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大きな淑女の里帰り

 龍骨星系システム・キールの外縁部に人工の天体が遊弋しています。

 それは、大きな小惑星を中心に、小さな小惑星が綺麗な多角形を形作るもの。


 定期的に強力な重力ビーコンが明滅し、宇宙に浮かぶ灯台のよう――


 そう、それは灯台です。

 この人工天体は、他の星系からジャンプしてくる宇宙船を誘導し、管制する宇宙ステーション――”エントランス”と呼ばれる物でした。


 その中心にある航宙管制室では、航宙管制官がジャンプアウトを管制しています。彼らは龍骨星系には珍しい、現役のフネ――現役船です。


「フネも少なく、あと少しで当直も終わりか……ふわわっ」


 欠伸あくびを漏らしているのは20歳半ばほどの龍骨の民ロッシ。

 8時間近いシフトの終盤で、相当の疲労が溜まっていました。


「フネが少ない、そういう時にこそ、事故やイレギュラーが起きる」


 彼の横に座ったフネが、ポツリと独り言を漏らします。

 艦齢50歳余のベテランである航宙管制艦ソールズベリでした。


「すみません……」


「――そら来たぞ。両翼座方面に”先触れ”を探知だ」


 ピ……空間が僅かに揺れ、タキオン粒子が量子レーダーに届いています。


 先触れとは、超空間を跳躍(ジャンプ)中の宇宙船がこれからジャンプアウトしますという通告——航路の安全確保のために定められた必須手順でした。


「両翼座方面? この時間に定期便は無いはずだけれど」


 ロッシは艦首(首)をかしげました。


「所属はコスモス重水素、船名はネイビス……同族、龍骨の民。季節外れの里帰りってところかな?」


「確かに季節外れだな」


 里帰りとは、現役船がマザー(故郷)に戻るイベントです。

 宇宙を飛び回ることの多い彼らは、数年に一度、母星に戻る習慣を持っています。

 

 普通は新年祭のような時期に合わせるので、その時期は龍骨星系の航路は大変混雑しますが、今はオフシーズンでした。


「そろそろ音声通信が可能になります」


「ふむ、呼びかけてみよう。こちらエントランス――貴船の目的は?」


 ソールズベリはジャンプアウトしてくるフネに向けて、タキオン粒子を用いた通信装置で尋ねました。


「エントランス、こちらネイビス。10年ぶりの里帰りなの。仕事にかまけて、なかなか帰ってこれなかったけれど、やっと戻れたわ」


 艶のある声からすると、その主はいまだ若いフネ――それも女性のようです。


「ねぇ、そっちは”晴れ”ている?」


 晴れている―—

 ジャンプアウト地点や進路上に障害物は無いかという問いかけでした。


「完全にクリアだ。問題なく降りられるぞ」


「ネイビス、了解」


 そのようなやり取りがなされて数分が経過すると、ソールズベリが、カウントダウンを始めます。


「カウントダウン20・19・18・17。推進器官、星系内モードへ移行せよ。14・13・12・11、航路をリンクせよ。7・6・5・4・3、ジャンプアウト、パーミッション(許可する)!」


 ソールズベリが許可を出すと、ほんのわずかな間をおいて、空間を揺るがす重力震発生します。


ドンッ――!


