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睡眠は権利

「ふぇ、いつのまにっ⁈」


 デュークがちょっと目を離した隙に、RIQSレヴァイアタンは音もなく忽然と姿を消していたのです。彼が慌ててセンサの記録を確かめると、大型調査船はナノ秒単位でその存在をかき消していたことがわかりました。


「これって宇宙船ごとワープしたのですかね?」


「どうかしらねぇ。完全ステルス化ということも考えられるけれど……ふむ、スイカード候補生」


「はい、なんでしょうか?」


「あなたは試験部隊の経験があったわね」


 スイキーは軍の実験部隊で様々な秘密兵器のテストパイロットであったこともありました。その彼に、リリィは「ワープ技術について実際のところを知っているかしら?」とたずねます。


「はい、現状膨大なパワーリソースを必要とする者の、戦艦サイズの縮退炉があれば限定的星系内ワープが可能です」


 いわゆるワープと呼ばれる空間跳躍技術は、共生宇宙軍において近い将来制式化されるものだと目されているものでしで、巨艦であればそれなりの距離をジャンプできるところまで実用化が進んでいます。


「ですが、宇宙船レベルのワープというのは、縮退炉のオバーロードを使って、その膨大なパワーで亜空間をこじ開けて進むって代物です。音も閃光もなくってのはあり得ませんな」


 スイキーは「シュォォォッォン――――ピキィン! と閃光が走って、グバァァァ! ズドドドドドド! ってな感じで空間が震動すると、ドンガラガッシャーーン! と、ド派手なものですから」と続けました。


「ただ、炉のパワー次第ではかなり精緻なワープが可能だと推測されています」


 空間を強引に捻じ曲げるということは、強い力を掛ければかける程、トんでもない事態になりそうですが、実際はパワーを掛ければかける程、静粛・静音化するというのが空間圧縮型ワープ技術の特徴でした。


「首都星系を離れる時に使った天躍の扉はワープ技術の粋という物でしょう。あれは恒星間を跳躍するのにも関わらず、きわめて安定して、静かなものでしたから」


 そこでスイキーは何かに気づいたように「上代人の遺跡と同じテクノロジーってこたぁ……」と呟きました。


「なるほど、遺物艦隊が上代人のテクノロジーの一端を解明しているという噂は本当なのですな。遺物艦隊は、いつの間にかそこに居る……」


「音もたてずに横にいる、ね。 上代人の技術を調査・研究・保存する機関であり、かつその技術の一部を扱えるのね」


 遺物艦隊はもしかしたらどこかの世界線の宇宙のどこかにいる確保・収容・保護を目的とした団体のような性質をもっているのかもしれません。


「まったく御大層な組織ですな。権限もかなり強いのでしょう?」


「ええ、遺物艦隊は執政府に属してはいるものの、上代人の遺物に関しては治外法権じみた権限を持つ独立行政法人みたいなものね。彼らの活動は共生知生体連合の創立時から続いているという説もあるのよねぇ」


 そう言ったリリィは「まぁいいわ、これにて現星系における任務は完了ね。指揮権をスイカード候補生に戻すわ」と、旧来の実習体制に戻る様指示を出しました。


「次の星系までの行き方は任せるわね」


 そう言ったリリィは「ふわわ、いけないわ、睡眠貯蓄が切れそうね」とあくびを漏らします。夫のラスカーと同様、アライグマ族な彼女も寝溜めができるようですが、この時ちょうどそれが切れてしまいそうでした。


「問題がサクッと解決しなかったら、戦闘薬を飲まないといけないところだったわ」


「マム、あれは美容に大変良くありません」


 スイキーは「自室でご休憩ください」と遠回しに言うものです。リリィは指揮権限を委譲(押しつけ)された上、面倒な解決を強いられていたのです。


「そうね、助かるわ」


 リリィは「後は任せた」と自室に戻ったのです。


「うむ、俺ってできる部下だよな」


「配慮ってことだよね。でも、それって自分で言うと価値が下がらない?」


「かもしらんが、俺は気にしないね……しかし俺も眠気がたまってきたな。こいつは戦闘薬の反動だぜ」


 初期加速は無慣性であったのですが、星系内の移動や回避においては艦載機ならではの高加速がかかるのです。Gに強いデュークはともかく、炭素系の生身なスイキーはそれらを抑えるための耐G戦闘薬を服用し、そろそろそれが抜けてくるころ合いでした。


「まぁ、連続使用してもある程度は持つんだが――」


「それってカラダに悪いんでしょ?」


「おおよ、耐放射線薬と同じで中毒性はないが、蓄積しちまうんだ」


 スイキーはゆっくりと首を左右にひねり、そのたびにゴキリゴキリと低く重い音が響き渡りました。それは、無理な姿勢と重労働が引き起こす肉体的な限界の証であり、骨と骨の間の節が、とてつもない疲労で硬直し、痛みを伴って擦り合わせられる様子を示していました。


「凄い音が鳴るねぇ」


「パイロットというものは、首に負荷が掛かることに定評のある商売だからな」


 デュークらがそんな会話をしていると「ちょっといい?」とエクセレーネが問いかけてきます。


「あなた達から先に休んだらどう? 居残り組より疲労がたまっているのだから」


「そうだな……そうさせてもらおう」


 実のところデュークとスイキーは長距離偵察でかなりの疲労度が蓄積していました。それがわかるエクセレーネは「いいのよ。さっさと寝なさいな」といい感じの笑みを浮かべたのです。


 当直を女性陣に任せたデュークらは睡眠をとりに自室に戻るため、艦橋から通路へと抜けました。


「それで、監察の次の任務ってなんだったけ?」


「おいおい、それくらい覚えておけよ。実習は監察、調査、指揮の三つだろ」


「あ、そうだったね……」


 そう尋ねられたデュークは一つ艦首をねじります。彼がゆっくりと艦首を左右にねじりると、そのたびに龍骨がゴキリという鈍く重い音を発しました。


「なんだお前も結構首にくるんだな」


「いくらGに強いといっても、龍骨だって疲れるんだよ。こういうのがガタの原因になるんだろうなぁ」


「おいおい、そんな年でもないだろ。まだまだ少年期――確か艦齢にして10歳までだったな?」


「そうだね、もう半分くらい来てるけれど」


 生きている宇宙船である龍骨の民は大体10歳くらいまでが成長期で、それが少年時代とされています。デュークはそろそろその半分くらいの艦生を歩んでいるのです。


「少年時代の半分か、俺が中学に入ったころくらいだな」


 ペンギンの成長は早く、進化によりその速度は緩やかになりましたが、恒星間種族となっているこの時は10歳くらいで成人するので、5歳というのは大体中学生になるのです。


「ああ、それは……お前に説明するのが難しいぜ」


「前提が……違うってことだね」


 龍骨の民は母星に教育機関を持たず、新兵訓練所や士官学校が学校代わりですから、中学校なんてしりませんが、デュークとスイキーはそんなことはともかく、ただ睡眠をとりたい状況でした。


「とにかく、寝るぞ!」


「うん、そうだね!」


 いろいろな意味で違っているようで、実のところメンタリティは似ている二人は「睡眠は軍人の権利だ!」というほどに、全てをかなぐり捨てて、睡眠を確保することになったのです。

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