威力偵察 その1
バクー海賊帝国根拠地守備指令室では、ダマラッシャ宙将と美貌の女参謀インサーヌが、星系外縁部での戦闘について確認作業を行っています。
「星系外縁部における戦況は思わしくありません。機雷源の一部が抜かれ、一部戦力がなだれ込みました」
「ほぉ、なんとむちゃな、機雷源を踏みつぶして回廊を形成したのか」
「それを成し遂げたのは連合の戦艦、それも龍骨の民のようです」
「なんと、あの生きている宇宙船か!」
美貌の女参謀インサーヌが「はい、閣下」と極めて端的に答えると、ダマラッシャ宙将は「なるほど」と首肯しました。この時代、バクー側には龍骨の民など存在しないのですが、生きている宇宙船の勇名は銀河中に広まっているのです。
「その後、我が方の前衛部隊と交戦。防御態勢を取り起動できないところを狙い撃ちましたが、やおら開口部より金属雲を発射し、砲撃を一時的に無効化した模様です」
「戦場で……ドラゴンブレスとは、生きている宇宙船、まさに恐るべし!」
ダマラッシャは「吐しゃ物」と言うような単語を言いたかったのですが、彼はお上品な海賊貴族ですから、オブラートに包んだもの言いに留めました。
「コンコスン海賊団は実体弾による攻撃に移行、金属雲の拡散を待ちさらなるレーザー砲撃を加え、敵前衛の前進を阻むことには成功しています。さすがに連合の戦艦部隊とは言え、10倍の戦力であれば押しとどめること可能です」
そう言ったインサーヌは「ですが、後方から敵の第二陣が布陣しつつあります」とも続けました。
「このままだと、共生宇宙軍と正面切っての戦いになるか」
そこでダマラッシャは「真面目な殴り合いはこちらが不利だな」と呟きました。縮退炉搭載艦を実用化したといっても、いまだ共生宇宙軍とかなりの性能の差があるのことは、彼らも理解しているのです。
「まぁよい、こちらの火力が油断できぬものと、彼らも理解してくれたはずだ。まずはそれで充分としよう」
「では前衛は機を見て撤退するように命じます。撤退ルートは予定通り、第13惑星軌道上ですわね?」
「うむ、計画通り進めるのだ」
実のところ彼らは、いかなる手を打ったとしても共生宇宙軍を星系外縁部で阻止することは難しいだろうと判断しており、これ以上の交戦は無用であると、計画を次の段階に進めたのです。
さて星系外縁部における戦いは一応の収束を見せ、辺境艦隊第10分遣隊はその戦力を大半をジャンプアウトさせることに成功し、本隊も星系に取りついたところです。
「かなり被害が出ていますな」
分艦隊旗艦ドットサン――ヒツジ族の言葉で、ヒツジたちの王というほどの意味を持つ重巡洋艦の艦橋でメリノー按察官が白髭をさすりさすりしながら「強襲上陸ですから、仕方がありませんが」と言いました。
「ええ、ステルス機雷があちこちに潜んでいましたから。ナワリン候補生が無茶をやってくれなければ、被害はさらに拡大していたことでしょう」
傍らに控えるリリィ教官は、今日も元気に両の手をスリスリさせながら「使える物はなんでも使え、それが候補生であっても」と、随分落ち着いた表情ですましています。
「くっ……」
分艦隊の参謀長であるハバシ准将は、状作戦がそれなりにうまく進んでいるにもかかわらず、何故かしかめっ面をしながら「想定外だぎゃ」などと呟いていました。たしかに想定外な事が続き被害艦の後方送致や補給の手配などさまざまなタスクが生じているため、これは仕方がないかもしれません。
そんな彼をリリィは「ふむ、いろいろと忙しそうね」などと、傍観者然とした内心を示していました。現在の彼女は特段の指揮系統に入っているわけでもなく、メリノー付きの顧問のような立ち位置なのです。
「バクーの艦隊は第13番惑星に向けて撤退中ですな。さて、これからどうするか」
「本隊も外縁部に到着したことですし、大物見――威力偵察を出しましょう」
「ですが、相手のフネの性能は十分に把握できているのでは?」
威力偵察とは、相手の力を推し量るために戦闘をするという作戦行動であり、初戦でかなりの情報が得られているため、メリノーはこの場合は不要ではないか? というほどに首をかしげました。
「バクーの手があれだけ、と言うことはないでしょう。彼らは何か隠し球をもっていますわ」
「ほぉ……隠し球ですか。確かにありそうですな」
メリノーはなるほどと頷いてから「して、どの部隊、どの指揮官を?」と尋ねます。
「第二大隊を中心に、第一大隊の残存艦を繰り込んではどうでしょうか」
「ナワリン候補生の率いる戦艦部隊は消耗が激しいのでもう使えないのでは?」
「ペトラ候補生が率いている巡洋艦部隊はいまだ健在です。それに彼女の目は、龍骨の民の中でもピカ一の性能をもっています。偵察部隊の先陣に据えるのがよろしいですわ」
「ふぅむ、今度はペトラ候補生ですか、なかなか候補生使いの荒いことですねぇ」
少しばかり苦笑したメリノーに対して、リリィは「龍骨の民の候補生達にはできる限り経験を積んでもらいたいのです」と言いました。龍骨の民で指揮官をやりたがるフネは同質量のレアメタルよりも貴重ですからこれは納得する他ありません。
「戦力は足りますかな? バクーの事だ、何が起こるかわかりませんよ」
「ええ、正直何が起こるかわからないのは事実です。ですから空母打撃部隊から、高速機動型の空母を出してはいかがでしょう。あれの艦載航宙機があれば、おおよその事態に対応できますわ」
航宙空母とは宇宙空間で艦載航宙機を運用するための艦のことであり、高速機動空母は、装甲や積載数を控えめにすることで加速性能を高めています。その速度性能と展開力は、瞬時の判断で味方を援護できるのです。
「バクーの連中が奇襲をかけてきても、艦載機で対処できるわけですわ」
「なるほど、しかし高速機動型空母といえば、スイカード君が艦長兼指揮官でしたな。ペトラ候補生の目と、スイカード君の高速機動型空母――ふたりの候補生なら、バクーの隠し球が出てきても対処できそうですな」
こうして、辺境艦隊第10分遣隊は、バクー軍の撤退先である第13番惑星へ、次なる一手を探るべく威力偵察隊を送り込むことになったのです。