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そしてフネに

「では、始めよう」


 デュークの目に覚悟の色を認めたゴルゴンは、このようなコードを放ちます。


「我らは生きている宇宙船、龍骨を持つフネである。

 マザーより与えられたカラダで宇宙を飛び回り、星の世界を征くフネである。

 推進器官(足)にて進むフネである。

 カラダ流れる液体水素は推進剤――我らは己が血を燃やすフネである。

 縮退炉(心臓)の超高熱圧こそ推力のみなもと――

 我らはその炉を臨界するフネである!」


 生きている宇宙船が持つ縮退炉を稼働させるための祝詞のりと

 合わせて、他の老骨船たちが声を揃えて叫びます。


「「「釜に火を入れろ!」」」


 バシッ――!


 ゴルゴンの祝詞と、老骨船の叱咤を受けたデュークの龍骨が打ち震えました。


「うわっ、龍骨が震えたっ?!」


「よし、リミッターが解除されたな」


 リミッターを外された龍骨は、縮退炉に向けてシグナルを送り始めます。

 すると、炉心に置かれていた複数の物体に変化が起こりました。


「うくっ…………何かが、回転し始めたよ」


「縮退炉の炉心が動き始めたのだ」


 炉の中にあるなにかが回転を始め、凄まじい速度で角速度を増してゆくのです。

 デュークは、自分の心臓の中で、これまで感じたことのない高まりを感じ、ただおののくばかり。


「ど、どうすればいいの?」


「慌てるな、これはまだ予熱段階。起動フェーズの初期段階に入ったにすぎん」


 回転を続ける物体は、炉心の中で徐々に本来の姿を取り戻してゆきます。


「うくっ……カラダが重くなった気がするよ」


「縮退物質の質量がにじみ出ているのだ」


 デュークはカラダがガクンと絞られるような感覚を得ています。

 回転する物体は、量子状態を何百層何千層にも折り重ねた物質――

 縮退物質のパッケージだったのです。


 縮退物質は、超対称性を持ち、次元の狭間にある物質を吸い上げながら質量を高める性質を持っている物質ですから――相当の重量があるのです。


「だが、それは、炉自体が抑え込んでくれる」


「ほんとだ……収まってきた」


 デュークの心臓――縮退炉には超構造体と呼ばれる物質が含まれています。

 重力子そのもので構成されていると言われるそれは、ちょっとした被膜程度のものですが、量子状態を変化させながら特殊な力場を発生させるのです。


「縮退炉が時空の折返しを始めたか、ここまでは順調だな……」


 縮退物質の持つ質量を遮蔽する為に、デュークの心臓外殻は空間曲率を180度にまげて、溢れ出る重力波の負荷を正反対の方向――炉心に向けるのです。


「あ、龍骨に、圧力値のコードが、流れてきたよ」


 デュークの龍骨に、91、92、93パーセントというコードが浮かび上がります。

 それとともに縮退炉の炉心は、ドンドン圧が上がってゆきました。


「ふぇ、96、97、98パーセント?! 何かが起きる……」


 炉心の中心に押し込まれた縮退物質がグググググッと縮み、なにかの予兆のようなものをデュークに抱かせました。


「現われよ――深く静かに全てを飲み込むもの。疾く現れよ!」


「ふ、ふぇえぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」


 ゴルゴンが、またもや祝詞をめいたものを唱えました。

 すると――


 クギュゥゥゥゥゥゥゥゥン!


