誕生! 中編
「ぐぅぐぅ…………はっ……」
不貞寝に入ったオライオは、夢の世界の中に入り込んでいました。
「夢の中におるのか……それにしても視界がクリアじゃのぉ」
視界がハッキリしていますから、これは明晰夢なのでしょう。
「なにかが近づいてくる……?」
一隻のフネが近づいてきます。
「ははっ、夢の中とは面白いものだのぉ。あんな古びたフネがいるとはな」
そのフネは、オライオが子どもの頃に見たままの姿をしていました。
だから昔そうしたように親しみを込めて――
「おじいちゃん」
と呼びました。
「いつ見ても大きなカラダじゃのぉ」
オライオの体長は200メ―トルばかりの大きさがあるのですが、目の前のフネの姿はその数倍はあるのです。
「しかし、死に目に会えなかったあんたが、夢に出てくるとはのぉ……ハッ、まさかお迎えか? いやいや、まだワシには寿命が残ってると思うんじゃが」
龍骨の民には、死期が近づくと過去の記憶が走馬灯のように蘇るという生理的現象があるのですが
「なに、ちがうじゃと?」
目の前のフネは「違う違う」というほどに放熱板をフリフリ横に振っていました。
「そうじゃよなぁ、あと40年は生きるつもり――で、ワシに何か用かのぉ?」
オライオが尋ねると、大きなフネは「……」と無言のまま口元を抑えました。
「死人に口なしってことじゃな?」
大きなフネは二本のクレーンをサッと上げると、パッパッパッパ! と振り始めました。
「手旗信号? なになに死人は喋れず、なれども手旗を振りさえすれば、地獄の閻魔も欺ける――――じゃとな。はははっ、トボけた爺さんじゃのぉ……」
大きなフネが行う手旗信号にオライオは苦笑するほかありません。
「フネは産まれたか? ……いや、最近、まったく産まれて来ないのじゃ」
オライオが、かくかくしかじか、マザァぶっ殺す! などと話すと――
大きなフネは手を上げてなにかを捕まえるような仕草をしました。
「今から産まれて来る幼生体を捕まえろ? そして、名前を付けろと――」
不思議そうな顔をしたオライオが「どういうことじゃ」と尋ねるのですが、大きなフネはそれっきり何もせず、ただ大きな口元に笑みを浮かべて――
「うっ?!」
オライオの夢はそこで終わり、眼がパチリと開きます。
「夢から覚めたか……おや?」
彼は周囲が慌ただしく動いているのに気づきました。
ネストにはズゴゴゴとした音が響き、大きな振動も起きています
「きた――――!」
「きましたぞ――!」
アーレイとベッカリアが嬉しそうに声を上げていました。
オライオは何時もとは違うその様子に、龍骨がざわめくのを感じます。
「ま、まさか――――」
「まさかもなにも! そのまさかだ! 早くそこをどけっ!」
ゴルゴンが、オライオ慌てて扉から降りました。
「あ、開き始めましたぞ! くぅ、長かった、実に長かったですぞ……」
「私にとっては、引退してから初めての子どもなんですよ――!」
ベッカリアとアーレイは明滅する白い光が扉の奥から溢れ出す光景を眺めて嬉々とした声をあげています。
いつも落ち着いている常識人のゴルゴンが、「よっしゃ!」などと言いながら、顔を崩していました。
ですが――
ズゴゴゴッゴゴゴオッ! ズガンッ! ベキベキッ――!
「音が……異常ですぞ!」
扉の奥から、ズガン! と金属が激しくぶつかる音や、ベキベキドカン! などと、何かがへし折れる音が聞こえてくるのです。
「なんじゃこりゃぁ……」
「ゴ、ゴルゴン老、最近の子どもはこうやって産まれてくるのですか⁈」
「違う! 私もこんなものは始めてだ!」
ドゴォォォォォオォォォォォォォォォォォン!
「ば、爆発音も聞こえますぞ?!」
「なにが起きとるんじゃぁぁ!」
扉の奥からは明らかな爆発音――マザーの奥底にある隔壁が連鎖的に爆発しているようにしか聞こえません。
そして音はドンドン大きくなり、扉から漏れる光の量も急激に増してゆきます。
「だが、幼生体が産まれてくるのは間違いないだろう……」
ゴルゴンが落ち着いた風情でそう言いました。
でも、「ふぅ、落ち着け、落ち着くのだ私……」なんて呟いています。
「ゴルゴン老――――! ネストの他のフネを呼ぶべきではっ?!」
「もうそんな時間はない!」
「うむ、やるほかないのじゃぁ!」
「ええ、ここにいる四隻で、やるしかありませんぞ!」
老骨船四隻は、「腹をくくれよ」「もう、覚悟完了済みじゃい」「やるしかありませんぞ」「わかりました……」などと、トンネルの入り口で身構えます。
「あ、音が……」
「き、きましたぞ……」
爆発音が近づくとともに、ネストが崩れんばかりに震え、漏れ出る光は身を焦がすような閃光となりました。
そしてズバッ! とした衝撃とともに――――
「慣性制御って知ってますか? 縮退炉や重力スラスタを上手く使って、物の勢いを止めるんですよ。私はそれが得意でね、良く軌道上から戦闘軌道降下をしたものです。え? それでどうしたって? ああ、あれは無理でした」
「私はこう見えても格闘術には自信があるのですぞ。目に見えない速さのパンチであっても、龍骨で感じれば受け止める事ができるのですぞ。え? それでどうしたって? ああ、あれは無理でしたぞ」
「わしゃぁ、その昔な、海賊どもからガンマ線レーザーを100連続で直撃された事があるのじゃ。重力子弾頭の至近弾を受けたこともあってなぁ。そん時は必死で痛みに耐えたもんじゃよ。え? それでどうしたって? ああ、あれは無理じゃよぉ!」
「私は龍骨の民としては珍しく執政府の仕事をしていてな。それなりの大事を経験したこともある。なんというか……ふむ、無理を通して道理が引っ込めるような仕事をしていたものだ。え? それでどうしたって? 無理なものは無理なんだ」
後日、この様な証言をすることになる老骨船四隻は、幼生体を受けとめるどころか、「ぐはぁっ!?」と跳ね飛ばされたのです。