500メートルほどの巨大な船が姿を現しました。


「ほぉ、500メートル級か、大きいな」


「図体ばかりデカくて、いやになるのだれどねぇ」


 大型の油槽船である女性のフネが、コロコロと笑いました。


「さぁて、早くネストに帰りたいわね。航路指示をお願い」


「そうだな航路は比較的空いているが……」


 彼女は、大量のコンテナをカラダに括り付けていました。

 それらはネストに持ち帰るお土産なのです。


 それらを確かめたソールズベリがこう言いました。


「このルートを使うように」


「あら、随分遠回りじゃない」


 航路を確認したネイビスは、少し不機嫌そうな声を上げました。


「安全第一、念のためだよ。故郷に戻ったからって、気を抜かないように」


 ソールズベリがやんわりと諭します。その電波の声は、ベテランだけ持つ強さと優しさが同居したものでした。

 彼は、彼女の巨体と荷物を考慮した最適かつ安全なルートを通告していたのです。


「仕方がないわねぇ」


「ふむ……」


 ネイビスが了解したことを受けて、ソールズベリはフッと肩の力を抜きました。

 そして彼は、里帰りをする同胞に、こう告げるのです――


「おかえりなさい、龍骨星系ホームへ」


 と。



 そんな会話がなされてから、十数時間が経った頃――


「くぁぁぁ、ねむぃ……」


 長い通常航行に入ったネイビスは、強い眠気を感じていました。


「まだ先は長いのよね……少し寝るかぁ」


 彼女は自動航行のコマンドを副脳に打ち込んでから、瞼を閉じます。

 するとすぐに寝入って、大きな口が半開きに……

 ゴガガ……という鼾が漏れました。


 口の端からは推進剤の涎まで垂らしています。

 周囲に異性が絶対にいないことを確信した淑女レディというのは、大体こんなものなのかもしれません。


 寝言も聞こえてきます―― 


「ああん、そんな……」


 ネイビスが夢で誰かと逢瀬をしているようです。

 龍骨の民の男女は繁殖活動こそしないものの、気の合った二隻(ふたり)がパートナー関係になることがままある生き物でした。


「いやぁん、もっと~もっと~」


 夢の世界にいる彼女から、さらに艶やかな声が聞こえてきます。

 実のところ、このネイビスには男性経験が全くありません。

 多分、副脳に収めた恋愛小説のデータがバックロードされているのでしょう。


「ふがっ……」


 しばらくして、ネイビスが起き出します。


「はっ、誰かに可哀そうって言われた気がするけれど……ま、いっか。そろそろ減速の頃合いね」


 前方を確かめた彼女は、お尻を反対側に向けました。


「噴射はオート……あとは、暇つぶし……ラジオが聞こえるかしら?」


 ネイビスは、ひょいと高利得アンテナをマザーの方角に伸ばし、星系ラジオの電源をいれます。


「弱いけれど……副脳で補正してっと……」


 微弱な電波を強化した彼女は、それを龍骨に流しました。


『龍骨星系の天気をお伝えします。主星が穏やかで柔らかな日差しを見せているこの数日。きょう一日、静穏な状態が続くでしょう。恒星風の速度は昨日まで400km毎秒ほどでしたが、今日はやや速度を上げて450km毎秒。磁気嵐の影響はほとんどありません。一方、やや活発なコロナホールが恒星の中央へ向かって動いています。このところの良いお天気も、明日までとなりそうです。明後日からはお肌の調子に気を付けてください』


 マザー上空のステーションにあるラジオ局から、お天気の情報が届きます。


「よかった、今日はまだ穏やかな日和(ひより)ね」


 恒星から放たれる太陽風は強いエネルギーを持っています。

 生きている宇宙船たちにとっては、それほど危険なものではありませんが、あまりに強い場合は、船外障壁(バリア)を張って、防御する必要があるのです。


 星系内天気予報を聞き終えると、彼女は次の周波数に切り替えました。


『航路情報、航路情報。本日、マザー周回軌道では、一時間あたり20隻ほどの出港、10隻ほどの入港が予定されています。航路で渋滞は発生していません。昨日の衝突事故の影響で発生したデブリは既に処理されています。なお、本日は、3つのネストで幼生体の遠足おでかけが予定されていますので、付近を通る龍骨の民、共生知性体連合の各船は、その軌道に注意してください』


「遠足――幼生体が初めて星系内航行を行う、大事な儀式、か」


 その他の航路情報を確認し、安全を確認したネイビスは、子どものころよく見ていた子供向けの番組に周波数を合わせ、音声データを拾いました。


『強大な人類至上主義者の軍が襲い掛かる! 哀れなフネたちは敵の魔の手にかかってしまうのか? だが、そのとき、待たせたわね! と、軽やかな声が響くのだ! 次回予告――”スノーウインド、大暴れ!” 連続ラジオ活劇”幸運の船”、この番組はネストの光は明るい光――龍骨電機。幼生体(こども)のカラダをたくましく――幸運印の龍骨ミルク。以上のスポンサーの提供でお届けしました』


 無駄に力の入った次回予告と、提供者のナレーション。


 でも――


「帰ってきたわね……ふふっ」


 ラジオの声は、ネイビスの龍骨に、故郷に帰ってきたという実感を、じわりと染み渡らせていったのです。

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