「う、うわぁ、これって――――?!」


 ――デュークの心臓が跳ね上がりました。


 炉心の中で異質な存在感を示していた物体が、さらに別物となって、龍骨にゾワリとした感覚を伝えたのです。


「縮退物質の一部が爆縮したのだ。心臓の中にマイクロブラックホールが形成されたのだ」


 縮退物質が爆縮することで重力崩壊を起こし、量子サイズの小さなブラックホールがデュークの心臓に発生したのです。


「えええええ、それって大丈夫なのぉ――――?!」


 光すら飲み込む、超重力源が体内に形成されたと聞いて、デュークは慌てます。


「大丈夫だ……それもカラダの一部なのだからな」


「で、でもぉ……」


「落ち着け」と言われても、自分の中に重力崩壊を起こした物体ができれば、誰だって落ち着かなくなるものです。

 そして、マイクロブラックホールは、ある程度の大きさになると、ドクンドクンとした鼓動を始めました。


「うわわ、動いてる! 動いてる――!」


 デュークは推進器官のノズルや放熱板をバタバタ――――! とさせました。


「ふぅむ、重力波の遮蔽が完全ではないな」


「縮退炉のリンクも完全ではなさそうですなぁ」


 脈動する縮退炉が、重力波を外部にバシバシと撒き散らしていました。

 ブラックホールの拍動を、縮退炉の超構造体が抑え込めていないのです。


「デューク、気合じゃ、気合で抑え込むのじゃぁ!」


 オライオが「気合だぁ!」と叫びました。


 ブラックホールを気合で制御しろ――

 科学的制御とはかけ離れたやり口のですが、龍骨の民は生きている宇宙船なのだから、それで良いのです。


「ひぃ……ひぃ……」


 デュークはラマーズ法のような吐息を漏らして、必至に心臓を制御しました。

 すると鼓動が、落ち着いてきます。


「こ、これが臨界……じゃ、じゃぁこれで僕は――」


「いや、まだ終わっておらん。釜に火が入っただけだからな」


「ま、まだ終わりじゃないの――――?!」


「ああ、エネルギーを生み出さないエンジンは、エンジンではない。これからが大変なのだ」


「よし、龍骨を伸ばすのじゃ――――!」


「キャパシタと蓄電池を確かめろ!」


「フライホイールの状態も大事ですぞ!」


 デュークに向けて、老骨船が叱咤するように言葉を投げかけました。

 その言葉にデュークは龍骨がピンと張り詰めるのを感じ、カラダの各所にある生体器官を点検するのです。


「そうしたら、縮退炉に少しずつ液体水素を流し込め」


「えっと、こ、こうかな……」


 デュークは龍骨をねじりながら炉心の中に自分の血液を注ぎ始めました。


 するとシュウゥ…………キカンッ――! 


「うぐっ……エネルギーが湧き出てくる――――!?」


 落とし込まれた質量そのものが、エネルギーに変換されてゆくのです。


「な、なんてエネルギーなんだ!」


 エネルギーが、カラダにフィードバックされ、カラダに備わった多重立体蓄電池や、巨大なフライホイールがその力をグングンと吸収してゆきます。


「縮退炉のコントロールも忘れるな」


「ええと、こうかな? こうかな? あれれれ?」


 次々に産み出されるエネルギーの処理にデュークはてんてこ舞いとなりました。

 常に、縮退炉の制御を気合で行わなければならないのですから、とても大変です。


 バリバリバリバリ―――――――! 


