威力偵察 その4 ~指揮官訓示:Petra's Live!~
Xで立ち絵と歌曲を上げていますので、その部分に来たら任意でご視聴ください。
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銀河の輝きをまとったような長いブルーの髪がなびかせ、星屑のように瞬いて深宇宙のネビュラのように淡いピンクとパープルが混ざり合う瞳をポワンと浮かべ、まるで無重力のような輝きを放つ美しい少女が――
黒を基調とした硬質の布地に蒼いホログラフィックメモリが装飾として散りばめられ胸元に共生知生体のシンボルをあしらった軍服をまとい、重力スラスタを用いたフロートブーツを履いてステージの上を舞うように浮かびあがっています。
右手を左耳に付けた大きな蒼玉のイヤリングにあて、左手は胸元に置き、カラダを斜に構えて腰に微妙な角度をつくる姿は、まるでどこかのアイドルがやるようなキメポーズでした。
「な、なんだいきなり、一体何者だっ⁈」
「あの特徴的な髪色は長命種のメトセルの様だが……共生宇宙軍人なのか?」
「いや、軍服を着たただの少女にしか見えんぞ。すごく軍人っぽくないし……というか、アイドルみたいだな」
それを認めた艦長達以下部隊の全クルーが困惑の声を上げます。事情を知っていれば「ペトラがドクトル・グラヴィティに貰った美少女型義体に入ってる」とわかりますが、重巡上のステージに突如アイドルっぽい少女がドン! と出て来たわけですから、ビックリするのも仕方がありません。
「もしや共生宇宙軍軍楽舞踏隊の慰問団……か?」
「しかしなぜこんな前線にダンサーズが来るんだ? 安全地帯での広報活動が彼らの主任務だろうに」
スターミー・ダンサーズは、共生知生体軍に所属する軍楽舞踏隊であり、軍事文化・外交活動・士気向上を目的とした特別部隊として、将兵の士気を鼓舞し、友好勢力および敵対勢力への心理的活動、さらには外交交渉におけるソフト・パワーとして機能するのですが――
「はっきり言って迷惑だぞ! 部隊編成もままならんと言うのに」
「ああ、このタイミングで慰問などされたら、逆に士気がおかしなことになる!」
「可愛いけど……あ、いや、すいません…………」
などと、艦長達は実に微妙な表情を浮かべ、部下たちも困惑を隠しきれません。ただ、「むぅ…………ダンサーズにあのような青髪の娘はおりませんぞ?」などと斜め上の発言をしている方もいることはいました。多分彼はダンサーズの追っかけでもしているのでしょう。
部下たちがそのような状態に陥っていることを意にも介さず、ペトラはシュパッと手を広げて、両の手を顔の横であわせ――
「みんな、見えてるよねぇ~? 聞こえてるよねぇ~?」
などと尋ねます。
「そりゃ、見えているが…………あ、視覚に直接入っているっ⁈ これは強制認識映像ではないか!」
「ものすごくよく聞こえる……ってことは、聴覚にも侵入されてるのかっ⁈」
「感覚マスクのコントロールを盗まれていますっ!?」
デッカイ軍艦はともかく、ペトラの義体は宇宙空間で視認するのは本来であれば困難です。それはつまり視覚と聴覚がハックされているわけですから、それに気づいた彼らは愕然とします。
そして 「この手並みは超ウィザード級ハッカーかっ⁈ 艦載AIの防壁はどうなっているっ!?」とか、「ネットワークを遮断しろ! 電波封鎖、電波封鎖――」やら、「駄目です、回線ロックされてます。すでにアドミニ権限が取られてしまっていますっ⁈」などと、ほぼ阿鼻叫喚状態に陥るのです。
「「「ま、まずい、脳を焼かれるっ!?」」」
などと言うことはないのですが、突然アイドルっぽい少女が現れ感覚マスクを奪われたり、脳侵入の可能性が生じたら、いかな精強な共生宇宙軍の軍人と言え仕方がありません。
そんな混乱の中――
「ま、まさか……」
と、なぜか一人だけやけに冷静な軍人――先に斜め上の発言をかましていたのと同一人物が混乱というよりは驚愕の表情を浮かべてそう言いました。なお、彼はヘームスケルク級軽巡ライデン艦長のデジタール・ド・ルオタ少佐です。
