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威力偵察 その6

 バクー海賊帝国の根拠地があるサングレ=オスクラ星系――その第13番惑星モンテ・デ・ラ・グランハーダはバクー海賊帝国の外惑星防衛の本拠です。


 乾いた赤褐色の大地の地下には多数の海賊式ドックや格納庫が存在し、その星全体に流れる空気は荒々しく、そしてどこか荒涼としていたが、だからこそ海賊たちには似合いの場所と言えるでしょう。


 その星の一角、切り立った赤い岩山の麓にそびえ立つ城館――その内部にある作戦司令室で、海賊帝国貴族ドロレス・コンコスンがスクリーン越しのダマラッシャ宙将と向き合っていました。


 ダマラッシャの背後には、海賊帝国の紋章をデザインした壁掛けが見え、光学通信によって映し出される彼の顔つきは険しくも冷静です。


「コンコスン、初戦についてどう思う?」


 ダマラッシャはスクリーン越しに問いかけました。その声には硬質な響きが宿り、威厳と余裕が感じられ、彼の肩書である“宙将”は伊達ではなく、数々の実戦をくぐり抜けてきた証がうかがえます。


「共生宇宙軍にそれなりのダメージを与えることはできましたが、沈めることができたのはわずかです。正直なところ、捗々しいとは言えませんね」


 そう答えたドロレス・コンコスンの声は飄々として、その瞳には力強い光が宿っていました。

 

 ドロレスの発言を受け、ダマラッシャ宙将は軽く頷いてから、一瞬だけ視線を伏せる。それからスクリーン越しに穏やかながら冷徹な笑みを浮かべ――


「なるほど……」


 と低く呟き、続けてこう言いました。


「機雷源による戦力抑制、そして縮退炉搭載艦を集中運用して、ようやくまともな戦闘の形になった――帝国軍参謀本部の見立ての通り、か」


 その言葉には、初戦における成果と課題がすでに要約されています。バクー海賊帝国は、まだまだ恒星間勢力としては“若い”部類に入る存在であり、共生宇宙軍を正面から押し返す力を蓄えきっていないことを。


「我らはまだまだ恒星間勢力としては若い――共生宇宙軍と正面からぶつかるのは得策ではない。帝国軍参謀本部の意見に従うなら、まだ打って出るべき段階じゃないのでしょう。だが――」


「はい、対消滅弾頭、重ガンマ線レーザー、いずれも有効打となることが分かりました。やりようによってはいくらでも戦えます」


 でも、従来の海賊作戦の枠を越え、最新の機雷源展開や縮退炉搭載艦の突撃運用など、さまざまな奇策を用えば、対等に戦えるという事実――彼らはひと掴みながらも、一定の満足を覚えていました。


「それに敵の前衛部隊は叩きに叩けたようだしな」


 ダマラッシャもまた、その攻撃成果を確認します。初戦では共生宇宙軍のいくつもの艦艇に確実なダメージを与え、戦列の先頭を一時混乱に追い込むほどの打撃を与えたのですから。


「ええ、やりようさえ間違えなければ、いくらでもやれます」


 ドロレスは椅子から身を乗り出し、スクリーンのダマラッシャを鋭く見据えました。不敵な笑みとともにこぼれた言葉はいかにも海賊らしく、彼女はすでに次なる一手を考えている様子です。


「ところで、あの赤い宇宙戦艦……生きている宇宙戦艦、龍骨の民のことだが、妙に性能の高いバリアと装甲を持っていると聞いた」


 ダマラッシャは思い出したように話題を切り出し、スクリーンの向こうで何やら手元の資料に視線を落とす。するとドロレスは小さく鼻で笑ってこう続けました。


「ええ、龍骨の民は性能が高いと以前から聞いていましたが、あれはそれを凌駕していました。あの艦は初めて見る型ですし、新型でしょうかねぇ? こちらが成果を伸ばしきれなかったのは、正直あれがいたからと言っても過言じゃありませんよ」


