との正面対決を選択したのでした。