その彼がはハッとした表情になり、手をワナワナと震わせてこう続けます。
「間違いないですぞ――――――!」
少佐が何かを思い出したように狂喜乱舞して絶叫しました。そんな彼の様子に同僚たちは「知っているのか、ルオタっ!?」と、どこかお約束っぽい言葉で尋ねます。
「あれは超銀河メイルシュトロームのパトラちゃんですぞ!」
と、少佐は唾を飛ばしながら狂喜乱舞を越えた境地に至りつつ、彼は周囲に惜しげもなくメイルシュトロームの情報を物凄い早口で共有します。
実のところルオタ少佐は共生宇宙軍一のアイドルマニアであり、共生宇宙軍天下一クイズ大会アイドル知識部門チャンピオンとして長年君臨している病膏肓重度の患者――いえ知識人でした。なお、彼は残念だけど優秀という、共生宇宙軍に稀によくいる士官の典型例でもあります。
「こ、この目で見ることができるとは、このルオタ感激ですぞ! ああ、尊い…尊過ぎますぞぉ!」
感激のあまり狂喜乱舞を越えて小生の滾りが有頂天状態になった彼は「ふへへへへへ」と口の端から涎を垂らしました。なお、手をワキワキとさせているのが非常に見苦しいのですが、彼はこれでも少佐なのは事実です。
「メイルシュトロームって……ははぁ、古代の音楽ユニットだったのか」
「600年前の大昔の歌姫の名前がパトラっていうのかァ」
「U-Lineで懐メロ特集をやってた時に聞いたことがあるかも。たしか600年前のデータ逸失事故から奇跡的に逃れた曲……だったかな?」
普通の人は600年前のアイドルの事をあまり覚えてはいないものですし、過去の情報事故の影響で断片的なデータしかないため「ええと、つまり誰なの?」とか、「物真似?」やら、「似たような義体なのか?」などと困惑するのですが、ルオタ少佐は目に涙を浮かべながら「ハワワワワワ……」などと言って自分だけの世界に入っています。
「「「でも、600年前のアイドル?」」」
などと頭にはてなマークが浮かんだ面々ですが――
「よろしく~重巡洋艦ペトラで~す! 皆さんの指揮官なのですよぉ~!」
と、ペトラが言い「特務少佐の階級章をもらったんだよぉ~!」と首筋の階級章を見せると――
「なにっ、あれが指揮官だと――!? フ、フネには見えんがっ?」
「人型義体に入っているのではないですか……だが、なんでアイドルなんだ? あっ、指揮権限確認しました!」
「なにっ⁈ 総員、指揮官殿に敬礼――――!」
居並ぶ部隊員たちがガチっとした共生宇宙軍式敬礼を行います。どんな状況にあっても共生宇宙軍の軍人は敬礼を怠りません。「パトラたんではなくて、ペトラたん……ですとっ⁈」と心の中に別次元の驚愕を持ってしまったルオタ少佐も同様です。
「改めて、みんな~よろしくっ~♪」
部隊員が一斉に敬礼するのを確かめたペトラは、ちょっとシナを作りつつ色気のある可愛らしい敬礼を返します。残念士官のルオタ少佐が「か、可愛い! 可愛いは正義ですぞ!」などとほざいたのは間違いありません。
「じゃぁ、自己紹介と指揮官訓示を兼ねて、ボク、歌いま~す!」
そこでペトラは、銀河を閉じ込めたようなクリスタルがついているチョーカーをカチッと触りながらそんなことを言いました。
「なに? 歌……で、自己紹介……だとぉ?」
「指揮官訓示が、歌だって…………」
「え、え? 歌うの? マジデ? なんだかそんな気がしてはいたけど」
などと、部隊員の多くは突然歌で自己紹介と言われ、また平静さを失いかけるのですが、ルオタ少佐に「そこ、黙りなさい!」とものすごい剣幕で怒られ一瞬で平静さを取り戻します。繰り返しますが、ルオタ少佐は大変優秀な人物であり、趣味性癖が残念だとしても部下の統率は完璧でした。
そして場が落ち着いたのを見計らってペトラはこう告げます。
「曲名は~~”ボクについて来て!”」
彼女が重巡洋艦のステージに浮かび上って両腕をふんわりと広げてそう言うと同時に、甲板を吹き抜ける風に髪や衣装がひらめき、艦外障壁発光を転用した薄い光粒子がホログラムの花びらさながらにひらひらと舞い散ります。
「おお、フル4D立体映像かっ! こいつは凄い解像度だっ!」