 初戦の局面で、バクー海賊帝国が思うような成果を得られなかった一因は、その赤い生体戦艦――ナワリンが想像以上に手強かったからのようです。


「だがあれはもう出てこれないだろう?」


「そうですね、散々にぶっ叩きましたらねぇ!」


 ドロレスは思い出すかのように薄く笑いました。仕留め切れなかったものの、これ以上の戦闘が不可能なダメージを与えたという手ごたえを彼女はもっており、それは凡そ正確なものと言えるでしょう。


「まぁ、沈められなかったのが残念ですが。データは頂いたんで、次は狩れますよ」


 艦の性能が分かれば対策を練ることができる。いくつもの実戦データが集まれば、それをもとに独自の改造や兵装強化に取り組むのはたやすいことです。


 そんなふうに初戦を振り返り、今後の戦略について談じ合っていると、作戦司令室の端末に新たな報告が入ります。


「外縁部から高速で近づく艦艇あり――パッシブで捉えています!」


 オペレーターの声は驚き交じり――星系の外縁部には受信所や哨戒艦がいくつも存在していますが、パッシブセンサーで検出となると――


「ステルスどころか、レーダーをまき散らしているのってのかい?」


 ドロレスが手元のデータリンクを呼び出すと、そこには星系外縁部から堂々と侵入してくる共生宇宙軍の巡洋艦隊の航跡が記録されていました。どう見ても隠れている様子はなく、むしろ故意に電波を放出しているかのように見えるのです。


「閣下、こいつは威力偵察のようでぁさねぇ」


「ほぉ、なるほど、初戦の意味は大いにあったな」


 ダマラッシャは椅子にもたれ、静かに笑みを浮かべました。まさに“威力偵察”らしい行動――あえて目立って突っ込んでくることでこちらの反応を見極めているのです。


「それはつまり、彼らとしてはむやみに強硬策を取らず、まずは探りを入れたいということ。つまり我らバクー海賊帝国が、従来の海賊勢力と違ってそこそこの実力を持ち始めたと認識したわけだ」


 ダマラッシャとドロレスは顔を見合わせて笑います。共生宇宙軍が警戒している証拠が、この“威力偵察”というやり方に表れており、もし海賊をただの賊程度にしか思っていないのなら、もっと大胆に攻めてくるでしょう。


「さて、どうしましょうかねぇ?」


 モニターの向こうで、ドロレスがわざとらしく笑って尋ねます。ハンドレストに置かれた彼女の指先はわずかに震えているが、それは恐怖ではなく興奮――これから本格的に相手を迎え撃つことへの高揚感によるものかもしれません。


「予定通り第13番惑星にひきつけてそこで叩け。人様の庭に土足で入り込んできたのだ。これを叩かねば示しがつかん」


 ダマラッシャは顎をしゃくり、あくまでも堂々としています。彼の「第13番惑星で叩く」という言葉は、つまりはモンテ・デ・ラ・グランハーダの近傍で決定的打撃を与える、という意味合いなのでした。準備された防衛網や近接基地群を使えば、共生宇宙軍の威力偵察部隊に大きな損害を与えることも不可能ではありません。


「了解でさぁね……ところでアレは使ってよろしいので?」


 ドロレスは半ば挑発的な口調で尋ねます。彼女が言う“アレ”とは、バクー海賊帝国がひそかに運用を開始した新兵器でしょうか――その詳細を知る者は帝国内でもごく一部のようです。


「どこまで見せるかが重要だが――使用の判断はコンコスン男爵に一任する」


 ダマラッシャの瞳が鋭く光ります。いかなる戦術も、過剰に披露すれば相手に研究されてしまう。かといって隠しすぎても結局使い所を失う。戦場は常に一手先、二手先を読まなければなりませんが、彼はコンコスンに絶大な信頼を置いているのでしょう。


「任されました。やつらを血祭に上げてやりますぜ!」


 ドロレスはさらにニタリと笑い、スクリーン越しのダマラッシャに一礼――その横では、手下どもが「おおっ!」と声を上げたのです。

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