「ぎょえぇぇぇぇぇぇ――――!?」


 変換しきれなかった余剰電力がデュークの表皮――

 厚みを持った軟質のそれに伝わり、電気ショックが全身を覆いました。


「龍骨もしびれてるぅ――――!?!」


 龍骨も蓄電池の役割を果たします。

 強固でしなやかな材質で出来た龍骨の民の背骨は、莫大なエネルギーを溜め込む事ができました。


 ですが――


「龍骨がぁ――――!? 龍骨が――――――――!?」


「ぬ、いかんな、キックバックが強すぎるかっ?!」


 ゴルゴンが見るところ、常識外れのエネルギーを産み出しているのです。

 デュークの心臓は全部で12個もあるのですから当然のことでした。


「あばばばばばば―――――!」


 デュークが奇声を上げ始めました。

 エネルギーでパンパンに張り詰めたデュークの龍骨のボルテージはマックスになり、怒髪有頂天にして、鼻からミルクを吹き出すような感じになっています。


「あぱらぱ――――!」


「いけません。龍骨が暴走し始めましたぞ!」


「熱を上手く処理できていないのか?!」


「うむぅ、さすがに負荷が大きすぎるのぉ……」


「……このままでは、縮退炉の制御までできなくなる……」


 デュークは「あぱぱぱ――――!」などと奇声を上げながら無意識の内に、カラダを制御してもいますが、その限界が近づいていました。

 そして龍骨が余力を失えば、あとは縮退炉が暴走して自壊する他ありません。


「よしっ、皆、パイプラインを使って、デュークの負荷を軽減するのだ!」


 ゴルゴンの言葉を受けて、老骨船たちはデュークが産み出す余剰エネルギーの受け入れを開始します。


「行きますぞぉ――――!」


「良いですとも――――!」


「動け、老いたカラダよ!」


「ワシらに任せるのじゃ!」


 彼らは勇ましい言葉とともに、それを開始したのですが――


「フィードバックに気をつけ――がはっ!」


「こ、これは、なんという――うげぇですぞっ?!」


「あじぃぃぃぃぃいっぃいぃぃぃのじゃ! いでででででででっなのじゃ!」


「なんという、パウァ――オゴッ――!?」


 デュークが産みだす熱とエネルギーは大変なもので、老いたカラダをビシバシと鞭打つのです。


「体内コンデンサが爆発したぁ!?」


「放熱板の容量を超えますぞ! 冷却材がドンドンなくなりますぞ!」


「ぐあっ、龍骨にダメージがはいったのじゃ……」


「心臓が――――!?」


 老骨船たちの老いたカラダが大変な事になっていました。

 体内のコンデンサがボンボン! と爆発を見せ、全開となった放熱板は白熱し、液体水素が湯水の如く消費され、龍骨のガタが来た部分はバチバチと鳴り、縮退炉はズキンズキンと震えるのです。


 デュークの産み出しているエネルギーは、老骨船たちの残り少ない寿命をも削ってたかもしれません。


「ぬぁ、第20蓄電群を放出――! あぎゃっ!」


「ひぎぃ! 放熱板が溶けますぞォ――――!」


「諦めてはいかんのじゃ――――ごほぉ……」


「ウボアァァァァアァ――――!」


 でも、彼らは、ガタが来たカラダを顧みず、残り少ない寿命を削りながらデュークのサポートを続けます。


 そして――


「あぱぱ……あぱ…………あ、あれ?」


 デュークの視覚素子に正常な色が戻ります。


「き、気がついたかデュークよ」


「う、うん。それより……」


 周囲では老骨船達が身悶していました。

 なにが起きたのかを本能的に察知したデュークは、とても心配そうに尋ねました。

 

「大丈夫なの……?」


「ははは、コンデンサの10や20安いものだ」


「放熱板が歪んだだけですぞ……」


「なぁにワシの心臓はまだ現役なのじゃ!」


龍骨こしが悲鳴を上げておるがな……」


 デュークが作りだすエネルギーは、次第に落ち着いたものになって来ます。

 縮退炉の制御と質量投下のバランスが取れて来たのです。


「よし、もういいじゃろ……」


 老骨船たちが一斉にパイプラインを切断しました。

 

 デュークのカラダは――――


 安定状態を見せています。

 老骨船の踏ん張りにより、カラダを完全に制御することに成功していたのです。


「カラダ中が燃えているよぉぉぉぉぉぉぉっ!」


 デュークは、おびただしいエネルギーが駆け巡っているのを感じています。

 連動する12個の縮退炉は、溢れんばかりのパワーを作り出していました。

 総量は老骨船達4隻のそれを合わせたものを超えているかもしれません。


「あっ、推進器官()がポカポカしてる!」


「よし、上手くエネルギーが伝達され始めたな」


 デュークの推進器官にある液体水素の圧力が高まっていました。


「フネになった証拠じゃのぉ」


「良かった……頑張った甲斐があるというものですぞ」


「終わり良ければ全て良し……ですねぇ」


 縮退炉のエネルギーは完全に制御下に置かれ、デュークは超高速のプラズマジェットを噴き出す準備を整えていました。


「ああ、走りたくてたまらない気持ちが溢れて来るよっ!」


 こうして、龍骨の民12氏族が一つ、テストベッツ氏族に――

 

 新たなフネが誕生したのです。

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