「出陣式と同じだが、こっちはライブ音楽に使うということか……」
「ええ、ホントにはじまるか…………」
続けてレーザー砲塔からは低出力レーザーがバンバンと飛んでなんとも幻想的な光景を広げ、キラッキラのサウンドエフェクトとともにイントロが流れました。
「重力波の汽笛――自分のカラダをスピーカーにしているのかっ!」
「探照灯と砲塔がライブのレーザー光線みたいに動いてるな……」
「これホントに歌うの……マジデ?」
などと言っていると――
「ボクについてきて!」
などというイントロが流れ――
楽曲のリンクです。
https://x.com/IrondukeJp/status/1899397282681983401
「ボクが指揮官 みんなついて来て 一声かけたら もう迷わせない
そこのあなた、怖がってるの? 例え地獄でも 連れて行ってあげる!」
歌詞にするとこのような感じでAメロに入るのですが、冒頭を聞いた将兵たちは、ペトラの歌がかなり上手いのでド肝を抜かれます。
「なっ、なんという歌唱力だ! 見かけによらず実力派かっ!」
「凛々しいな……でも、可愛いさもある良い声だ」
「うぉ、アイドルソング? でも、すごくいい! なにかのカバー曲なのかな?」
続けてBメロが始まります。
「不安は置いてけ 笑ったもん勝ち 火の海だって 飛び込む覚悟
ボクの背中を しっかり見つめて 止まらず進めば 夢は掴める!」
この時点で 「オリジナル、オリジナルソングですぞ! あとペトラたんはボクっ娘なのかぁ~! ウォォォォォッ!」などとルオタ少佐が叫んでいるのはどうでもいいとして、この物語を書いているであろう存在も「ふぇっ、何かの冗談でしょ⁈」と声を漏らしたのは隠しきれない事実です。
「地獄の門を 突破してやる 全員で進めば 恐れるものはないよ?
向こう岸で 笑う敵には 私たちの熱量で 一斉射撃
さあ拳を掲げて 高らかに叫べ 勝利は ここにある!」
なんともしっとりとした声変で始まったCメロです。それを聞いている軍人たちは「ははは、地獄の門、ね」とか「一斉射撃かっ!」とか「勝利……うむ」とか「なにこれ、このSE変だけどあってる」などと宣っていました。
そして――
「細かいことは 考えなくて いい アドリブさえも 楽しんだもの勝ち
弾薬も声も 限界突破 準備万端なら 突撃あるのみ!!」
歌がラストに向けて盛り上がるにつれ将兵の心が揺さぶられます。彼らは「アドリブを楽しむ……か」とか「限界突破! た、滾る!」やら「ああ、突撃あるのみ……!」などと声を漏らし、声援や手拍子をする者まで出始める始末でした。
「クライマックス! 大丈夫! みんな信じて!
ボクが先頭 黙ってボクについて来て!
共生の旗掲げて 地獄の先まで どこまでも行こう!」
そして共生の旗を掲げてついて来てというほどのラスサビが入り、最後のキメは――
「だからこそ、ついてきてっ!」
と、耳元で囁くようなフィニッシュ! それは指揮官としての命令でもあり――
「「「イエス、マァァァァァムッ‼」」」
部隊員全員が了解の意を絶叫で表しつつ、完璧な敬礼を行うこととなるのです。
「ありがとぉ~!」
それに対してペトラは満面の笑みを浮かべながらキュッ! と礼式に沿った完璧な答礼を行いました。
歌の自己紹介――合わせて指揮官訓示を受けた部下たちは「面白い指揮官だな。だが、ノリと胆力は認めざるを得ん」とか、「お茶目な指揮官――茶目とは軍人の必須スキル――余裕がある証拠だ!」やら、「ははっノリノリだぜ。こういう形のガツン! もあるんだな」などという心境です。
戦場において指揮官が「頑張ろう!」と訴えるだけでは不十分であり、まず自分が一番目立って、楽しんで、さらには本気で取り組む姿を見せることによって皆を惹きつける――いささか斜め上ではあってもパフォーマンスと言うものは必須でした。
そして言いたいことを分かりやすいメッセージにできる発想と大胆さは、どんな寄せ集めでも「この指揮官についていったら成果を上げられるぞ!」と思わせるのでり、ペトラは彼女の中にある最適解としてそれをやり遂げたのです。